第10話 拳で語れ
優花は、倉庫の中の武器に目を向けた。武道場とは言っても普通ではありえない量の道具がそこにはあった。
優花は最初から、どの武器を使うか決めていいた。一歩ずつ辺りを見回しながら進んでいくと、一番奥に小物がしまわれている棚を見つけた。優花はそこから木製の小刀を二本手に取った。
昔から兄たちとともに稽古を積んできた優花だったが、性別の違いもあり殆ど兄たちに勝てた試しがない。そんな優花でも、唯一兄に勝てた武具がこの小刀だ。小回りの効く小刀は、小柄な優花と相性がいい。
「私はこれでいきます」
優花は二本の小刀を胸の前で握り、早苗の方に向き直る。
「分かったわ。じゃあ始めましょうか」
早苗は、優花が武器を取ったのを確認すると、倉庫を出て武道場に戻ろうとした。
自分は武器を何も持っていないにもかかわらず。
「あの、橘さんは何を使うんですか?」
その異様な状況で、優花はたまらず早苗に問いかけた。すると早苗は、きょとんと可愛らしく首をかしげると、
「決まってるじゃない。素手よ」
さも当然であるかのように、そう言ったのだった。
×××××××××××××××××××××××××
場所は変わって武道場。衣装も変わって体操服。
流石に制服のままやるわけにも行かなかったので、これまた倉庫にしまわれていた体操服を拝借した。
「あの……本当に素手で良いんですか?」
「良いわよ。あなたに心配されなくても負けないわ」
木刀対素手では明らかに不平等だと思った優花は、決闘直前に問い直したが、やはり早苗の心は変わらないようだ。
「それじゃ、始めるわよ。私が3つ数えたら開始。良いわね?」
「は、はい」
その言葉に、自然と身体に力がこもる。これは盾宮の名誉を守るための闘いだ。負けるわけにはいかない。
「3」
優花は、両手の短刀を強く握りしめる。向こうが攻め込んでくる前にこちらから打って出ようというのが優花の作戦だ。
「2」
右足に力を入れる。腰を屈めて臨戦態勢に入った優花だが、一つ不思議に思ったことがあった。
なぜ、早苗は丸腰で構えもなしに突っ立っている?
「1」
いや、今はそんなことを考えている余裕はない。何か仕掛けはあるのかもしれないが、ここは攻めるしかないだろう。
「0」
その瞬間、優花は走った。気になる点はあるが、今は作戦通りに動くことを優先しようという考えだ。
優花は加速し、15mほど離れていた距離はどんどん縮まっていくが、やはり早苗は一歩も動こうとしない。
2人の距離が完全に詰められると、優花は先手必勝とばかりに右手に握られた短刀で斬りかかった。
間合いは完璧だった。しかし、その一振りは早苗には届いていなかった。
否、弾かれた、という方が適切だろう。
なんと早苗は、優花の斬撃を素手で弾き返したのだ。
優花は全く手を抜いていない。むしろ本気で切り掛かったくらいだ。しかし、気付いたら短刀を握った手に痺れが走り、上方に弾き上げられていた。
「なっ……」
咄嗟のことに優花は驚いた。しかし、ここで動揺しては相手の思う壺だ。態勢を立て直し、更に左手も使い猛襲をかける。
左を逆手に持ち替え切り上げ、右から左に一閃。その反動で一回転し鋭い突きを放つ。
しかし早苗は、一撃目を一歩引くことで躱し二撃目を進行方向に受け流し、終いには三撃目を右手だけで受け止めてしまった。あの小さな体には相当の力が宿っているようだ。
と言っても、優花も高校生女子の平均身長よりちょっと下くらいだが。
「あら、もう終わりかしら」
「くっ……」
優花は直ぐに後ろにと跳び間合いを取る。
素手だと思って油断したが、相手は相当の実力者だ。武器を持つ優花相手に素手でここまで圧倒するとは、下手したら兄たちにも勝るかもしれない。
意外な実力を前に優花が攻めあぐねていると、
「そっちが来ないのならこっちから行くわよ!」
早苗が優花めがけて突っ込んできた。慌てて優花も対処するが、なんと言っても手数が多い。
間合いを詰めたところで拳での左腹部への一撃、右に避けた優花にすかさず右足で上段蹴り、小刀で防いだ優花の隙をつき、蹴りの反動を生かし左足で足元を狙う。
それは色々な格闘技を織り交ぜたような型で、トリッキーかつ多様な打撃を繰り出す。
その腕力もさることながら、早苗の俊敏性には眼を見張るものがあった。小柄なのが影響しているのか、優花でも防御するのがやっとの状態だ。
「守ってばっかでつまらないわねっ!」
早苗はそう言って、渾身の蹴りを放った。
しかしその蹴りは、優花を地に落とすには至らなかった。優花は二本の短刀をクロスさせ蹴りの威力を弱めたのだ。
「今の判断は中々だったわね」
「いえ、私の負けです」
なんとか踏みとどまった優花に、早苗は素直な感想を口にした。しかし早苗は、穏やかな笑みを浮かべると敗北を宣言した。見ると両手に握られた短刀は、両方ともヒビが入っている。
「このまま続けたら短刀が折れて私は負けます。学校の備品ですし、これ以上は……」
そう言って早苗を見ると、不機嫌そうに頬をぷくっと膨らませている。
「……分かったわよ。ホントはちゃんと勝ちたかったんだけど。この勝負は引き分けでいいわ。だけど次やるときは、陰陽師として決着をつけるわよ」
「分かりました、約束です」
膨れっ面でそう言う早苗に、優花は安堵の笑みを浮かべる。実際のところ、もう腕がじんじんして、とてもじゃないが得物を握れる状態ではなかったのだ。
「だから……その……私が……」
早苗がなにやらもじもじしている。はて、と優花が首をかしげていると、急に空気が変わった。
早苗もそれに気づいたようで、顔を強張らせる。
「ねぇ、気づいてる?」
「はい……この気配は……」
優花の体にも緊張が走る。二人は声をそろえて、次の言葉を口にした。
『……悪霊』
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