第16章 FIGHT MUSIC
頭の中は冷静さを保っている。でも心の導火線には火が点いている。戦いにいくのだ。ユニクロの黒いパーカーを着た。右手には黄金のネックレスを握りしめている。ネックレスには王冠を模ったペンダントが輝いている。ハマやんから授かったネックレスだ。ハマやんの心の勲章だ。ネックレスを首に付けた。胸元に王冠が宿った。僕が大阪の王者になる。そう王冠のペンダントに誓った。
それから右手首にプラスチック製の青いブレスレットを付けた。ミユからプレゼントされたブレスレットだ。プラスチックのように脆くて壊れやすいミユの心を象徴している。僕は右手首に付けたブレスレットにキスをした。ミユ、僕はもう、生まれ変わったのだ。何度でも生まれ変わるのだ。不死鳥のように。立ち上がった。そして「MCバトル全日本・大阪予選」の会場へと向かったのだ。
ミナミにある小さなクラブハウス。ここで伝統ある「MCバトル全日本」の大阪予選が開催される。大阪予選チャンピオンが今日、決定するのだ。それを自分の目で確かめようと、MCバトルをこよなく愛する大勢のヘッズたちがクラブハウスのフロアを埋め尽くす。狭いクラブハウスのフロアいっぱいに、筆箱のように隙間なくヘッズたちがぎっしりと詰め込まれている。
オール・スタンディングの会場だ。ヘッズはそれぞれ自らの声援によって、大阪で一番強いバトルMCを決定する。そう、観客が審査員だ。ヘッズの声援を味方に付けたMCが、参加者総勢64人のバトルMCの頂点に立つ。大阪のチャンピオンになるのだ。そこには知名度など関係ない。無名なMCでも本当にスキルが高ければトーナメントを勝ち上がっていける。MCバトルを観続けている生粋なヘッズたちの目は誤魔化せない。ヘッズたちは「本物」を観るために会場に足を運んできた。自分たちの目で、大阪で一番フリースタイル・ラップが上手いバトルMCを決定させる。そのために熱狂的なヘッズたちがこの小さな会場を満杯にしたのだ。そんな会場の熱気は、鍋から煮こぼれするように沸点に達している。バトル会場の控え室で待ち合せをしていたコダマさんとダイソンに再会した。
「カグラ君! カグラ君じゃないか!」
驚いた表情でコダマさんが僕の元に駆け寄ってくる。固く拳を握りしめる。この手の中には僕が培ったヒップホップの魂を握りしめている。コダマさんとがっちり拳をぶつけ合わせた。
「やっぱり来てくれたんだね、カグラ君。しっかりと自信を持って! 君なら優勝を狙えるから。君しかいない」
「はい、ありがとうございます、コダマさん。今まで心配かけてすみませんでした。あれから練習をして本番に備えてしっかり仕上げてきました。今日は必ず、僕が鬼流星の首を狩りますよ、任せてください」
コダマさんは木霊サイファーの時と同じようにスーツ姿だ。ステージ上でもスーツを着てラップをする事にポリシーを持っている。僕だっていつものユニクロのパーカーだ。これが僕のシンボルなんだ。
ダイソンも僕の元にやって来て歓迎してくれる。
「やっぱりー、来てくれたんだよーね、カグラ。寂しかったよー、カグラがいなかったーからん。でも嬉しいよー、カグラが来てくれて、嬉しいよー。カグラしかいないよーん、優勝を狙えるのはね、だから頑張ってちょーだいよーん」
ダイソンもいつも通りの黒ぶち眼鏡をかけている。眼鏡は鼻息で曇っている。もうひとりぼっちじゃない。応援してくれる仲間がいるのだ。ここからは生き様を魅せつけるだけだ。僕のヒップホップを体現するだけだ。コダマさんとダイソンと一緒に肩を組んだ。
「さあ、行きましょう! 決戦の舞台へ!」
蜷局を巻くような歓声が絡みつきオープニング・ライブが開催されている。歴代の「MCバトル全日本」の王者がライブ・パフォーマンスでヘッズたちを煽り、さらに会場の熱を上げていく。もう熱気が蒸発してクラブハウスの天井を吹き飛ばすぐらいのテンションで会場は温まっている。その歓声は控え室にいる僕らにも聴こえてくる。
控え室のベンチにコダマさんとダイソンと一緒に並んで座った。ビートを流すターンテーブルのDJを担当するのが「DJリアジュウ」そして司会進行を務めるのが、MCバトル界のレジェンド「ジュンイチ」さんだ。
ジュンイチさんは毎年の年末恒例で開催される優勝賞金100万円である日本最高峰の大会「MCバトル全日本・東京ドーム決勝大会」で過去に何度も、日本一の栄冠に輝いている。僕も憧れているMCのひとりだ。そんなジュンイチさんが司会進行を務めてくれるのだ。もちろん僕だってリスペクトしているジュンイチさんの前でカッコ悪い試合をするわけにはいかない。最高のパフォーマンスを披露したい。東京ドームへの切符を手にするために、この大阪予選を勝ち抜かなければいけないんだ。今の僕ならできる。もう失うものがない。ただ目の前の敵を倒すだけだ。
1回戦が開始された。ステージ上ではMCたちが熱いバトルを繰り広げている。控え室の壁に貼られているトーナメント表を見ると1回戦の第3試合が僕の出番となっている。ペットボトルのコーラで喉を潤した。えいっ、えいっ、と言いながら控え室でヴォイス・トレーニングを開始して、自分の出番に備えて待ち続けた。コダマさんが檄を飛ばす。
「まずは1回戦が重要だぞ! 8小節2本の短期決戦だから、ひとつひとつのライミングに集中するんだぞ!」
大舞台での緊張感と、煮え滾る闘志が、ほどよく緩和され、精神的には落ち着いている。ベスト・コンディションだ。臨戦態勢に入っている僕は控え室のベンチに腰掛け、俯きながら集中力を高め出番を待ち続けた。体の奥底から闘志が漲ってくる。今日の僕は負ける気がしなかった。自信に満ち溢れている。ジュンイチさんが司会を進めていく。
「え~、続きまして、1回戦第3試合を始めたいと思います。まずは青コーナー、MC ジャックポット! そして赤コーナーはKAGRA! それでは、ステージ上にどうぞ!」
いよいよ戦いの火蓋が切って落とされた。ステージへ向かってまっすぐと歩いていった。ステージ上からの観客フロアの見晴らしは最高だった。大勢のヘッズたちが歓喜に沸いている。ステージ上で司会のジュンイチさんと握手をした。そして対戦相手と向かい合う。拳と拳をぶつけ合った。僕の初戦が始まる。胸元で王冠のペンダントが眩く光を放った。このペンダントが僕を守ってくれるはずだ。ハマやんの想いも背負っているのだ。
対戦相手のMCジャックポットはNEW ERAの帽子を深く被り赤いパーカーを着ている。年齢は20代後半に見える。でも、ステージに立てば年齢など関係ないのだ。10代の高校生でも20代でも30代でも、みんな同じ土俵で戦っている。みんなそれぞれが築き上げた生き様をこの大舞台で表現するのだ。
それぞれの人生を賭けて戦っている。吐き出す言葉と右手に掴んだゴッパチのマイクだけが僕の武器だ。MCジャックポットの帽子から金色の長髪が覗いている。帽子の奥から鋭い眼光で睨んでくる。僕も気合で負けないように睨み返した。ジュンイチさんの司会が進行する。
「それでは、1回戦、4小節2ターンです。ではMC、前へどうぞ。先攻、後攻を決めるジャンケンをしてもらいます」
ステージ上でジャンケンをした。MCジャックポットがジャンケンに勝った。
「え~ジャンケンに勝ったMCジャックポット、先攻、後攻、どちらを選びますか?」
MCジャックポットは、後攻を選んだ。
「OK! 先攻KAGRA、後攻MCジャックポットで試合の方をおこないたいと思います。それでは準備はいいか、DJリアジュウ!」
DJリアジュウがターンテーブルの上のレコード盤を擦り、キュッキュキュ、とスクラッチ音を入れる。そしてビートを1小節だけ流す。僕はそのビートをしっかりと耳に記憶する。なかなかアップテンポなビートだ。僕のRHYMEが乗せやすい。頭のエンジンが猛スピードで回転している。ガソリンは満タンだ。
「2人にはこのビートで戦ってもらいます、準備ができたら、DJリアジュウ、スクラッチをお願いします」
キュッキュキュ。
「OK! それでは試合を開始します。先攻KAGRA、後攻MCジャックポット、BRING THE BEAT!」
KAGRA
HEY YOまずは俺の母親のために捧げるぜ お母さんへのREST IN PEACE
俺は一生忘れないぜ 誕生日の日に一緒に歌ったよな LET IT BE
この音楽で俺はスキルフルに突き進む これが母のララバイ
さあ始めようか 俺とお前との天下分け目の合戦 桶狭間の戦い!
MCジャックポット
俺も受けて立ってやろうじゃねぇか桶狭間の戦い でも それはただの過ち
残念だが勝つのは俺だ なぜなら俺は 戦国武将で言えば織田信長だ!
お前の母ちゃんの話なんか誰も聞きたくないんじゃボケ お涙頂戴?
こんなワック俺が始末 お前どうかしてんのか? もしかして頭がおかしな状態?
KAGRA
お涙頂戴 おかしな状態 残念だがお前のキャリアはここで終わりだろうな
母を亡くして天涯孤独 だけど秘められた潜在能力 その声は天まで届く
お前が織田信長? だったら俺 戸惑うから お前はただのドアノブカバー
俺は武田信玄 お前は立てた信念も すぐに曲げるダメな人間!
MCジャックポット
じゃっかましいわ はあ? お前が武田信玄やと ふざけんなボケー
黙れ根性無し! 混合マッチ 俺がここで覚醒して本領発揮
お前は策がなく そうやって はぐらかす ただの油かす
殺す爆破薬で ここでKAGRA去る お前はただの役立たず!
すべての力を出し切った。僕のヒップホップを出し切った。あとは観客の判定を待つだけだ。胸が高鳴っていく。ジュンイチさんがマイクを口に近づける。緊張が走る。
「それでは、ただ今の試合のジャッジをおこないます。先攻、KAGRA!」とジュンイチさんがコールするとフロアが、うぉおおおおワァアアアアア… という鳴りやまない歓声に包まれた。これだ、この歓声だ。この歓声を全身で受け止める。たくさんの手が挙がった。見渡す限りのヘッズが僕を支持してくれている。僕のヒップホップを認めてくれるヘッズがこんなにもたくさんいる事に感謝したい。こんな無名な僕でも公平にジャッジしてくれている事に感謝したい。ありがとう、みんな。そしてジュンイチさんが、後攻、MCジャックポット! と、名前をコールする。しかし歓声が僕よりも少ないし、挙手の数も少ない。明らかに少ない。決着はついた。力強く拳を握りしめ、耳を研ぎ澄まし判定が下されるのを待つ。唾をごくりと飲み込む。
「勝者、KAGRA!」
やったぁ! 勝った! 1回戦を突破した。対戦相手のMCジャックポットと再び拳をぶつけ合わせて挨拶をした。MCジャックポットは肩を落としてステージを去っていった。その背中には悲壮感が漂っていた。勝負の世界は厳しいものだ。勝者と敗者とでは、その後の人生を大きく左右する。勝った者にしか得られないものがある。それは実際に戦ったステージ上の2人にしかわからない。瞬間の美学。でもそんな敗者の事を気遣う余裕なんてない。僕はまだまだ戦い続けなければならない。まだ「はじめの一歩」を踏み出したばかりだ。
ステージを下りて控え室に戻った。控え室に戻ると、コダマさん、ダイソンと拳をぶつけ合った。コダマさんが声をかけてくれる。
「よし、順調に突破したな、カグラ君。いつも通りのスキルが出し切れていた。いい試合だった。だが、引き続き気持ちを締め直して次の試合の準備をしろよ。どんどん強い対戦相手が出てくるからな」
「はい、ありがとうございます」
ダイソンが飛びついてきて僕の頭を撫で回した。
「カグラ~ やったーね、おめでとー、これで2回戦いけるねー。さすがカグラだーね、RHYMEもFLOWも完璧だったよー」
応援してくれる仲間がいる。仲間の後押しがなければ僕は奮い立つ事ができなかった。だから仲間に感謝したい。
ステージ上ではもう、次のバトルが始まっていた。試合の進行がテンポ良く進んでいく。
MCネームがコールされ、コダマさんの出番がきた。僕とダイソンはコダマさんの背中を叩いて送り出した。コダマさんがステージに向かっていく。そのスーツ姿で悠然と歩く後ろ姿が神々しく見えた。バトルが開始された途端、礫のような歓声が控え室にまで飛び込んでくる。ステージ上ではコダマさんが熱戦を繰り広げている。ダイソンが両手を組み
「コダマさーん、頑張ってくださーい。木霊サイファーのみんなのためにも頑張ってくださーい!」とぶつぶつ呟きながらコダマさんを応援する。
僕はベンチで俯きながら目を瞑り、両手を組んでコダマさんの勝利を祈る。大丈夫だ、コダマさんならきっとやってくれるはずだ。コダマさんを信じている。大切な仲間だから。
ステージ上のコダマさんはビート上で舞うマタドールのように巧みに相手の攻撃をかわす。圧倒的に優位な展開で試合を進めていく。コダマさんは試合運びが上手いなぁ。さすがコダマさんだ。卓越したスキルで会場を盛り上げていく。対戦相手の挙げ足を取る強烈なDISが突き刺さる。会場は活火山が噴火したように盛り上がっている。
コダマさんの試合が終わり、控え室の壁を吹き飛ばすくらいの勢いで歓声が聴こえてきた。コダマさんは終始、相手を圧倒し続けて勝利を掴んだ。コダマさんは自分のスタイルを曲げなかったのだ。1回戦を見事に突破したコダマさんがステージを下りる。控え室に帰ってくるコダマさんを僕らは出迎えた。
「やったー、おめでとー、コダマさんも1回戦を突破したーよん、嬉しいよー、俺も頑張らなくっちゃダメだよー」とダイソンがコダマさんと抱き合う。僕はコダマさんと拳をぶつけ合わせた。
「おめでとうございます、コダマさん。見事な戦いぶりでした。お互い2回戦に向けて頑張りましょう。まだまだ試合が続きます」
続いてダイソンの1回戦がおこなわれる。僕はダイソンの尻を叩いた。
「ダイソン、いつも通りのスタイルを曲げなければ大丈夫です。絶対に勝ってきてください」
「うん、わかったよー、カグラ、俺、戦ってくるよー、勝つよー」
ダイソンはステージに向かう。控え室のベンチに座り、コダマさんと一緒にダイソンの勝利を祈った。ステージ上でダイソンの試合が始まった。試合開始からダイソンは圧倒されてしまい押され気味の展開となってしまった。
「今日のダイソンは、いつも通りのスキルが出し切れていないな。あいつの持ち味は流れるようなFLOWなのに、いまいちフロアが盛り上がっていない」
「そうですね、コダマさん。ダイソンのパンチラインも対戦相手には刺さっていないように感じます」
「もしかしたらダイソンは緊張しているのかも知れない。なんとかプレッシャーを跳ね除け1勝をもぎ取って欲しいな」
「はい、僕もダイソンの、ここからの巻き返しに期待します」
ダイソンはその後も対戦相手に罵倒され続けたまま試合が終わってしまった。ダイソンの名前がコールされた時には、フロアの歓声も少なく感じた。ダイソンは負けてしまったのだ。
がっくりと肩を落としたダイソンが控え室に戻ってきた。そして、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。コダマさんは控え室の床で跪くダイソンを抱きかかえた。ダイソンの黒ぶち眼鏡がずれ落ちている。そして白目を剥いている。唇の端から泡が噴き出ている。放心状態だ。
「しっかりしろ! ダイソン! お前は頑張った。この大舞台で戦えた事を誇りに思うんだ。負けて得られる事もある。この悔しさをバネにして、またサイファーでスキルを磨いていこう。バトルでは負けたけれど、お前は決して敗者じゃないんだ! 自分のヒップホップを、自分の生き様を表現できた事を誇りに思え!」
コダマさんに体を揺さぶられて、我に返ったダイソンの目から大粒の涙が零れた。
「はい、すみませーん、負けてしまいましーた。すみまーせん」
「大丈夫だ、お前は決して自分自身には負けていなかった」
「はい、すみませーん」
生い茂る森林の岩の隙間から染み出る湧き水のように、涙は静かにダイソンの頬を濡らした。ダイソンの戦いの幕が閉じた。
「ごめーん、カグラ、俺、負けちゃったーよ」
「ダイソン、しっかりしてください! 僕とコダマさんが必ずダイソンの
「うん、ありがとーん、カグラ、俺はカグラとコダマさんをー、応援する側に回るーよ。だから俺の分も頑張ってーね」
「わかりました。ダイソンの分も背負って戦います」
2回戦が始まった。コダマさんは安定したフリースタイル・ラップで勝利を掴み2回戦を突破した。控え室のベンチから立ち上がり、僕もえいっ、えいっ、とヴォイス・トレーニングを始めた。ダイソンの想いを背負って戦うのだ。僕の名前がコールされた。そしてあの輝くステージへと再び向かっていった。
2回戦の対戦相手は「MCプルーン」というMCネームの巨漢だった。体重が100㎏以上ありそうだ。僕とは圧倒的な体格差だ。年齢は20代後半くらいに見える。ニット帽子を被り全身をB-BOYファッションで着飾っていた。強面の顔で睨み威嚇してくる。どんなに威嚇したって僕は折れない心を持っているのだ。折れない翼を背負っている。ステージ上で羽ばたく。僕もMCプルーンを睨み返した。ジャンケンで僕が勝って後攻を選んだ。ステージ上で睨み合いが続く。観客の声援すら耳に入らない。早くビートを流してくれ、DJ。目の前のこいつを倒すのだ。ジュンイチさんの試合開始のコールを待つ。
「それでは準備が整ったようなので、DJリアジュウ、BRING THE BEAT!」
MCプルーン
平成生まれの おチビちゃん 勿体ないぜ俺の 持ち時間
お前みたいなクソだせぇ童貞がやるなよフリースタイル
ホントは気になってんじゃないの? 女の子のスリーサイズ
お前の勝つ確率 数% 行けよスーパー銭湯 お前は一生バイトだ!
KAGRA
昭和生まれの おデブちゃん お前の腹を撃ち抜く モデルガン
俺が一生バイトじゃ希望ないよ でも思考回路 秘境ガイド お前を司法解剖
サクラ色の心で頑張ってるよアルバイト 拡大鏡 覗いたら危ないよ
サッカーだとサブ代表 お前は悪大名 お前なんか八つ裂きよ
MCプルーン
頑張ってやってろアルバイト そんで就職先は 中国マフィア
もしくはユーゴ・スラビア そこで注目浴びな 給料払ってやるから日払いで
でも使ってやるぜ 汚い手 お前は事件起こして記者会見
コーヒー飲みたい自家焙煎 お前いきなりビビんな! 俺が食う石焼ビビンバ!
KAGRA
お前 腹減ってるんなら食いに行けやビッグマック お前は俺に四苦八苦
くれよキックバック マイク持ったら商売繁盛 やるか? 場外乱闘
石焼ビビンバ食うならワンカルビ 俺は持ってる反逆心
神無月 アンラッキー ここで安楽死 お前は顔面凶器 俺が完全勝利
手応えはあった。ライミング・スキルをすべて出し尽くした。観客も僕のRHYMEが決まるたびに声援を送ってくれた。でもRHYMEの数ではMCプルーンも負けていなかった。僕が自分のバースを歌っている時も、MCプルーンは今にも殴ってくるのではないかという勢いで距離を縮めて突っかかってきた。そんな相手の威嚇にも怯むことなく、僕は自分のスタイルを曲げずに堂々と歌い上げた。互角の戦いだった。観客は一体どのようなジャッジをするのだろうか。観客の目にはどのように映ったのだろうか。
ジュンイチさんが、それではただ今の試合のジャッジをおこないます、先攻、MCプルーン! とマイクコールすると、ぐぅおおおおお… と歓声が巻き起こる。なかなかの声援だ。手も多く挙がっている。あとは僕の番を待つだけだ。ジュンイチさんが、後攻、KAGRA! とコールするとまたしてもヘッズたちが手を挙げてくれる。声援と絶叫が飛び交う。喉を枯らしながら、みんなが精一杯の声を届けてくれる。両手を広げて手を振ってくれる。応援してくれているヘッズに向かい僕は深々と頭を下げる。リスペクトの気持ちをしっかりと胸に刻む。みんなの声が追い風となって僕の後押しをしてくれるんだ。ジュンイチさんのマイクコールが響き渡る。
「勝者、KAGRA!」
マイクスタンドにゴッパチのマイクを置いた。右手で胸元に光る王冠のペンダントを握りしめた。僕が王冠を掴むためにトーナメントの階段を上っていくのだ。毎週、土曜日に上っていた歩道橋の階段を思い出した。一歩一歩、確実に階段を上っていく。
ふと王冠のペンダントを握りしめている右手を見た。手首には、青いブレスレットがある。ミユ… このひしめくフロアのどこかでミユは僕の戦いを見てくれているのだろうか。ぎゅうぎゅう詰めのフロアを探すように見渡しても、ミユの姿は見当たらない。あまりにも観客が多過ぎる。ミユを探すのを諦めた。そして右手首のブレスレットに話しかけるように呟く。ミユ、ベスト16まで勝ち上がったよ。これからも僕を応援してくれ。このブレスレットに守られている。みんなの想いを背負って僕は戦い続けるのだ。
3回戦が始まった。この過酷なトーナメントを勝ち上がってきた強豪たちが揃ったベスト16のバトルだ。コダマさんは僕よりも先に試合をし、勝利を収めた。僕もコダマさんの背中を追いかけて、さらに上のステージへと階段を駆け上がっていきたい。コダマさんがアドバイスをくれる。
「ここからは、厳しい戦いになってくる。もう誰と対戦しても強豪ばかりだ。ひとつひとつのRHYMEに魂を込めろ!」
「はい、コダマさん!」
集中している。大丈夫。ハマやんから貰ったネックレスと、ミユから貰ったブレスレットが守護神となってくれている。
「カグラ、頑張ってーね、カグラならきっと勝てるよー」
ダイソンの応援もある。次の対戦相手は初戦でダイソンに黒星を付けた「GREEN BELL」という名のMCだ。ダイソンの
帽子の隙間から、編まれたロングヘアが背中の辺りまで伸びている。司会のジュンイチさんの話を聞いていると、どうやら在日中国人のようだった。国籍など関係ない。日本語を上手に操りながらラップをした者のみが勝利を掴むのだ。これは日本語による言葉と言葉の喧嘩だ。日本語ラップによるバトルなのだ。ジャンケンの結果、GREEN BELLが先攻で、僕が後攻になった。
「DJリアジュウ、BRING THE BEAT!」
GREEN BELL
さあ始めるぞ 弾けるぞ これが俺のマニフェスト
ダイジェストよりも ダイレクトで見つける解決法
俺は中国からの刺客 立ちはだかる万里の長城 まっすぐ歩くバージンロード
俺が制する大阪予選 そして建ててやる殿様御殿
KAGRA
万里の長城 賛否も両論 お前は中国人? 俺は縦横無尽 お前は16時に中毒死
俺のスキルはトリプルA 背筋凍りつくぜ お前は孤立無援
お前が中国人やったら日中で仲良くやろうぜ 友好関係
そうさ俺の頭の回転はブレない まるで首相官邸
GREEN BELL
お前が首相官邸? まるで右曲がり そして耳障り
言葉が心に響かない それじゃ意味がない 勝つのは君じゃない
お前はフリースタイル出場 最年少?
お前はここで終わりだ 残念賞 被っとけガキ 安全帽
KAGRA
ごめん 仲良くやろうって言ったの前言撤回 お前に食らわす鉄拳制裁
俺は最年少でも アンケート 取れば賛成票 お前が残念賞
TURNTABLE 見とけ俺の完成度 聴けよこの歓声を まるでサンセット
俺がここで勝って3連勝 見ろよ俺の安定度 そして完全燃焼
歌い終わった時には肩で息をしていた。観客のいるフロアを見渡す。この会場のどこかでミユは応援してくれているのだろうか。迷彩柄のヤンキースの帽子を被っているポニーテールの女の子がいる。会場の最後尾だ。帽子で隠れてよく顔が見えない。フロアの照明が暗いのでよくわからない。でも、あの帽子には見覚えがある。いつもミユが木霊サイファーの時に被っていた帽子と同じだ。もしかしたらミユかも知れない。ジュンイチさんが観客にコールする。
「それでは、ただ今の試合のジャッジをおこないます。ええ、ベスト8を決める判定になりますので、慎重に決めてください。隣りの人に聞くのは無しよ。自分の心で決めて勝者にクソでっかい声援と、挙手でジャッジをしてください、心の準備はできましたか?」
大事な一戦だ。ダイソンのためにも負けられない。ごくりと唾を飲み込む。もう喉がカラカラだ。ジュンイチさんが、それではジャッジ! 先攻、GREEN BELL! とコールすると、うぉぉおおおおお… と巨大な戦艦が座礁したような歓声が轟く。試合を増すごとにヘッズたちのテンションは上がっている。でも決して僕も負けていなかったはずだ。自分のスタイルを曲げずに戦った。後攻、KAGRA! とコールされると、きゃあああ… うぉおおおおお‥ ぐぅおおおおお… とまるで建設現場の地下から第二次世界大戦の不発弾が発見されたような絶叫が会場を埋め尽くす。ヘッズは僕の味方になってきている。ヘッズの後ろ盾がある。間違いない。見渡す限り会場中のヘッズが挙手している。大統領選の演説を聞きにきた観衆のように。ヘッズを味方に付けたんだ!
「勝者! KAGRA! 勝者のカグラに盛大な拍手をお願いします!」
会場中が温かい拍手で包まれた。観客のいるフロアに向かって深々と頭を下げた。顔を上げてもう一度、迷彩柄のヤンキースの帽子を被った女の子を見た。フロアの最後尾にその女の子はいる。やっぱりミユなのだろうか。観客のいるフロアの薄暗闇の中、よく目を凝らして眺めた。面影は似ている。でもあれから、2ヵ月以上会ってないので確証はない。でも気になる。女の子のポニーテールが揺れている。僕はステージを下りた。控え室に戻るとコダマさんとダイソンに抱き寄せられた。
「カグラ、ありがとー、あの中国人を倒してくれてありがとー」
「はい、しっかりとダイソンの仇を討ちましたよ」
コダマさんから労いの言葉を貰う。
「よくやったカグラ君。あの速くて難しいビートをよく倍のリズムでリズムキープしていた。特にラストの6連符の高速RHYMEの流れるようなラインは見事だった。あのライミングができるのはカグラ君しかいない。次はベスト8の戦いになる。もう大阪屈指のMCしか残っていない。俺らのうちのどちらかが頂点を目指そう。お互いベストを尽くそう」
「はい、ありがとうございます。お互い全力で戦い抜きましょう、コダマさん」
控え室のベンチに深く腰掛けて渇いた喉をコーラで潤した。また、すぐに出番がやってくる。えいっ、えいっ、と発声練習をしながら自分の声の調子を確かめていた。大丈夫だ。終電がなくなっても歩道橋で歌い続けてきた。まだまだ声は枯れていない。これも練習の賜物だ。また一歩頂上へと続く階段を上っていくのだ。
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