第9話


 ライブ当日、こじんまりとしたこのライブハウス前に緊張しながら立っていた。


隣にいる沙里ちゃんも緊張しているみたい。それに、ライブハウス前にもう列を作っている女子に怖気付いてもいる。


今日はあの人ともう一度話せる日。あのふんわりした笑顔と優しい言葉使いが素敵なボーカリスト。


まだ開場30分前なのに、もう100人並んでいるんじゃないか。私たちのチケットの番号は真ん中の方、これは番号の場所に並ぶのか。恐る恐る沙里ちゃんと144、145番を探す。

私たちと同じファンの人に声をかけてようやく自分の番号の場所に落ち着く。


もう疲れてしまいそうだ。沙里ちゃんも心なしかぐったりしていて、ハンカチで汗をぬぐっている。ライブ用のタオルもあるのに、癖なんだなあ。

 いくら疲れていてもファンなことに変わりない。あまり動画サイトには、二曲しか投稿していなかったからライブで初めて聴ける曲がたくさんあるだろう。またサイダーが弾ける感覚がするんだろう、ショッピングモールのあの音も、初めて聞いた時の音あの気分も忘れられない。

 開場とともに、女の子の列が動き始める。高揚した気分が見て取れる彼女たちの表情をみるとこちらも自然に笑顔になってくる。沙里ちゃんもるんるんで小銭入れから五百円玉をだしている。五百円玉をスタッフに渡してチケットの半券を受け取ってからカウンターでお水をもらう。コップのだと多分飲みにくいしたくさんハジけられない気がしたから。


このライブが終わったら通路に出てスタッフに楽屋招待メールに添付されていたサイダーの入ったガラス瓶のイラストをみせる。

沙里ちゃんはそこでお別れ、残念だけど1人だけだからね。

それまでこのライブを全力で二人で楽しむんだ。そう思って沙里ちゃんと話して十五分ぐらい経った頃。ライブの注意事項が谷口さんの声で流れて、悲鳴とも歓声ともつかない声が四方から上がる。


 チェリーインサイダーでいきなり始まったライブは私を死なせることもできそうなほど甘美で、女子の匂いと微かな汗の臭いが混じった熱気に蒸れていた。

必死に手を挙げてぶつかりそうになりながらもジャンプ、ジャンプの連続と拍手、歓声、悲鳴。


歌声に溺れそうなほど大音量のスピーカーで最後の曲、「スピカ」


星のようにきらきらした音が一つ一つ紡がれている。音の星一つ一つを谷口さんの声が星座にしていく。照明も谷口さんだけを照らして、ギターが鳴り終わると同時にライブは終わった。

溢れんばかりの拍手とメンバーの深い深い、お辞儀。きっと大盛況で終わっただろう。


 アンコールは、なかった。

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