第8話 side カナタ

ひでえ、結構べっちょべちょになった。

やっぱ傘持ってくればよかった。めんどくさいけど。どうせ失くすけど。

階段をおりると、すれ違ったヤツラが目線だけをこっちに寄越して

カナタじゃん、と小さくつぶやいた。カナタですよん、何か?


キャッシャーの女は座って男といちゃついてた。

「おーいコラ、サボってると店長に告げ口すっぞ」

「あっカナタさーん!おはようございまぁす」

悪びれることもなくふにゃっと笑うその顔を横目に、フロアへ。

ガラガラってわけでもないが、混んでるとはどう贔屓目にみてもいえない。

土曜なのになあ…ぼんやりと立ち尽くしてるオレの横を

さっき階段にいたヤツラが通り過ぎて行った。

なあ、お前らはしらねえだろうけど。

ここさ、このイベントってことだけど、入場制限したこともあったんだぜ?

入口でくじ引きしてたんだよ、毎回。

それはつまりオレが「売れていた」頃の話ってわけ。


荷物を置きに行く前にまず定位置に移動して。

スピーカーの配置からいって、ここがサウンドチェックには一番の場所。

っつか、オレはいつもここで聴こえる音を基準にしている。

出番前にシノに伝えるべきことをいくつか…

「カーナちゃん!久しぶり!」

右腕に柔らかい感触がからみついてきた。

「おー」

たまに見かけるこの女、いつもながら露出が多くて…今冬だよな?

「今日カナちゃんのライブあるの?」

「あるよ」

「やったー、一番前で観るね!」

なんつってさらにぎゅうぎゅうとしがみついてくるから

「な、オマエさ」

「なあに?」

「乳があたってんぞ」

「わざとだもーん」

…はぁ、そうですか。

「あっちにリコもナオもいるよ!一緒に飲もうよー」

そのまま引っ張られてなにやら騒々しい一味に取り巻かれる。

オレはそんなに愛想まく方でもないんだけど、まあ大体こんな感じ。

実際、どれがリカだかナオミだかわかっちゃいねーけど、

こんな場所での関係なんて、そんなもんだろ。


ひとしきり全員のきゃーきゃーを聞いたところでオレは

荷物を口実にその場を脱出した。

シノをみつけて言わなくちゃいけないこともある。

フロアを横切ろうとして、ぽつんと立ってる女にぶつかった。

「あ、悪ぃ」

「いえ」

こんな場所っつったって礼儀は欠いちゃいけねーんだよ、大事だね。

いやほんとマジで。


オレの出番まではまだちょっとある。


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