5 話はふりだしへ
小屋に月明かりが差し込む。眠れずにユウキは膝を抱え込む。反対側の壁に背中を預けてすやすやと眠るクリスを横目にユウキはじっと考えた。
白雪姫という物語を、ユウキがもし完成させるとするならば、一体どう動くべきなのだろう。
ユウキは、まず童話を知っている範囲で要約してみることにした。
というのも、白雪姫という童話はあまりにも有名すぎて、アレンジされたものが巷に大量に出回っている。ユウキが知っているこども向けの童話集とアニメーション映画も、原作を多少なりともアレンジしたものだろうと思えたからだった。
頭を整理しようとグリムにもらったノートを開く。
ノートは最初の一ページのみが使われているだけで、あとは白紙だった。
まるで使えと言っているようだと最初に見た時から思っていたユウキは、シャープペンシルの芯を出すと、最後の一ページを開いて遠慮無くおおまかなあらすじを書きなぐった。
(白雪姫……)
それは、白い肌に赤い唇、黒い髪という美貌を持って生まれた白雪姫が、継母に疎まれて何度も殺されそうになり、そして最後には毒りんごを食べて命を落とす。そこに通りかかった王子様が彼女を国に連れ帰ろうとしたところで、喉に詰まっていたりんごが飛び出て、姫が生き返る。二人は結婚して――めでたしめでたしというお話。
王妃さまはどうやら既にお姫様を殺しにかかっている。ということは、森の中に逃げ込むまでは話が進んでいるから、ユウキはそこから話をスタートさせるしかない。その後、童話の中では七人の小人の小屋に逃げこむのだから、ユウキがまずしなければならないことはおそらくその小人探しなのだと思う。
(見つかるのかな)
ひとまず流れだけ確認しようと、次のエピソードを考えてじわりと鳥肌が立った。
白雪姫はお妃様に見つかって殺される。うろ覚えで、最後の毒りんごしか方法は覚えていないけれど、確か殺されるのは一回じゃなかったと思う。最後の一回以外は小人の助けですぐに息を吹き返した気がするけれど、毒りんごでは目覚めることが出来ずに、小人が悲しみの末にガラスの棺を作るのだ。
……つまり、クリスは何回も殺されかけたあげく、どうしても一度は死ななければいけないのではないか。
死、と考えると急に足元から震えが走った。
もし死んだとして、生き返る保証があるのだろうか。ユウキができるのは、物語を結末に向かって誘導するだけで、直接的に何かができるわけではないと思うし、ユウキは医師でも魔法使いでもないのだから、そもそも生き返らせることはできない。
――それにもしユウキが物語自体を間違っていたら、助けるというエピソードが働かず、死んでしまうことにはならないだろうか。
(どうしよう――そんな重大事だとは思わなかった、かも)
本の中の話だとはいえ、目の前で関わった人が死ぬのを見る勇気があるか。そう問われると答えは否だった。
相談相手もいないし、答えが出る話でもない。考えるのが怖くなったユウキは、小人の件と同じく、流れだけ確認しようと言い聞かせてその問題を後回しにする。
(そして、その大きな壁を超えたとして――)
もう一つの問題はラストシーンだ。
偶然通りかかったという王子様がこの破天荒なお姫様を、好きになってくれるだろうか。結婚してくれるのだろうか。いくら美しかろうと、口を開いたら終わりな気がする。とてもじゃないがハッピーエンドが思い浮かばない。
「…………なんか、八方塞がりって感じがひしひしとする……」
ユウキはうなだれた。
(だめだ……。他の物語の可能性を探ったほうがいいかもしれない。誰もが知ってる有名な童話って言ったらなんだろう。シンデレラ、眠り姫にヘンゼルとグレーテル、ラプンツェル、赤ずきんにおやゆびひめ)
有名に絞って候補を上げてみるものの、有名の定義がわからなくなる。改めて考えると曖昧だけど、本を読まないユウキが知っているならば、それは有名だと言っていい気がした。
だけど、お姫様が出てこない童話は外すべきだ。お姫様が出てくる童話――と絞って考えると、
(ちょっと思いつくだけでも、シンデレラ、人魚姫、眠り姫……それから、うーんと……カエルの王様。森で迷子になる少女のお話は、ヘンゼルとグレーテル……迷子じゃないけど、森にいるから赤ずきん……もかな……)
円を二つ書き、お姫様が出てくる物語の集合と森で迷子の少女が出てくる物語の集合を作ってみる。数学で習ったベン図だ。二つの円が重なるところにあるものは、白雪姫一つ。
(お姫様と迷子、どちらも重なるものはやっぱり白雪姫しか無いんだけど……)
否定したい気持ちと肯定せざるを得ないという気持ちで、あたまがぐるぐるとする。
(うん、でもやるだけやってみないと。要素からお話を推理するっていう考え方はきっと正しいはず……。うん、じゃあまず物語の要素を抜き出していかないとだめってこと……?)
白雪姫と聞いて思い浮かべるのは、魔法の鏡、七人の小人、毒りんご、ガラスの棺、王子様――くらいだろうか。
そんなことを考えながらウトウトとしだしたユウキだったのだけれど、翌朝、その晩考えた事を全部放り出したくなるような事態に突き当たった。
*
疲れていたのだろう。いつの間にかぐっすりと眠りこけていたユウキは、パシャパシャという水の跳ねる音で目を覚ました。
小屋の中にはクリスの姿がない。一人ぼっちが怖くなって外に出たユウキだったけれど、目に入ってきた光景に立ち尽くした。
「あ、……あなた、きのうお姫様だって否定しなかったよね?」
ドレスを豪快に脱いで、パンツ――というか、こちらでなんと呼ぶのだろうか――下着を着けただけの姿で小川で身を清めるクリスを見て、ユウキは呆然と呟いた。
「あ?」
うっすらと筋肉のついた、まったいらな胸は女性のそれではない。普段ならば同じ年頃の異性の体だから直視できないはず。だが眩しいとか恥ずかしいなどと言っている余裕が無い。
ぱくぱくと口を動かすけれど、それ以上言葉が出てこない。
彼はこちらを振り向くと、にやり、と笑う。
「肯定もしなかったと思うけどな?」
「そ、そんな――」
(お姫様じゃない? ってことは、全部白紙に戻さないとだめってことじゃない?)
「じゃあ、王子様なの……?」
楽しげに笑うクリスは、一晩眠ったおかげでどうやら大分快方にむかっているらしい。だけどそれを喜ぶ余裕などユウキには既になかった。
(ええと、森に逃げてきた王子様のお話なんてどこかにあった?)
ユウキはめまいを堪えながら脳細胞を総動員して必死で考える。だけどいくら考えても思いつかずについに空を見上げて叫んだ。
「ちょっと……これはあんまりじゃない? ねえ、グリム!」
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