第8話

 ガラス瓶、沙里ちゃんの口から滑り落ちたその単語は屋上の静かな空気の中にさぁっと溶けて風にふかれていった。


 沈黙。その後はもちろん…私たちの悲鳴にも似た歓声。

きゃー!きゃー!やったあああ!

とっくに五時間目が始まっているだろうに、三階の私たちの教室に届きそうなぐらいの大声で叫びまくった。

目の前がキラキラキラキラ、青い夏の空にじわじわとした熱気、そして夏特有のうるさい蝉の合唱でさえも私たちと喜んでいるように思えてしかたがなかった。


 一通り叫んだところで私たちの興奮が収まるわけがない、沙里ちゃんと喜びのハグを交わした後に顔を見合わせて大笑いしていたら、私の携帯に通知がなった。


ぷーのアカウント用フリーメールアドレスに届いたようだ。相手の名前とメールタイトルを見ると、まさかのガラス瓶から。


ぷーではプロフィールページがあってメールアドレスやTwitterのURLが掲載できる。前は名無し、今はガラス瓶のホームページで名前を考えてコメントしてくれるときはプロフィールにしっかりメールアドレスを掲載してください、とのことだったのでダメ元で書いていた甲斐があった。


 メール内容は、こう。


 そぼろさん!(私のユーザー名はそぼろ)この度は名無しバンドに素敵な名前をつけてくださって本当にありがとうございます!

大体バンド名というのはバンドのメンバーで考えるものなのでしょうが、僕らはファンと一緒になって音楽を楽しみたいということを表すために一番にとった行動がこれだったのです。


 ガラス瓶、本当に綺麗ですてきな名前でしかも由来まで書いていただいて。満場一致でこの名前に決まりました。こんな素敵な名前を考えてくれたそぼろさんを僕らの初ライブの後、楽屋にご招待させていただきたいと思います!

ライブ、来ていただけますか?都合が悪い場合は僕らのこの公式メールアドレスにご連絡いただけると嬉しいです。

ライブの詳細は日を追ってホームページでお伝えいたします!本当にありがとうございました!!


ガラス瓶一同



 夢の中にいるようだ、たった三分程なのに一時間に感じる。声も出ない。無言で沙里ちゃんにスマホを突き出す。

沙里ちゃんもメールを読んで、今夜はオールで電話しよう、にっこり微笑んでそう言った。

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