『街バル』で街興し5 ー商店街の活気を取り戻した日ー
ついに『湯の街ほおバル』の日を迎えた。いつものように朝四時に起き、お店のシャッターを半分だけあけて、パンを作り始めた。柳原ベーカーリーは1000円分のパンの詰め合わせセットだ。
出来上がったパンを一つ一つ袋詰めした。三木からは沢山の種類のパンを詰め合わせるように言われていたので、そのようにした。
ーーーお客様に『食べてもらう機会』が減っているわけですから少しでも多くの商品を食べてもらうようにしましょう。
昨日三木から言われた指示が頭をよぎる。フランスパン一本と菓子パンを5個セットにして、店頭に見本として出した。朝、8時になった。シャッターを全部開ける。心配していた天気も大丈夫だった。いい天気だ。絶好の街歩き日和だ。最初のお客が訪れたのは午前9時過ぎだった。
「いっ、いらっしゃいませー」
嬉しくてつい声がうわずった。
「バルでお願いしたいんですけど、、、」
と、お客様がチケットを1枚差し出した。
「ありがとうございます!」
すぐさま袋にセットの商品を詰めはじめた。たぶん初めての顔だ。店の中をしげしげと見ている。店内はPOPが沢山貼ってある。どこまで『情報』が届くだろうか、、、【お店の中に入ってきてもらうのが一番難しいんですよ】以前三木がいった言葉を思いだす。ここをこうも簡単にクリアできる『バル』は本当に小売店向けのいいイベントだと思う。
詰め合わせを袋に入れて手渡すと、
「こんなにたくさん入っているの!」
と、お客様が声を上げて喜んだ。その瞬間、大事なことを思い出したような気がした。
そうだ、こういうお客様の顔が見たくて仕事をしてたんだっけ、、、
最近、ずっと売上げだ、利益だ、に追われてすっかりこの事を忘れていた。お客様の喜ぶ顔を見たくて商売をしている。きっと他のお店だってそうだと思う。
「今日は何かのイベントをやっているの?」
お昼に買い物に訪れたお客様から聞かれた。やはりまだまだ『情報』が届いていないのだと思う。
「はい、『湯の街ほおバル』というイベントなのですが、5枚つづりのチケットを買ってもらって、、、、」
『バル』の事を説明すると、それはお得ねと、チケットを買いに行き戻ってきた。普通に売った方が儲かるのだが、もう、そんなことよりとにかくお客様に喜んでもらいたかった。
その後もいつもより沢山のお客様が来たがほとんどの人が『バル』だった。
夕方5時、嫁に行った妹が店にやってきた。5時半から『バル』の本部に行くため、店番を頼んだのだ。
「まったく小さい子供がいるのに迷惑よ」
と、開口一番憎まれ口を叩きながらも、店内の変わりぶりに驚いていた。
「なにこれ?すごいね、POPとか貼ってあるし、お店の中が全然違うね」
「お袋がコンサル頼んだんだよ、POPは最も大事なものの一つだって作ってきたんだ」
「へー、すごいね。でもちょっと解る気がする。『青山フラワーマーケット』っていうお花屋さんがあるんだけどね、そこのお花屋さんって、雰囲気素敵だから見てるだけで幸せなんだけど、POPに必ず一行書いてあるのよ。“食卓を明るくしてくれます”みたいな感じ。そういうのを読むと、ちょっと気分が盛り上がって、自分の生活に花がある姿を想像しちゃって、ついつい買っちゃうのよね。」
「お前が花?」
「何よ、文句ある?あたしだって一応女よ。でも、ただ、綺麗な花束があって、その下に『一束 00円』としか書いていなかったら、買うかどうか解らないわね。」
「なるほど、、『お客様をその気にさせる』で、Hの【情報に触れることで高揚感を感じる】だな、、」
「何よそれ?」
「いやこっちの話。」
妹の話を聞いて改めて、今のお客様は消費に理由を求めてると思った。物が溢れている時代なので、必要に迫られて買うことはない。
これは花屋に限った話ではない。今はお菓子だって溢れるほどあるし、飲食店においても空腹を感じることは少ない。だから、ただ値段だけを書いているだけでは、なかなか買ってもらえない。【商品を並べているだけで売れる時代はとっくに終わったのです。】以前三木がいった言葉だ。
そうなんだ。今は何か理由がないと買わない。 だけど、自分でその『何か』を考えはしない。その『きっかけ』をPOPは作ってくれる。
「やっぱり行き着くところは【一行の手間を惜しまない】かあ、、、」
「だから、何よそれ?」
「やっぱりこっちの話。今度ゆっくり話すよ。」
不服そうな妹に頼んだよと言って店をでると、一目散に『バル』の本部に向かった。
「お疲れ様です。」
元気よく声を掛けて本部に入る。お疲れ様ですと返事を返す土谷さんはじめメンバーはリラックスしているようでも、どこか不安そうな雰囲気を醸し出していた。
「当日券はどれぐらい出てます?」
チケットを担当するスタッフに聞くと、
「今のところ10枚ぐらいですね」
という返事が返ってきた。昨日の段階でチケットの販売数は600冊という話だった。
「そろそろオープニングイベントを行います。皆さんご準備お願いします。」
土谷さんがスタッフみんなに声を掛けた。5時30分、オープニングイベントが始まった、土谷さん、来賓の方の挨拶が終わり、賑やかしの音楽に、振る舞い酒のビールを配った。ボチボチ人は出ていたものの多いとはとても言えない。
みんな口には出さないけれど、不安を感じているのは見て取れた。
ところが夜の6時を回った頃、
「あの、、フェイスブックで予約したんですけど、、、」
「あっ、はい、いらっしゃいませ」
「追加でもう一冊もらいたいんですけど、、」
「はい!ありがとうございます。」
急にお客様が増え始めた。にわかにスタッフが活気づく。
その後も次から次へとお客様が訪れる。
「もう三冊目だよ~」
真っ赤な顔をした友人がチケットの追加に来たかと思うと、
「すごい楽しい!絶対次回もやってくださいね。」
と、女性のお客様が追加のチケットを購入してくれた。そして7時、本部から外に出て街を見渡すと、そこには、かつて見た事のある景色が広がっていた。
地図を手にした沢山の人達。通りに、、商店街に響く賑やかな声、まるでバブルの時にタイムスリップしたような景色だ。思わず身震いをした。
やった、やった!!
心の中で何度も呟いた。ずっと街のこんな景色を待ち望んでいた。
参加店の一つが材料が切れて再仕込みをするという情報も流れてくると、
「みんなバルをなめてたね。」
さっきまでの不安はどこへやら、土谷さんが笑顔言った。
「どんな商売だって売れれば嬉しいんですよ。利益云々じゃなく」
寛和さんが言ったこの言葉はさっき実感したのでよく解る。スタッフみんなが急に安堵した表情になる。
ところが、、、
「あの、どこか入れるお店がありませんか?」
8時過ぎ、二人組の女性が本部にやってきて聞いてきた。
「どの店も入れなくて、、、」
「おおー!大盛況じゃん!」
スタッフのみんながその『情報』を聞いて盛り上がる。しかし、ちょっと雲行きが違う。
いつの間にか本部の前に、店に入れないと相談にくるお客様が沢山集まってきていた。急激にお客様が増えたのと、参加店側も初めてのことでお客を捌くのに手間取ったせいで沢山のお客様がお店に入れずにいた。
スタッフが空席情報を確認するため、担当をしたお店に手分けして電話をする。しかし忙しいのかなかなか電話にもでない。その瞬間ある思いがよぎった、、
「あの、寛和さん、これって、まずいんじゃないですかね? 『湯の街ほおバル』は一回こっきりのイベントではないですよね?そう考えるとこの不満を持たれたまま、お客様を帰してしまったら、次回は参加してくれないんじゃないでしょうか?」
寛和さんの顔色が変わる。
「確かにそうですね、電話も繋がりませんし、みんなで手分けして混雑状況を調べましょう」
寛和さんが言うと、勢いよくみんな本部を飛び出した。参加店に向かう道すがら、
「どこも入れねーじゃねーかよ」
という不満を口にしながら道を歩く人とすれ違った。まずい、、、やはりかなりの不満がたまっていそうだ。フェイスブックのメッセージの機能を使い、内部で連絡を取り合い、それをイベントページに投稿することで、『情報』を伝えた。走り回っている途中で三木に会った。
「あれっ、いまから本部に伺おうと思っていたのですが、、、何をやってらっしゃるんですか?」
「いや、実はイベントが盛況なのはいいんだけどよ、店に入れない人がいて、このままだと、お客様にイヤな思い出が残っちゃって、次回来てもらえないかもしれないじゃん。だから、お店の混雑状況を調べようと思って走り回っているんだよ。」
それを聞くと三木は
「なるほど、そういう事ですか、、、もちろん自分で動くのは大事です。しかしながら、それはお願いしてみませんか?」
「お願い?」
「はい、本部に戻りましょう。」
言われるがままに、本部に戻ると、ラップトップのPCを持ち込んでみんなからのメッセージを集約して、投稿している担当の人間に三木が話しかけた。
「すみません、お手数をおかけして申し訳ないのですが、イベントの板に一つ投稿してもらってもいいですか?『参加している皆さんにお願いです。 お店が混み合っていて入れなくて申し訳ございません。皆さんに楽しくイベントを楽しんでいただくために、この板に今入っているお店の混雑状況を教えて下さい。』と投稿してください。」
担当が言われたとおりに投稿すると、参加しているみんなから、つぎつぎと店舗の『情報』がコメントされた。
[モナコさん空席8席ありなぅ!]
[山本食堂 カウンター少しあいてます。]
[おおざっぱ食堂さんは私たちが帰るのでテーブル一つ空きます。まったりできて良いですグリーンカレー辛いけど身体が温まって〆に最高でした]
[59番やまき 満席5名以上立ち待ち!]
次から次へとコメントが入って来た。三木はそれを見ると、
「イベントに参加している『ファン』で『仲間』ですからね。協力してくれると思いました。」
と言った。
もちろん、その後も参加店に回って混雑状況を調べたが、極端に楽になった。
9時頃、惣菜屋の武生が本部に顔をだした。
「兄さん、ありがとうございました。うちの惣菜も80枚ぐらいでました。」
「おお、良かった!」
思ったより数が出てる。
妹が来て柳原ベーカリーは63枚だと告げに来た。そのまま飲んで帰るというので、子供はどうしたと突っ込もうと思ったが、やめておいた。人の波は深夜まで続いた。11:00に本部を閉めた後、心の中で再度やったぜと叫んだ。
「無事、終わったなあ、、、」
そう言うと、
「バルは終わりですけどね、『情報』に関して言うとまだ終わりではないですね。もう少し続きます。」
と三木は言った。何かを監察しているようだ。ずっと街を歩いているお客の方を見ている。
なにが終わらないんだよ?と聞くと、
「明日になれば解ります。」
と、穏やかな口調で答えた。
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