第3話 side ハルカ
クラブを出たのは朝方だったけど、あまり眠くはなかった。
それどころかずっと高揚感が続いていた。
酔ってるからじゃない、お酒はあんまり強くないし
音楽を聴くことに集中したいから、クラブではほとんど飲まない。
どきどきしている理由はたったひとつ、カナタ君のあの曲を聴けたから。
耳の底でまだ鳴ってる、キレイな旋律。
音楽が好きでライブが好きで
こうしてひとりだけで夜中のイベントに出かけるのも
わたしにはよくあること。
一緒に行く人がいない、なんて理由だけで好きなライブを見逃すなんて
意味わかんない。なんならひとりの方が勝手に楽しめていい。
わたしにとってクラブはあくまでライブを楽しみに行く場所。
お酒もおしゃべりも、必要ない。
分厚い扉を抜けた暗い場所におとずれる、一瞬の静寂。
はじめの一音が鳴って、はじめの一語が零れて、
それがまず耳に落ちて、それから胸に落ちる…
音楽の作用でしか感じることのない、血液が逆流するようなあの感覚だけは、
他の何かと比べることも、並べることもできない。
それくらい、かけがえのないもの。
カナタ君のライブを優先的に選んで観るようになったのは、
もうずいぶん以前のことだ。
好きなアーティストは他にもいるけれど、カナタ君は特別。
前はもっと「売れて」いて、メジャーで音源が出たりもした。
今は事務所には属しておらず、レギュラーとゲストのイベントでライブがある。
インターネットの告知をチェックして、なるべく欠かさず足を運ぶ。
わたしにとって、カナタ君の音楽は特別。
音楽でしか満たすことのできない空白を、それが埋めてくれる。
カナタ君の声が好き。
胸の内側を引っ掻くような、ざらざらした感触。
かなしいとやさしいのあいだみたい、泣きたくなる。
そうだ、今日はあの曲も聴けたんだ。
いつかのライブを鮮明に覚えてる。
新曲だって言わなかったのに、知らないトラックが流れだして。
覚えのあるリリックがそこに重なって、動けなくなった。
もともとそういう手法から始まったジャンルだって知ってはいたけど
ここまで思い入れのある曲で聴くのは初めてだった。
こういうふうにも、カナタ君は歌うんだって初めてわかって、
カナタ君の音楽をもっと好きになった。
今日のは前とは違ってたけど…
「魔法みたいだった」
思わず声に出てしまって、あわてて辺りをうかがってみる。
足早にわたしを追い抜かしていったおにいさん、イヤホンしてなかった…
うげ、聞かれたな…まあいいか。
にやにやと我ながら気持ち悪い笑いを噛み殺しながら、
足取りは自宅とは違う場所へと向かっていた。
SNSで見たんだ、クラブの帰りにカナタ君が近所のショッピングモールに
寄ることがあるって。
まさか会えるとも思わないけど、なんかどんな雰囲気なのかなって、
どんな風景に混ざるのかなって、知りたいだけ、見てみるだけ…。
同じ行先に向かう、人びとの波に流されて歩きながら、
ちょっと言い訳みたいなのを考えてるうちに、目的地に着いた。
流れを堰き止めてたたずむわたしに、誰かがちいさく舌打ちをした。
けど、それどころじゃなかった。
うそでしょ?
入口のベンチにカナタ君が座っていた。
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