第10話 side カナタ

こんな場所にオレを見に来る客はオレに何を求めているんだろう。

オレの名前が知れていたってのもずいぶん昔の話になった。

シーンだってもう熱くもなんともねー。

音楽には流行りと廃りがあって、

金がまわってこないところには、人はいなくなる。

表からも裏からも、オレは嫌っていうくらい、それを見て思い知ってる。

夢だなんだと熱くなれるほどにも、もう青くない。


じゃあ、とオレは胸の中で疑問を繰り返す。

じゃあ、オレは何を求めてここでステージに立つのだろう。

正直なハナシ、もはやこんなもん生活の糧にはならない。

「知り合いの店」っていうゆるーい場所ではあるが、

オレの食い扶持は音楽以外のところで維持されている。


金が落とされないということは必要とされていないということで。

たいして求められてもいないのに、なぜいつまでもしがみつく?

やめてしまった方が、いいのだろうか。

事務所をやめて、新譜リリースやツアーの予定なんかいっこもなくなって、

それでも月に何度かのライブだけは続いてて。

このまま続けてるのか、すっぱりやめちまうのか。

どっちにも振れる針が、いつも胸ん中にあって。

けどオレは、これしかできねーから、あとやっぱりこれが好きだと思うから

いまもってこうやってここにやってくる。

…たぶん。


そんな胸の内を誰かに明かしたりできるわけもなく、

昔みたいにのめり込むこともない代わりにテクニックは身について。

シノが言うみたいに短いリハだって数曲ならこなすのも簡単。

さっき話しかけてきたヤツラが騒ぎまくって、オレのライブ終了。

かっこいいとか言われたって、特にイイとも言えない出来だったのは

オレがいちばん知ってる。

どうしたらいいんだろうっていうか、どうしたいんだろうな?オレは。


歳の離れた後輩のステージを遠目に見ながらつらつら考えてみる。

…なんか鬱になりそー、せっかくイイ音鳴ってんのに。

「飲むか!」

しょーもない解決案ではあるが、クラブは酒飲むとこでもあるんだよな。

バーカウンターへ向かおうと、振り返ったら耳に入ってきた、オレの名前。

「カナタなんかさ、もうおわってんじゃん」

スポーツブランドのでけーロゴが入ったTシャツを着たヤローが、

向かいに立ってる女にむかってそう言ったんだ。

なんか言ってやろうかな、と思ったんだけど…その女が一瞬先に動いたから

オレはちょっとタイミングを逸したみたいで、一部始終を目撃する羽目になった。


「おわってんじゃん、だからさ」

話を続けようとしたヤローをちらっと見上げると、視線をあわせたまま

女は手にしていたコップをさかさまにむけた。

当然、重力にしたがって中の液体が全力でこぼれた。

「うわっ」

驚いたそいつがあわてて後ずさるけど、靴にもジーンズにも派手に浴びたっぽい。

「てめ、なにすんだよ!」


さすがに見過ごすこともできず、男の後ろから肩に手をかけてやんわり制する。

「ごめーん、ウチの子が」

「は?」

振り向いた男はオレを認識したようで、目に動揺がはしった。

「その子オレの隠し子なんだけどさ、小さい頃から土曜の夜は握力が弱くって」

「はあ?何言って」

カナタの隠し子だっつってんの、許せよ」

ちょいと低めの声で囁いてみたら、男は舌打ちをして去って行った。

ワルクチ聞かれた負い目ってやつ?


さて。

無茶すんなよ、と言ってやろうとして女の方を見ると、

モップ片手の店員に泣きそうな顔で謝りたおしていた。ナニソレ。

「オマエも結構浴びてんじゃん」

「…いいの、こんなの」

その素っ気ない物言いにどことなく聞き覚えがある気がして

「なあ、どっかで会ったっけ?」

「ナンパ?」

「バカ、ちげーよ」

「靴、裸足、ショッピングモール」

「あー!!オマエあん時の!」


ちっともうれしそうじゃない女が、オレを見た。

オレのファンだって言ったくせに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る