第17章 DIS IS RESPECT
ここからはお互い削り合いの消耗戦だ。4回戦、ベスト8の戦い。もう関西の有名なMC同士の戦いとなる。過酷なトーナメントを勝ち上がった8人の猛者による椅子取りゲームだ。まずは僕が先陣を切る。ジュンイチさんによりMCネームがコールされてステージへと向かった。次の対戦相手は「SINZOU a.k.a.疾風の黒鷺」という名のMCだ。
SINZOUは関西のMCバトルの大会で何度も優勝している強豪だ。Twitterの人気投票でも3位にランクインしていた。間違いなく強敵だ。僕は目の前に立ちはだかる壁を越えなければいけない。ステージ上でSINZOUと対峙した。ニット帽を被りパーカーのフードを目深に被っている。全身を黒で統一したコーディネート。まるで忍者のような佇まいだ。SINZOUの左腕には大きな腕時計が鈍く光を放つ。NIXONの51-30だ。胸元に輝く王冠のペンダントに祈りを込めた。もうすぐ王冠に手が届く。そのためには目の前のSINZOUを倒さなければいけない。右手にゴッパチのマイクを掴む。
お前が忍者なら僕の右手のマイクが刀だ! 吐き出す言葉が手裏剣だ! 僕が人斬り抜刀斎だ! マイクを握った手首には青いブレスレット。ミユ、もしも、この会場にいるのなら見届けてくれ。生まれ変わった僕の姿を。ジャンケンの結果、SINZOUが先攻、そして僕が後攻となった。ジュンイチさんのマイクコールで試合が開始された。
「先攻、SINZOU a.k.a.疾風の黒鷺、後攻、KAGRA。それでは準備が整ったようなので、DJリアジュウ、BRING THE BEAT!」
SINZOU a.k.a.疾風の黒鷺
ベスト8に上がってきたのはこんなガキ 家で食ってろ小僧寿司
俺は本物のバトルがしたいんだよ お前の見た目は挙動不審
お前のラップは一本調子 食ってろ日本料理 稼げビットコイン
被ってろニット帽子 お前は消耗するヒットポイント
KAGRA
俺が5本指 で握るマイクでごぼう抜き そうさ戦艦ポチョムキン
お前の方が挙動不審 食らわしてやるよドロップ・キック
俺はマイク持って軽快にメロディ奏でるヤンバルクイナ
お前を今から解体してやる 解体新書 玄白杉田
SINZOU a.k.a.疾風の黒鷺
いつからお前がヤンバルクイナ? お前はお疲れ 頑張り過ぎだ
俺がステージ上でお前を撃ち抜く RHYMEの散弾銃だ!
お前は大人になっても ろくな仕事やらねぇな やってろ霊感商法
お前はぶっ倒れて凍え死ぬぜ 低体温症
KAGRA
俺はアットホームだがお前と真っ向勝負 お前の脳みそ麻婆豆腐
お前は俺と 互角に渡る 事はできない もがき苦しみ のたうちまわる
俺は革命家 俺が発言者 街を活性化 悪のダースベイダー 俺がキャプテンだ!
最後に逆転打 お前と俺とは畑違い こんなザコなら朝飯前
ビート上で蝶のように舞った。試合を重ねるごとに、リズミカルに歌えるようになってきた。尻上がりに調子が上がっている。勝っただろう、この試合は。声援で沸く観客フロアを見渡す。最後尾にいる迷彩柄のヤンキースの帽子を被った女の子の方を見る。女の子は俯きながら祈るように手を組んで判定を待っている。
その右の手首にピンク色のブレスレットが見えた。僕と同じブレスレット。色違いの同じブレスレット。間違いない、あれはミユだ! ミユは会場に来てくれたんだ!
「それでは、ただいまの試合の判定に入ります。勝った方が準決勝に進出します。皆さん、心の準備はいいですか?」
ジュンイチさんの問いかけに、会場中がわぁああああっ、と耳をつんざくような声援で包まれる。鼓膜が破れそうだ。観客も飛び上がって全身で応援してくれる。歓声の嵐から耳を塞ぐようにステージ上で目を閉じて、ジャッジの声だけに五感を研ぎ澄ます。ミユの事が気になって歓声がもう耳に入ってこない。ただジャッジのコールを待ちたい。準決勝へと進む大事な一戦だ。ジュンイチさんのマイクの声だけに、全神経を集中させる。背筋が凍るような緊張のジャッジの瞬間。
「勝者、KAGRA!」
よし。拳を握りしめた。目の前の壁を乗り越えた。ミユを見ると両手を振って喜んでいる。その手首には間違いなくピンク色のブレスレットが付いている。暗いフロアだから顔はよく見えないけれど、ミユは喜んでくれているのだろう。僕はヘッズたちの声援に応えるように大きくフロアに向かって手を振った。ミユも観衆の中に揉まれながら大きく手を振ってくれた。
ありがとう、ミユ。観に来てくれたんだね。僕はもう強くなったんだよ。ここまで到達できたのもミユの声援のお陰だよ。ありがとう、ミユ。だけど僕はもっと高みを目指すんだ。この山の頂点を目指すんだ。しっかりと見届けてくれ。僕の勇姿を目に焼き付けてくれ、ミユ。
控え室に戻ると、コダマさんとがっちり拳をぶつけ合わせた。
「次は、コダマさんの番ですよ、頑張ってください!」
コダマさんはステージへと向かっていった。コダマさんの対戦相手は「P・D・F」という名のMC。このMCも関西のMCバトル界では名の知れ渡った存在だ。もう強い相手しか勝ち残っていない。やはり強豪たちは順当にトーナメントを勝ち上がってきたのだ。もちろん、その中には鬼流星もいる。コダマさんがこの試合に勝つと、次は僕と対戦する事になる。木霊サイファー同士の頂上決戦が準決勝の舞台で実現する。コダマさんと戦いたい。そしてコダマさんの背中を超えたい。ベンチに座りコーラを飲み、コダマさんのバトルに耳を傾けた。
コダマさんは終始、一貫して自分のスタイルを曲げずに自由奔放にラップを展開する。それに対して、対戦相手も負けずに強烈なアンサーとパンチラインのコンビネーションでコダマさんを苦しめる。互角の戦いだ。あっという間に試合が終わった。白熱したバトルだった。どちらも甲乙つけ難いバトルだ。あとは観客のジャッジを待つしかない。観客の声援は二者に割れた。控え室では、どちらも同じくらいの声量の歓声にしか聴こえなかった。ダイソンが
「ねぇー、カグラ。どっちが勝ったんだろーね」と聞いてくる。
「いや、僕もまったくわかりません。ほぼ互角の戦いに思えました。あとは観客のジャッジに委ねるしかないですね」
「なんとかー、コダマさんにー、勝ってもらいたいよーねん」
「そうですね、僕たちはもう祈る事しかできません」
ステージ上ではジャッジに時間がかかっている。ジュンイチさんも判定に悩んでいるようで、何度も繰り返しMCネームをコールして観衆に問いかけている声が控え室に届いてくる。もしかしたら延長もあり得るかも知れない。しかし、ジュンイチさんのマイクの声が無残にも控え室に響き渡った。
「勝者、P・D・F!」
怒号にも似た歓声が控え室に響き渡る。延長! 延長! といった声も聴こえてくる。しかし、ジャッジは下されてしまったのだ。下されてしまったジャッジは覆らない。僕とダイソンはベンチから立ち上がり、控え室に帰ってくるコダマさんを迎え入れ抱擁した。コダマさんは気丈に振る舞っていた。
「すまない、カグラ君。俺の力が及ばなかった。だが、俺はベスト8まで残れた事を誇りに思っている。あとは、カグラ君。君にすべてを託した。もう君しかいない。君が頂点を目指すんだ」
「わかりました。コダマさん、とてもいい試合でした。お疲れ様でした。僕はコダマさんの
「頼んだぞ! 俺の
「はい、わかりました、任せてください」
その後の試合で、鬼流星も勝利を収め準決勝へと駒を進めた。
遂にベスト4が揃った。準決勝の舞台で僕は戦う事になる。いやがおうにも気合が入ってしまう。あまり熱くなり過ぎてはいけない。冷静に自分のヒップホップを表現できればきっと勝てるはずだ。コダマさんがアドバイスをくれる。
「準決勝から、8小節3本の勝負になる。そして客席からランダムに選ばれた5人の陪審員がステージ奥に登場する。ここからは、フロアの歓声と陪審員の上げる旗によって勝敗が決まる。観客と陪審員を味方に付けた方が、決勝の舞台に行ける。ここで勝ったら決勝だぞ! すべての力を出し切るんだ。ただし、冷静に試合を運んでいかないといけない。1バース多い分、今まで以上に集中するんだ。小節を読み間違えるんじゃないぞ」
ダイソンも僕の背中を叩きながら声をかけてくれる。
「準決勝は3本だーよ、間違えないでーね、ハチ、サンだーよ」
コダマさんの
30代くらいのベテランのラッパーだ。胸元には十字架のネックレスが輝いている。NEW ERAのベースボール・キャップの奥から鋭い眼光で睨んでいる。僕はコダマさんの重い十字架を背負っている。一矢報いるために、こいつをぶった斬るんだ! 睨み続けた。ジャンケンは僕が勝った。有利な後攻を選びたいところだが、ここは男の意地。僕のプライドだ! コダマさんの想いも背負っている。
司会のジュンイチさんに
「先攻でお願いします」と告げた。これで文句がないだろう、P・D・F、僕がお前の首を狩る! そして決勝へと進むのだ。
「OK、先攻、KAGRA、後攻、P・D・Fで試合をおこないたいと思います。決勝戦に進めるのはこのうちのどちらか一方のみとなります。みんな準備はいいか?」
フロアいっぱいの観衆が大声援で応える。とんでもない舞台まで辿り着いた。準決勝の舞台。再びミユの方をちらっと見た。ミユは祈るように両手を組んでいる。ミユ、僕はこの試合をミユに捧げるよ。しっかりと聴いていてね。ミユとの想い出は僕の心の中に残っているから。
「それでは準決勝第1試合を始めます! DJリアジュウ、BRING THE BEAT!」
KAGRA
知名度なくても 致命傷与える お前を葬る死刑場 俺がディケイド
お前もオリコンチャートも飲み込んだ 俺はオリオン座
瞬く間に 俺が優勝とるんだ必ずや タカラヅカ 山桜 の輝きで
花かるた めくり戦うさ ぶっかけてやる熱々のバーニャカウダ
P・D・F
バ? バ―ニャカウダ? あんまり大人をからかうな!
決めようやないか関西のエース 蓋を開ければワンサイドゲーム
経験値ないお前に魅せる 変幻自在なラップで平成時代を駆け上がる
お前を包囲網 俺が優勝してなるんや賞金王
KAGRA
お前が変幻自在? だったら俺が撃ち落とす迎撃ミサイル
俺がなるのさ賞金王 俺のRHYMEはノーヒント だけど好印象
料金表なんていらないRHYMEの香辛料 まるで輝くショーウィンドー
用心棒とボーリング場行くならROUND1 お前は敗北へのカウントダウン
P・D・F
お前はそんな大振りバットじゃ空振りじゃ いつまでも俺に おんぶにだっこ
お前は同じ言葉をオウム返し 俺はいつでもオールマイティー
ホームパーティーでソングライティング お前はお蔵入り
俺のRHYMEはプレミア付きのビンテージ お前は土産物の民芸品
KAGRA
俺は大振りバットじゃない お前のRHYMEはどんぶり勘定
コダマさんの仇を取る ためにお前をここで叩き落とす
俺が王者に挑戦 まるで東海道線 お前はここで崩壊同然
これが国会答弁 お前なんか口先ばっかの ただのオオカミ少年
P・D・F
ここまできたら魂と魂の熱いバトルをしようじゃないか
俺が放つRHYMEで新陳代謝 お前はせいぜい新人大賞 狙ってろ
お前はここで急降下 すでに重傷者 俺が魅せる重厚感
俺はブルドーザー さらば お前は終了だ! 俺が今夜の優勝者!
準決勝が終わった。決勝へと駒を進めるのはどっちだ? すべてのスキルを出し切った。フロアを見るとミユがまた祈るように両手を組み俯いている。その右手にはピンク色のブレスレットがある。ミユのためにも決勝への夢を掴みたい。
「どちらも一歩も譲らない非常に熱のこもったバトルだったと思います。それでは、判定に入ります。まずは客席の声で1ポイント、さらに陪審員の旗が上がった数が多かった方が1ポイントとなります。陪審員の皆さんは今のうちにどちらか一方に旗を上げるように、心の中で決めておいてください。先攻のKAGRAが赤い旗。後攻のP・D・Fが青い旗となります。決めましたか? OK、え~客席の声援と陪審員のジャッジが反対になった場合は延長戦となります。それでは大阪予選、決勝進出を決めるジャッジをおこないます。クソでっかい声と挙手でジャッジをお願いします」
会場は蒸気機関車のような蒸気で爆発しそうになっている。拳をギュッと握りしめる。ミユも祈り続けている。
「それではジャッジをおこないます。先攻、KAGRA!」
ぬぅおおおお‥ ぐぅあああ… きゃあああアアアア… とてつもない歓声だ。さすが準決勝の舞台だ。今までとは歓声の大きさが、全く違う。まるで貨物列車が脱線したような衝撃が走る。もう完全にヘッズが僕の援護射撃をしてくれる。これに勝てば決勝。手を伸ばせばそこに王冠がある。僕が決勝にいくんだ! ジュンイチさんが続いて、後攻、P・D・F! とマイクコールすると、こちらも、うぉおおおおお… と大声援が送られる。さすがに準決勝まで勝ち上がった強豪だ。彼もまたヘッズの応援を受けている。一歩も譲らない互角の戦いになっている。僕にはどちらも同じくらいの歓声に聴こえる。歓声のジャッジが完全に両者に割れてしまった。ジュンイチさんもジャッジに困っているようだった。
「う~ん、僅差ながら僕はKAGRAだと思うんだけど、もう一回聞こうか? どうする? なあDJリアジュウはどう思う?」とジュンイチさんがDJリアジュウに問いかける。ターンテーブルの向こう側にいるDJリアジュウは僕の方を指差している。
「OK、まずはカグラが1ポイント先取。おっと、待て待て、まだ陪審員のジャッジがあるぞ。それでは陪審員の皆さん、一斉に旗を上げてください。」
バッと一斉に旗が上がった。赤い旗が3本、青い旗が2本。
「勝者! KAGRA! おめでとう! 観客の皆さんも盛大な拍手を!」
会場全体が轟く大歓声と割れんばかりの拍手で揺れた。決勝の舞台に向かうんだ。みんなの声援を胸に抱きしめて。応援してくれたヘッズたちの想いもすべて背負って決勝へと向かう。いよいよ大一番が待っている。頂点を目指すのだ。
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