第15話 side ハルカ

階段の途中で、カナタ君の右手が目の前にさしだされた。

戸惑って顔を見上げると

「やだ?」

・・・やさしい声、拒めるわけがない。

おそるおそる左手を重ねると、さきほどの熱はどこにもなくて

ひんやりした指先がわたしの指に絡んだ。


「あ、」

「ん?」

「傘、忘れてきた」

「戻る?」

わたしはだまって首を横にふった。


夜と朝の合間、街灯はまだ消えていなくて

濡れたアスファルトのうえにしらじらと光を揺らしている。


「オレはさ」

カナタ君がへらっと笑う。

「傘持たねーんだよ、カッコつけてるわけじゃなくて

 まともに持ち歩けねーから」

タクシーが停まって、ドアが開く。

知らない通りの名前を、カナタ君が口にして

すべるように車が走り出す。


シートに身をゆだねると、不思議な気分になった。

クラブにはしょっちゅう来てるけど、こんなふうに男のひとと帰ったことはない。

わたし、カナタ君とどこに行こうとしているんだろう。


隣を見ると、カナタ君は窓の外をぼんやりと眺めていた。

ふと疑問が浮かぶ。

「よかったんですか?」

「なにが?」

「帰ってきちゃって。あの、女の子たちとか」


カナタ君はしばらくぽかんとして、それから笑った。

「あいつら・・・ってか、そんなにみんなオレのこと好きってわけじゃないから」

「そんな」

「そんなことないって?」


じゃあ、オマエはなんなの?

そんなふうに思われてる気がして

視線から逃げるように体を捩るけど、狭い車内のことで思うようにならない。


ことん、と肩に重みがかかる。

カナタ君の額がそこにあたっていて、表情はよく見えない。

ぼそっとした呟きが耳に届いた。

・・・さみしいもんなんだって、わりと。


肩を動かさないように反対の手をそっと伸ばして

カナタ君の髪に触れる。

吐息のような笑いがこぼれて

「・・・情けねえよな?」

何も言えずにいるわたしの耳にもうひとつ、呟きが。

どうしようもねえな、オレ。


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