第10話

 私は、係員に通されて今「ガラス瓶様」と書かれた楽屋の前にいる。

係員がドアを叩いて声をかけると、黒いドアがさっと開いて谷口さんがでてきた。


目を丸くして私をみている。そうだ、採用されたバンド名を出した人が私だってことはわからないから、びっくりしているのか。


「あ…、こんばんは」


ライブ楽しんでいただけましたか?と微笑むこの人はやっぱりかっこいい。


「とっても素敵でした。新曲も、たくさんあったのにどれもカッコよくて爽やかで」


最後のバラードなんかファン全員が泣いてましたよ!


精一杯楽しかったことを伝えたいのに言葉が足りない。


「まぁまぁ、入ってくださいよ」


 楽屋に入って椅子に座るよう促される。促されるまま座って楽屋をキョロキョロ見渡しているとバンドメンバー五人全員から挨拶をされる。

この前のショッピングモールで会わなかった三人も優しそうで、面白そうで。

ベースの柿口さんは握手のとき、握った手をぶんぶん激しく振りながらバンド名についてお礼を言ってくれた。


 時間は早く流れるもので、もう一時間。私は帰らなければいけない。たくさん話した、笑った。充分なはずなのに、谷口さんを見るとキュッと苦しくなる。


 ダメだよ、私はファンなんだから恋なんかしちゃダメなんだ。ずっと隠していたのに、会ってしまったら止まらなくなって しゅわしゅわ ぱちぱち 溢れて、溢れ続けるばかり。


叶わない恋に涙腺が緩む。電車の席を譲ってもらっていた時から弾けていたかもしれないこの泡は今もっと注がれてせき止めていたダムが決壊しそうだ。


「ありがとうございました、これからも本当に応援しています!」


精一杯お辞儀して、元気にいった。ライブ後の興奮を、私の声のせいで冷ましてしまったら堪らない。


 俺、ついていきますよ、出口まで。


顔を上げると谷口さんの顔。目があうとにっこり微笑むその優しそうな雰囲気がとんでもなく好きだ。やっぱり、好きだ。恋してる。

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