第5章 REPRESENT
すっかり桜も散り新緑が萌え、5月の空が澄み渡る。相変わらず学校では馴染めなかった。誰も話しかけてくれない。でも僕の方から積極的にクラスメイトに話しかけるような勇気もなかった。教室の最後部の席に座っていた僕は、そんな事も気にせず授業中に先生の目を盗んではノートの隅っこに歌詞を書いていった。
昼休みになると人気のない屋上へと続く階段に座り、ひとりぼっちでノートに書いた歌詞を読みながら、ラップの練習を積み重ねていった。
数学の授業が始まった。ああ、大嫌いな授業だ。数学なんて将来、何かの役に立つのだろうか? 微分積分なんて大人になったら使う事なんてあるのだろうか? 円周率や図形の面積なんて必要なのだろうか? 何もかも自分に結びつかなかった。数学なんて意味のない数字と記号と図形の羅列じゃないのかよ。
そもそも僕は何になりたいんだ? 将来のヴィジョンが描けない。そりゃもちろんラッパーになって有名になるのが夢だけど…。でもそれはあくまでも夢だ。叶わない夢だってあるかも知れない。上には上がいるんだ。僕よりもラップが上手いヤツなんて全国にいくらでもいる。今の自分は…。自分自身に言い聞かす。僕は何者でもない。
「よし、チームを組んで課題に取り組もう。え~と36人だな。じゃあ6人ずつで6つのグループを組んで、みんなで考えてこの図形の面積を求めよう。みんなで意見を出し合って正解を導き出そう。よしグループ分けだ!」
クロカワ先生がそう言うと、その声に反応してクラスメイトは椅子を持って立ち上がり一斉に席を移動した。ヤドカリのように椅子を背負う。
「先生~ グループ分けは好きな子同士でいいんですか?」とクラスメイトの誰かが言ったので、声のする方を見た。オカザキだった。
オカザキの周りにはたくさんの女子が集まっている。そして、それぞれ仲のいい友達同士で席を移動して6つのグループができあがっていた。僕は誰にも声をかけられずにぽつんと一番後ろの席に座ったまま取り残された。またオカザキが声を上げた。
「お~い、カワカミがハミってんぞ、誰かグループに入れたれや」
クラス中から失笑が沸き上がる。
「おい、グループは6人ずつって言っただろ! なんでオカザキのグループだけ11人もいてるんだよ、おかしいだろう」
見かねたクロカワ先生はそう言ったが、クラスメイトが口々に言い争っていた。
「ええ~、だって私、オカザキ君と一緒のグループがええもん」
「俺もや、オカザキと一緒がええもんなぁ、なぁお前はキジマのグループ行けや、あそこやったら空いてんぞ」
「嫌やわ、あんたが行きーや」
「ナカムラ、お前のグループにカワカミも入れたれや」
「ええ~、なんか嫌やわ」
みんな口々に言い合って、席の取り合いで揉めていた。ああ、面倒臭いなぁ。僕はいつでもハミっているのだから、どこのグループでもいい。見かねたクロカワ先生が怒鳴る。
「わかった、もういい。先生がグループ分けする。オカザキのグループにカワカミ君を入れてやれよ。そして12人のグループにしよう。残りのグループも合体させて12人ずつで3つのグループにしよう、な、それでいいだろ」
は~い、と言いながらクラスメイトは、またガタゴトと椅子を引き摺って席を移動した。僕もようやく重い腰を持ち上げてオカザキのグループに加わった。オカザキが
「カワカミ、よろしくな」と言って右手を差し出した。それに応じて僕はオカザキとがっちりと握手を交わす。細くてしなやかな指だった。
「なぁ、オカザキ。指長いな」
「そりゃギタリストだからね、指が長くないと上手く弾けないだろう? まぁ生まれ持った才能ってやつかな」
オカザキはそう言いながらハッハッハと高笑いしていた。生まれ持った才能。そんなもの、僕には持ち合わせていない。努力をすれば才能に打ち勝つ事はできるのだろうか。それとも才能を持ち合わせた者にしか成功を掴めないのだろうか。僕にはなんにも取り柄がなかった。だけど今はラップがある。いつかこいつを… オカザキを見返してやる。クラスのみんなを見返してやる。そのためにやり続けるしかない。努力を続けるしかない。自分の信じた道を。夢を掴む為に僕はラップをやり続けるのだ。
あの日から毎週土曜日の夜になると、木霊サイファーに参加するようになっていた。週1回だけの唯一の楽しみだ。コダマさんはもちろんの事、ハマやん、ミユ、ダイソンとも毎週のように顔を合わせた。16歳の高校生ラッパーのキタガワ君はあれからあまり顔を見せなくなったが、みんなそれぞれの事情があるのだろう。あまり詮索するのも良くない。
Twitterの告知を見て毎週のように新しい参加者がやって来る。サイファーは誰でも参加できるのだ。誰でも自由に自分の生き様を表現できる場所。名前も知らなければ、どこに住んでいるのかもわからない仲間たち。それでも僕にとっては大切な仲間だった。学校には居場所がない僕でも、ここに来ればみんな温かく迎え入れてくれる。歩道橋、ここが僕の居場所だ。自分の居場所を見つけたのだ。
ある日の夕方、ハマやんからスマートフォンに着信があった。
「あ、もしもし、俺だけど、あのさ今日の晩さ、クラブに行けへんか? MCバトルのイベントがあるねん、ミユも来るって言ってるしさ」
「え? ハマやん、マジっすか? すっごく僕、行きたいっす!」
ちょうど僕の家とハマやんの家との中間地点であるアメリカ村の三角公園で待ち合せる事になった。約束の時間より一足先に現地に着いて三角公園の階段の空きスペースを見つけ、そこにちょこんと座り込んだ。ペットボトルのコーラを飲みながら2人がやって来るのを待った。
アメリカ村にはアメカジ・ファッション専門の古着屋、雑貨店、シューズ・ショップ、それにオシャレなカフェや名物のたこ焼き屋やらが軒を連ねる。そして流行のファッションに身を包んだ若者や、ちょっと奇抜なファッションをした若者や、制服姿の女子高生のグループやらが行き交い賑わっていた。
三角公園の中央では青年たちが集まり、サイファーの輪ができていた。軽快なリズムのビートに乗って朗らかな歌声が聴こえてくる。いろんなところでサイファーってやっているのだなぁ。みんな頑張って練習しているのだなぁ。
三角公園の隣りにある交番の前には警察官が立っていて鋭い視線で、ストリートにごった返す人々を監視していた。腰に携帯されている拳銃の銃口のような眼差しで、街の流れを睨みつける。ピストル銃の目。
「俺はレペゼン、レペゼン三角公園、だけど普段はわんぱく少年、夜のスーパーの惣菜も半額商戦、俺はいつでも感覚で挑戦…」
躍動感ある歌声が響き渡る。思わず割って入って参加しようかな、なんて思ってしまった。でも、それは我慢してずっと階段に座りながら、彼らのラップに聴き入っていた。
「YO俺がカマすぜフリーキーな雰囲気を飲み込むFLOWで、俺は目が赤い、だけど目立たない、なんて事はないはずだぜ、そうさまるで赤い目のフクロウ、カマしてやるぜ、ヤバイめのFLOW…」
ああ、この人は上手いな、ヤバいな、とか、う~んこの人はいまいちだな、これだったら僕の方が上手いかな、なんて頭の中で考えながら、いろんな人のラップのスタイルを研究していた。十人十色。みんなそれぞれの表現方法がある。みんなそれぞれのスタイルを持っている。みんな違っている、だからこそ面白い。サイファーを見学していると時間が経つのも忘れてしまう。
「あ、お待たせ、待った?」
「あ、ミユちゃん!」
いつも通りストリート・ブランドのバックプリントが入ったTシャツにポニーテール、そしてNEW ERAの帽子。迷彩柄のヤンキースのベースボール・キャップを被っていた。それはいつもサイファーで会う時と同じような服装だ。しかし、珍しくミニスカートを履いていた。木霊サイファーで見る時はいつも大体スリム・ジーンズを履いているのだけれど…。今日は珍しくミニスカート。へぇ、ミユって普段はこんなファッションなんだなぁ。
「どうしたん? カグラ? そんなにじろじろ見て… どこ見てんねや、やらしいなぁ」
「ちょっ、そんな… あ、あれ? ハマやんは?」
「あ、なんかさっきLINEあったよ、10分くらい遅れそうや、って」
なんだよ、自分から誘っておいて時間にルーズなヤツだなぁ、まったく。軽快なビートが流れている。活気ある歌声が聴こえる。
「サイファーやってんなぁ」
「うん、僕もね、さっきからずっと見てたんだよ」
「みんな楽しそうやんね」
三角公園の真ん中で、ビートに乗って踊りながらラップを披露している。こんな風に輪になってラップする楽しさを知っている僕らは幸せだ。
「うん、あ、そうだ、ミユちゃんに聞きたいんだけどさ、ミユちゃんって学生なの? それとも社会人なのかな? なんて…」
「は? 何よ、それ。女子に年齢を聞くのなんて失礼よ、サイテー」
「あ、え、え、いや、年齢なんて… 別に… 聞きたくて…」
「な~んてウッソー、ハハッ!」
なんだビックリしたなぁ。その整った白い歯並びを見せながらミユは無邪気な顔で笑った。可愛いなぁ、と思った。何かの宝石のような歯並びだった。
「あたし、カグラと同い年よ、高校3年生やよ」
「え~? もっと年上かと思っていたなぁ、同いなんだ!」
「は? 何よ、そっちの方が失礼やわ、あたしが老けて見えるんやぁ、そうなん、カグラ?」
「いやいやいや、違う、違う、ってば、そういう意味じゃなくって、その、なんて言うのかなぁ… ほら、なんかオシャレだし、大人っぽいな、って思っていたし、あ、ほらさ、つけ睫毛とか、サイファーの時でもいっつも綺麗に化粧もしてるから」
「女子高生だって化粧ぐらいするわな…」
「ごめん… なんか、ごめん、ミユちゃん」
気まずくなった。青汁を一気飲みしたような気分だった。ああ、苦い。もう1杯、という気分にはならない。
「冗談だってば。そんな謝る必要ないやん、もっと堂々としぃや、その方がカッコええで、イケメンなんやから」
「ええ? イケメン、って…。そんなの僕、言われた事ないよ?」
またミユはキャハッと笑いながら白い歯を見せる。爽やかで無垢な笑顔だ。剥きたてのゆで卵のような白い歯。その歯並びを見ると僕まで嬉しくなってしまう。
「もっと自分に自信持ちぃや、男らしくなりなよ、サイファーやってる時みたいになぁ、サイファーやってる時のカグラはカッコええんやから、自信持ちぃや」
「うん… ありがとうミユちゃん」
ミユとこんなにもゆっくりと話した事がなかった。というよりも女の子と2人っきりで話した経験もなかった。なんかミユと話していると落ち着くなぁ。それにミユと同い年という事が聞けて嬉しかった。幾つかのビート・チェンジがおこなわれ、サイファーは続けられる。躍動感のある音楽が胸を躍らせる。
「あのね、さっきから気になってたんだけどね、あのサイファーやってる人たちさぁ、レペゼン、レペゼン、って言ってるけど『レペゼン』ってどういう意味なんだろうなぁ、ミユちゃん知ってるん?」
「ああ、あれね、ヒップホップ・スラングでよく使うヤツやんね。あれはな、REPRESENTが日本語に訛ってレペゼン。代表する、って意味やよ。自分のアイデンティティーを示す言葉かな」
「へぇ、そうなんだね、じゃ、レペゼン三角公園だったら『三角公園代表』って事になるんだね」
「そうやね、カグラだったら『レペゼン歩道橋』になるんやない?」
レペゼン歩道橋かぁ。いい響きだな。いや、違うな、僕はレペゼン負け犬だ。僕は負け犬を代表して、そこから這い上がるのだ。
「あ、それとあそこの黄色いTシャツのラッパーが言っていたんだけれどさぁ。『赤い目の梟』って何?」
ミユはぼんやりとした眼差しで遠くの方を眺めている。そんなミユの横顔を見て僕も同じ方角を向いた。視線の先にはゴスロリ・ファッションの女の子が歩いていた。アメリカ村にはいろんな人種が共存している。
「それはね… ガンジャ… 大麻の事ね。それを吸っている人の事やなぁ…」
「ええっ!? 大麻!?」
「そう。ガンジャを吸ってる人はね、目が真っ赤になるんやよ、そんでね、夜中遅くまでクラブとかで踊ったり、遊びまくるんだよね。ほら、梟って夜行性でしょ… だから…」
ミユの話を遮るようにハマやんが現れた。
「ごめん、ごめん、待たしたな」
「おせーよ! もう20分も遅れてるやんか! あんたが誘っといたくせに!」とミユがハマやんに浴びせる。まるで塩を撒き散らかしたかのような勢いだ。悪びれもなくハマやんはボリボリと頭を掻く。
「いや~、ごめんごめん、俺な、そこの角を曲がったとこにある古着屋でバイトしてんやけど、思ってたより仕事が長引いもうてなぁ、いや~すまん、すまん」
ミユに怒られたハマやんは必死で言い訳をしていた。そんなハマやんの姿を見てくすくすと笑いながら
「急ぎましょう、もうすぐイベントが始まりますよ」と僕は言った。
3人で心斎橋まで歩き目的のクラブハウスに到着した。地下へと続く階段を下りると、会場は熱気で溢れ返っている。密閉された鰯の缶詰のように会場はぎゅうぎゅうの満員だ。オール・スタンディングの会場。観客はみんなステージに釘付けになっていた。
初めて観戦するMCバトルの大会に僕は目を輝かせていた。10代から30代と年齢層も様々なMCが大会にエントリーしていた。32人が出場してトーナメント制でおこなわれる。司会者が会場に集まった観客を煽り、大歓声に包まれた。
1回戦から白熱したバトルが繰り広げられる。MCたちがそれぞれ磨いてきたスキルをステージ上でぶつけ合う。先攻、後攻は対戦相手同士でジャンケンをして勝った方が好きな方を選べる。一般的には最後にパンチラインを残せる後攻の方が有利とされている。8小節ずつ交互にMCがラップをおこない、勝敗を決める。
この大会の場合は8小節3本ずつの勝負で、決勝のみ8小節4本でおこなわれる。大会によっては16小節を選べる場合もある。強烈なDISやRHYME、パンチラインがヒットするたびに観客席から歓声と手が挙がった。
隣りでバトルを観ていたミユが僕の耳元で話しかける。
「YOU TUBEとかで見てるから知っていると思うけど、ジャッジはお客さんが決めるんやよ」
「うん、大丈夫だよ、知ってるよ、オーディエンスの声援の大きさと挙手の多い方が勝ちなんでしょ?」
「そう」
1回戦のバトルが終わり司会者がマイクを口元に近付けて叫んだ。
「それでは、ただいまの試合の判定に入ります。先攻、MC HIKIKOMORI!」
ワーという歓声と共に手が挙がった。続いて司会者がマイクで叫ぶ。
「後攻、
ウォーウォーと地響きのような巨大な歓声が沸き、見渡す限りの観客が両手で挙手をしていた。キリューセー! キリューセー! と会場が大歓声に包まれた。ステージではパーマでウェーブした長髪に、髭を伸ばした異様な佇まいの男が立っていて観客に向けて高々と拳を突き上げている。その目には自信が漲っている。圧倒的な存在感を誇示している。会場の観客の大多数がこのMCの応援をしている。隣りを見ると、ミユも手を挙げていた。なんだ、このカリスマ性は。
「勝者、
司会者がマイクで一段と大きな声で叫びバトルが終了した。
ステージ上で試合を終えた2人のMCが拳をぶつけ合い熱く抱擁を交わす。ラップではあれだけ罵倒し合っていた2人だが、バトルが終われば、勝者を称え、敗者にも感謝の気持ちを贈る。その姿が美しい。
確かにMCバトルはラップとラップの口喧嘩のようなものだが、あくまでも音楽。即興の音楽。ステージ上の2人の相乗効果によって昇華されたミュージック。ステージ上の2人にしか生み出せない瞬間の美しさを極めたミュージックだ。戦った2人にしかわかち合えない想いもあるだろう。
「なぁ、ミユちゃん、あのロン毛で髭もじゃの人、鬼流星って名前かな、すっごい人気だね」
「えっ? カグラ、鬼流星さん知らんのん?」
ステージ上で歌っていた鬼流星の風貌は何かの宗教の教祖でもやっているかのような髭を蓄えていた。その肩まで伸びる長髪は、ラップをするたびに体の動きに合わせ獅子舞のようにうねっていた。ハマやんが僕に教えてくれる。
「鬼流星は関西では、有名なMCや。数々のMCバトルの大会で優勝している。今年の『MCバトル全日本・大阪予選』の台風の目になるやろうな」
「へぇ、そんなに強いんですか?」
「そや、鬼流星はRHYME、FLOW、パンチライン、すべてにおいてスキルが高い。もはや異次元のレベルや。関西中のMCたちが鬼流星の首を狩ろうと必死になって狙っとる。それでもあいつは勝ち続けてるんや。いわば絶対王者や。この後のバトルもよう見ときや、会場中のヘッズがあいつの応援をしとるんや、あいつはヘッズを味方に付けとるんや」
「ねぇ、ハマやん『ヘッズ』ってなんですか?」
「ヒップホップを愛するファンの事や。俺もカグラもヘッズや」
その後のバトルも鬼流星が順当に駒を進めていった。鬼流星はビートの上で蝶のように舞うFLOW、蜂のように刺す的確なライミングとDISを駆使し、次々とバトルを制した。そしてハマやんの予想通り、まったく他を寄せ付けない圧倒的にスキルフルなラップでトーナメントを制し優勝をもぎ取った。ヘッズの心を鷲掴みにしたのだ。
初めて観戦したMCバトルの大会は想像以上に僕の心に突き刺さった。興奮の余韻を残す会場を後にした。終電の時間が迫っているので足早に駅へと向かった。繁華街には飲食店の置き看板が路面に設置されていて、その周辺には煙草の吸殻や空になったペットボトルや空き缶などのゴミが散乱している。僕にはまだまだ課題がある。あの鬼流星を倒すためにはもっとスキルを磨かなければいけない。いつか鬼流星を超したい。
「なあ、カグラ、待ってや!」
遠くの方からミユが走ってくる。その動きに合わせてスカートが揺れている。息を切らしながら僕に追いついた。ミユは肩で息をしている。
「なあ、カグラ、駅まで一緒に帰ろうや、一緒の方向やろ?」
「うん。あれ? ハマやんは?」
「もう先帰ったで、ハマやんは…」
「そうなんだ、ミユも終電の時間ヤバイんじゃないの?」
「うん、そうやな、ヤバイわ」
僕たちは小走りに駅へと向かった。ミユはスカートを揺らしながら懸命に走る。息を切らしながら走る。交差点に差し掛かる。横断歩道の前で赤信号に阻まれた。道路の側溝にも吸い殻がたくさん捨てられている。煙草の空き箱も捨てられている。空き缶やペットボトルの潰れたゴミも道路に散乱している。足元に転がっている空き缶をスニーカーの靴裏で踏み潰した。こんな風に、あの鬼流星ってヤツを踏み潰してやりたい。
「ミユちゃん、僕ね、あっち側のホームだから道路渡るね。今日はありがとうね、なんかミユちゃんといっぱい喋れて良かったよ」
「うん、ありがとうな」
「また次のサイファーで会おうね」
「うん」
信号が青に変わり、横断歩道を走って渡り切った。地下鉄の階段の入口で振り返ると、道路の向こう側にいるミユが手を振ってくれている。ミユのスカートも手の動きに合わせて揺れる。それに応じるように僕も大きく手を振った。そして地下鉄の階段を駆け下りた。
家に帰るとミユからLINEが届いていた。
MIYU →
今日はありがと。あたしもKAGRAといっぱいしゃべれて
楽しかった。またサイファーで会おうね(*^-^*)
それを読みながらLINEを返信した。
← KAGRA
こちらこそありがとう。ミユちゃんは優しいね。
同い年って事がわかって嬉しいよ。
またサイファーで会おう。
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