第7話 家族

「それで、お前は霊脈に行ったのか」「うん……ごめんなさい、お父さん」


 優花は今、自室で横になっていた。横では一馬が厳しい顔つきでこちらを見ている。


 時は数10分前に遡る。あの後自宅に電話をかけ、神社で働いている先輩陰陽師兼事務員さんに車で運んでもらったのだ。

 事務の麻耶は、優花の姉の様な存在だ。20代半ばの女性で、困った時や悩みがある時にいろいろ相談に乗ってくれる。

 麻耶は優花の足を見てとても慌てていたが流石は先輩なだけあって、適切な処置を施してくれた。


 悪霊によって怪我を負わされた時の対処法は普通の怪我とは少し違う。

 まず、傷口から血が出ることはない。霊体化時に傷を受けた場合は、その箇所の霊力が極端に欠乏する。そして、黒いアザの様な模様が皮膚に浮かび上がる。  このアザは、生身の傷と同じように痛みを発し、血液の代わりに霊力を流す。そこで、霊力の減りを抑えるために、損傷箇所には特殊な薬を塗る。

 その薬は、霊力をよく生成する植物から作られており、霊力放出の防止と、霊力の回復の効果があるのだ。


 麻耶は、神社から持ってきた薬を優花の足に塗り、包帯を巻いてくれた。ひんやりとした感触が、疲弊しきっていた優花に心地良さを与えてくれる。


「優花ちゃん、師匠から実戦に出たことは聞いていたけど……どうしてこんなことになっちゃったの?」


 麻耶が言う師匠とは一馬のことだ。麻耶だけでなく白峯神社の陰陽師は全員一馬に師事しており、皆揃ってそう呼んでいる。


「実は……」


 優花は、麻耶に事情を話した。しかし、景に関することは触れず、親切な人に家の近くまで運んでもらった、とだけ伝えた。

 幸い麻耶はあまり深く追求してこなかったため、とりあえずは誤魔化せたようだ。


「それにしても意外だったなあ。優花ちゃんはそんな冒険するような子じゃないと思ってたんだけど」

「ごめんなさい……麻耶さんに迷惑をかけてしまって」

「いやいや、そうゆうつもりで言ったんじゃなくて、なんて言うかな、意外とお転婆なのね、優花ちゃんって」


 麻耶微笑み交じりにそう言った。優花は麻耶のその笑顔にいつも元気をもらっている。


「お父さ……お父様に認めてもらいたかったんです。それと、お兄様たちにも」

「……修也君と響也君ね。二人とも、今はどこで何をしてるのかしら」


 優花には2人の兄がいる。盾宮修也と盾宮響也。修也が7歳、響也が5歳年上だ。2人とも優秀な陰陽師で、今でも優花の憧れだ。


 しかし2人は半年前、同時に姿を消した。父が要請を出し、全国各地の陰陽師が2人の捜査を行ったが、どの県の神職も2人を発見できなかったと言う。

 故に、今の盾宮家は実質一馬一人で支えている。優花は、兄の代わりに父を手伝うため一刻も早く一人前の陰陽師になりたいと思っていた。そのため、今回はあんな無茶をしてしまった、という訳だ。


「2人の分も、私がお父様の役に立たないといけないのに、こんなんじゃ私、ダメダメですね……」

「優花ちゃん」


 父や兄のことを考えたせいか、一度は治りかけた優花の悪い癖、マイナス思考が蘇ってしまった。それを聞いた麻耶は、優花を叱るような口調で諭し始めた。


「確かに、今回優花ちゃんはちょっと無茶し過ぎちゃったけど、全然ダメダメなんかじゃないよ。だってそれは、優花ちゃんが頑張った証拠なんだもん。落ち込む必要なんて全然ないよ。挑戦無くして進歩無し!って言うじゃない?」


 落ち込む優花に、麻耶は本当の姉のように励ました。謎の格言も混じっていたが、麻耶の優しさがよく伝わってくる。


「……ありがとうございます、麻耶さん。私ちょっと元気出ました」

「そう、なら良かった! じゃあ……」


 気がつくと、車はもう白峯神社の駐車場に到着していた。麻耶は車から降りると、後部座席に座っていた優花に、笑顔で手を差し出した。


「帰ろっか!」

「……はい」


 その後、優花は自室の布団で横になり、麻耶は一馬を優花の部屋まで連れてきた。


「それでは、私はこれで」

「ありがとう、麻耶君」


 麻耶は一つお辞儀をした後、優花の部屋を出た。

 そして今に至る。


「霊脈に近づくことは固く禁止していたはずだが」

「ごめんなさい、お父さん。でも私、お父さんの役に立ちたくて……」


 優花は沈んだ声を頑張って絞り出そうとする。そんな優花を見た一馬は、決して怒鳴るようなことはせず、優しく優花を諭す。


「お前の気持ちはとても嬉しい。積極的に物事に取り組もうという姿勢もな。でも、あまり無茶はしないでほしい。優花は優花だけしかいないんだから」

「……うん、次は気をつける」


 優花は一馬の目を見つめ、力強くそう答えた。以前の優花ならここからさらに謝っていただろう。娘の成長に、一馬は思わず微笑んでしまう。


「とはいえ、いくら人員不足だとしても、お前を一人で行かせたのは俺の落ち度だ。これからは誰か監督役を……そうだ」


 一馬はしばし考え、名案を思いついたとばかりに掌を叩く。


「お前を助けてくれたっていう陰陽師に監督役を依頼してみたらどうだ?」

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