第7話 side ハルカ
地下におりる階段の手前で傘をとじた。
そこにある灰皿目当ての人たちをよけながら、先を急ぐ。
時間にはまだ余裕があるけれど、どうにも心が逸るのだ。
キャッシャーには、見慣れた店員さん。
ひとりで来る女も珍しいのか、覚えていて笑いかけてくれる。
「先月渡したフライヤー持ってきた?」
瞬いて首を横に振るわたしに
「だめじゃん!…でも特別にディスカウントしてあげるー」
「えっそんな、いいです!」
「ふふーん、来月はちゃんと持ってきなよー?」
あたしの友達扱いってことでさ、と片目をつぶり
多めに渡されたお釣りに戸惑いつつもお礼をのべて、中へ。
分厚い扉を力をこめて引く。
するりと体を滑り込ませると、生ぬるい空気と肌に触れる音圧。
自宅はもとより、ヘッドホンでも叶わないボリュームの音に
体ごと包まれて身震いがする、あー…わたし、ここが好きだ。
空気なんてタバコとお酒で澱んでるうえに香水も混ざり合ってて変だし、
照明も薄暗くてあやしいし、困った人もたまにはいるけど…
こんな場所でこうやって音楽を聴くことがとても好きだ。
とても確かめる気はしないけれど、たぶんわたし笑ってる、ひとりで。
ステージでは今夜おそらく3番手のDJがクールな表情のまま
クラシックなナンバーをつづけざまにフロアに投下していく。
確実にあがる体温を自覚しているうちに、何曲かが過ぎて行った。
ふと、背中のむこうで空気が変わった。
ああ、と思う。カナタ君が来たんだ。
何気ないふりでバーカウンターの隅っこをのぞき見る、ほらね。
カナタ君は今きたところって感じでまだ誰とも話していなくて、
はずしたマフラーをリュックに押しこめているところだった。
…なんだか急に緊張してきた。
カナタ君は、わたしのことを覚えているだろうか。
もしかして、あの曲をまた歌ってくれたりとか?
そんなの都合のいい想像だと思いながらも、勝手に膨らんでいく妄想は
わたしの鼓動をどんどん早めていった。
もしかして、もしかして。
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