第7話 蜂起 -rebellion- 06

「こちら、《プレリアル》。間も無く、ジャミングの影響下に入る。以後通信は使えねぇ。こっからは、個人個人にかかってる。死ぬなよ」

「《グルファクシ》、了解」

「《フリズスヴェルク》、了解」


 作戦開始から既に90分。潜入部隊の三人は、それぞれ別方向から、慎重に目標の工廠に近付いていた。服装は、この工業都市『レイヴァース』で働く作業員の制服だ。

 《フリズスヴェルク》ーージンは、頭を保護するための帽子を改めて深く被り直し、ノイズしか聞こえなくなった使えなった通信機を折り畳んで懐に隠すと、事前に教えられた監視カメラの死角を擦り抜けるように歩いていく。

 9時に〈ガウェイン〉の搬出が迫っているせいか、どこもかしこも人が慌ただしく出入りしており、その分、接近に予定より時間がかかってしまった。

 タイムリミットは後90分。ギリギリだ。

 そんな焦りが心に忍び込んだからだろうか、彼の動作が乱れ、曲がり角から出てきた作業員の一人の死角に入り損ね、見つかってしまう。


「おい、そこで何をしてる」

「…………」

(まずい……殺るか?)


 ジンは手首に仕込んだナイフの存在を意識しながら、考える。このタイミングで誰かを殺害すれば、何者かの侵入があったことに気付かれてしまうだろう。

 ジン・ルクスハイトが辿り着かなければこの作戦は成功しない。その上、そもそも、他の2人では、〈ガウェイン〉を与えられたとて、防衛部隊の〈ファルシオン〉から逃げ果せるとも思えない。

 よって、彼に無駄なリスクを払うことは許されない。


「答えられねぇか……テメェ、誰の許可を得てサボっている!」

「は……?」


 ジンは思わず瞑目した。どうしてその結論に至ったのか分からず、緊張していたぶん、落差が大きく、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。


「なるほど、所属はどこだ?」

「……〈ガウェイン〉の──」

「馬鹿野郎! 〈ガウェイン〉だと! テメェ、第3格納庫所属のクセしてこんな時にサボってやがったのか! 根性叩き直してやる!」


 何やら都合のいい勘違いをしてくれたらしい。内心安堵のため息を漏らしつつも、ジンは、咄嗟に迫り来る拳を避けようとして、その動きをギリギリで止めた。

 この作業員はおそらく、こういう性格なのだろう。拳も鋭い。殴り慣れている証拠だ。正直、一介の工場員に避けられるレベルではない。

 これを避けて変に怪しまれるより、ぶん殴られた方がマシだろう。

 バキッ、と派手な音がして、ジンは吹き飛ばされる。予想以上の威力に受身を取り損ね帽子が地面に落ちた。


「見ねぇ顔だな。新人か?まあいい、急げ、納期は待ってくれねぇんだぞ! ここからなら第4ゲートが一番近ぇな」


 怪しまれたかと思ったが、そんなに余裕もないらしく、ジンに言いたいことだけ言って足早に去っていこうとする。

 予想外に有用な情報も貰えたし、殴られただけの価値はあったようだ。

 ジンが地面に座ったままであるのに気が付いたのか、作業員は半身だけ振り返ると、彼に向かって叫ぶ。


「何ぼさっとしてやがる! さっさと行け!」

「はい」


 ジンは立ち上がり、駆け出すが、再び怒鳴られる。


「馬鹿野郎! そっちじゃねぇ! 第4ゲートはあっちだ!」


 ジンは走る方向を修正しつつ、第4ゲートの位置を記憶の地図データに照合し、自分の位置を確かめる。思ったより近くにいたようだ。おそらく、間に合うだろう。


「まったく、最近の新人は……」


 ぶつくさ言うのが聞こえたが、ジンはそれを切り捨てた。たぶん、乱暴ではあるが、面倒見のいい、お人好しな作業員なのだろう。部下にもなんだかんだで好かれているに違いない。

 しかし、敵だ。これ以上深入りされるのも深入りするのも、お互いのためにはならない。

 そもそも、必要があれば、ジンはあの男を殺しただろう。それに、これから起こるであろう混乱の中で彼が生き残れるのかもわからない。


「さて、行くか」


 そう言って、ジンは忙しなく出入りする作業員達の中に紛れ、第4ゲートから工廠内部に侵入した。



 同時刻──

 第3格納庫では、新たな円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機──〈ガウェイン〉の最終確認が行われていた。

 直前まで、装甲の取り付け作業を行っており、残るは動作とシステムのチェックを残すのみであるが、その段階になっても、技術者達は機体のそこかしこで作業を行っている。

 そこには、貴族の為に造り出された円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズ機であり、ミスは自身の生命に関わるという思いがあるのはもちろんだろうが、技術者として半端なものは納品できないという、一種の執念じみたものが感じられる。

 太陽を象徴する紅玉ルビーのごとく、クリアな真紅に煌めく装甲に、所々黄金で装飾が施された機体は、未完成ながらも壮麗で、その名の通り、〈ガウェイン〉──『太陽の騎士』を彷彿とさせるものであった。


「これが、〈ガウェイン〉か」


 その様子を少し離れたところで見守っていた男がつぶやく。鋭い眼光に精悍な顔立ちをしているものの、髪や髭はしっかりと整えられ、装飾を施された騎士服を着こなすその姿はどこか高貴さが感じられる。

 そして、男──シェリンドン・レオナール・ラウンズ・ド・フォン・ローゼンクロイツは、事実、侯爵の身分を持つ高位貴族の一人であり、同時に、貴族院配下の最高戦力、円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズが一人でもあった。

 そんなシェリンドンに、一人の男が声をかける。男は、この機体──〈ガウェイン〉の開発主任を務めていた。


「ええ、どうです? 我々が今持てる技術を結集した最高の機体は」

「素晴らしい。そして美しい。この機体が、我が騎士団に加わるとはな。楽しみだ」


 心底、楽しそうに笑うシェリンドンは、とても驕り高ぶった高位貴族の一人には見えないが、彼はこういう性格であり、だからこそ、侯爵騎士でありながら、現場の騎士や整備兵達の信頼を集めていると言えた。

 この開発主任もそのことを知っていたし、身を持って感じていたからこそ、本来言うべきでないことを口にしていた。


「しかし、完成度に関しては90%ほどです。我々としては、もう少し時間が欲しかったところなんですがね」

「それについては私から謝罪させてもらおう。最近、革命団ネフ・ヴィジオンとやらが活動を始めたことで、上も多少は焦っているのだ」

「それはわかりますがねぇ……」

「後でも構わないから、私にデータを回しておいてくれ。こちらで可能な限り、完成に近づけよう」

「しかし……」

「案ずることはない。上には黙っておくさ」


 納期に間に合っていなかったことが知れれば、現場など知らない貴族は、納期を早められたせいで間に合わなかったなどという事情に斟酌せず、開発主任を罰するだろう。所詮、爵位を持たぬ平民でしかない開発主任ならば、首が落ちても文句は言えないのが現実だ。

 しかし、シェリンドンという男の高潔は、そういった理不尽を許容するようにはできていない。同時に、彼は、平民であれ、貴族であれ、一流と呼べる能力を持つ者には相応の敬意を払っていた。

 そして、彼は開発主任の技術者として、また、凝り性の多い技術者を纏め上げるリーダーとしての能力が一流であると認めていた。それは、この場で〈ガウェイン〉の調整に携わる技術者達も同様だ。

 故に、彼は貴族でありながら、平民である開発主任や技術者達とも対等な立場で話すことを認め、上層部の意向に関係なく、彼らに味方するのである。


「はぁー。アンタにゃ敵いませんね」

「これでも、貴族なのでな。貴族院とも幾度もやりあっているさ。誇り高き円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの誇りに誓って、悪いようにはしない」


 円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズの称号に誓うということは、その誓いを破ったその時は、その位を捨てる覚悟があるということに他ならない。

 面子を重んじる貴族にとって、名や爵位に誓うということは非常に重く、口にした以上、この誓約の責任を取れぬということは、貴族としては致命的である。こればかりは、腐っていようがいまいが、貴族の伝統として、守れぬものは排斥される。

 それをこうも容易く、しかも一平民である開発主任に誓うことができることからも、シェリンドンという男が、どれほど貴族の中でイレギュラーであり、また、確固たる己を持つ男かが分かるというものである。


「貴族ってのは、根性の腐れた野郎ばっかだと思ってたもんですが、アンタに会って考え方が変わりましたよ。アンタみたいな貴族なら味方をするのも悪かねぇ」

「ふっ、革命団ネフ・ヴィジオンに味方する心算もあったということか?」

「そりゃ、支配からの解放なんて言われたら心惹かれるものはあるっつーことですよ」

「それもそうか」


 同意して頷いているものの、革命団ネフ・ヴィジオンに対しては、思うところがあるらしく、シェリンドンの瞳は剣呑な色を宿していた。しかし、己を律する彼の口からその心情は溢れでることはない。

 開発主任は、わずかに漏れ出た殺気のみで、死神の手に背筋を撫でられたかのような怖気が身体を駆け巡る感触を感じ、冷や汗と共に、身を震わせた。


「おお、おっかねぇ、おっかねぇ」

「すまない。少しな」

「いやー、まあ、アンタを敵に回したりはしやしませんよ。そういや、こないだの出撃でそいつらを見に行ったんじゃなかったですか?」

「残念ながら、撤退された後だったがな。しかし、騎士達が十人も犠牲になってしまった。相手にも優れた騎士がいるということだろう」


 わずかに悔恨を滲ませながら口にするシェリンドンの姿に、開発主任はこれが先ほどの剣呑な気配の原因だと気付く。彼は見ず知らずの騎士に対してすら、同胞として死を悼み、無念を晴らしたいと考えているのだろう。

 しかし、開発主任が驚いたのは、所詮レジスタンスでしかない革命団ネフ・ヴィジオンが、MCを所持していたという事実である。

 MCは、機械の騎士マシナリー・シュバリエの名の通り、精密機械の塊であり、その技術の大半は、貴族院の管理下にあるものだ。普通に生活している人間ならば、その技術を触れるどころか、目にすることすらできない代物だ。

 MW(Machinery Worker)と呼ばれる、作業用人型重機も存在するが、使われている技術は数段もレベルが違う。MWをいくら調べたとて、いくら改修したとて、MCを作ることはできないのである。

 そんなMCを、たかが反動勢力如きが所持し、あまつさえ、それによって貴族騎士を撃破するなど、にわかには信じ難い話だ。


「MCなんてもん持ってたんですか?」

「ああ、〈ミセリコルデ〉という話だがな」


 〈ミセリコルデ〉は、第一世代MCの一機で、MCという兵器の花形を作ったとも言える機体だ。しかし、その分、設計の甘さや、整備性の低さが目立ち、数年前に耐用年数を過ぎたこともあって、そのほとんどが正式採用された第二世代機〈エクエス〉へと取って代わり、順次解体処分されていたはずだ。

 もちろん、厳正な管理のもと解体処分は行われ、万が一にも外部に情報やパーツが漏れないようにされている。

 当然、MC関連の仕事に付いている開発主任達もまた、MCの情報については非常に制限されており、務める工業都市からは普通、出ることはできないし、家族に話すことも御法度だ。

 話そうものなら、家族ごと首が落ちるのは覚悟せねばならないし、もし都市外部に出る場合は、必ず貴族側から数名の同行者が付く。

 その異様なまでの厳重さは、上層部は、市政に技術が出回ることで、それが叛逆の種になるのを恐れているというのが、この仕事に関わる人間の間での専らの噂となるほどだ。


「〈ミセリコルデ〉で〈エクエス〉を墜とすったぁ、どういう技量うでだ? それに型落ち機だぞ? 整備は誰がやってやがる」

「そういった疑問は貴族院も持っているようでな。目下、調査中だ。ただ、〈ミセリコルデ〉の解体処分を任された貴族が、一部を革命団ネフ・ヴィジオンに横流ししたことは間違いないだろう」


 シェリンドンの言葉はすなわち、貴族の中にレジスタンスに加担する裏切り者がいるということを示している。

 当然考えられる結果ではあるが、〈ガウェイン〉の開発主任という大役を任されているとはいえ、平民である開発主任が耳にしていいような話ではない。


「それ以上は言わないでくださいよ。別の意味で首が飛びそうだ」


 開発主任が指で首を掻き切る動作をしておどけてみせると、シェリンドンは話し過ぎたという風に、誤魔化すような苦笑を浮かべた。


「ところで、予定時刻まで一時間半を切っているが、間に合わせられるか?」

「任せてください。それが、こっちの仕事ですよ」

「ふっ、そうか」


 その時、彼らがいた場所のすぐ側の自動ドアがスライドし、1人の少年が入ってくる。

 慌てた様子ではいたものの、少年は、シェリンドンと開発主任の男に一礼してから口を開いた。


「隊長、都市近郊で不審なヘリを見かけたとの情報が入りました」


 それは想定外の報告だった。最新鋭機である〈ガウェイン〉の所在は非常に高いレベルの機密情報だ。もし、目撃されたヘリが、レジスタンスのものであれば、この工業都市内部に内通者がいることを疑わねばならなくなる。

 その上、〈ガウェイン〉の奪取を狙って動いているのだとすれば大事だ。なんとしても防がねばならない。円卓の騎士ナイツ・オブ・ラウンズという騎士の象徴は簡単にレジスタンスなどの手に渡っていいものではないのだ。


革命団ネフ・ヴィジオンのものか?」

「いえ、そこまでは。しかし、警戒を要するというのが司令部の判断です。第二次警戒態勢コンディション・イエローで待機とのことです」

「邂逅の時は、思いの外早く来たかもしれんな。中隊各員に通達、総員出撃。分隊エレメントを組んで、全方位を警戒しろ」

「了解しました。隊長は?」

「無論、私も出る。では行くぞ」

「はい!」


 少年と共に、格納庫から出る直前、シェリンドンはふと振り返り、開発主任に向けて声をかけた。


「申し訳ないが、予定をさらに早めることになるかもしれん。可能な限り時間を稼ぐつもりではあるが、保証はできない」

「ええ、分かったますって」

「こちらは頼んだぞ」

「了解です。ローゼンクロイツ侯爵」

「ふっ、その名で呼ぶのは控えてほしいものだな」


 苦笑いしたシェリンドンはその言葉を最後に、格納庫から去っていった。

 開発主任は頬を叩いて気合いを入れ直すと、格納庫中に響き渡るような大声で叫ぶ。


「おまえら気合い入れてけぇ! 時間がねぇぞ!」


 予定時刻まで、80分。遊んでいる余裕はなかった。

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