フリーミアム ー『タダ』が世界を一変するー

今までネットとは無縁とは言わないまでも、あんまり積極的に使ってなかった。

しかし、三木と知り合ってから、大分デジタルが身近になってきた。なかでもお気に入りは動画サイトの『YouTube』だ。本当にいろいろな動画がのっている。しかもタダだ。仕事が終わった後など、ついつい見てしまう。お陰で最近は全然テレビを見なくなった。


「あっ懐かしい、このバンド好きだったんだよな~。このライブいいなああ、、」


この街にCDショップはあるけれど、さすがにこんな古いライブ映像は売っていないだろう、地元にお金を落としたい気持ちはあるが、行って売ってなかったら時間の無駄だしなあ、、とAmazonで検索してそのライブのDVDを買ってしまった。そのことを三木に話すと、


「なるほど、『フリーミアム』ですね。」


「フリーミアム?」


「はい、以前一度使っているんですが、まあその効果がでるのはもう少し先でしょうし、ついでだからお話しますか、、、例えば、私は無類の音楽好きでした。どの街でもCDショップに行き、そこで数十分過ごすうちに自然と新譜や、繰り返し流されるミュージックビデオから聞こえてくる、新しいアーチスト等の【知らない情報】つまり、『PUSH情報』が入ってきました。

ところがですね、今はCDショップなんてほとんど行いきません。何かのきっかけで知って聞きたいと思った音楽はiTunesでダウンロードしてしまいます。そうするとどうなると思います?」


「知らない情報に接する機会がまるでない。」


「はい正解です。『情報』が溢れている時代に、『情報』に触れる機会が無くなる、もしくは少なくなるということは商品が売れなくなることを意味します。

実際、今、私が音楽に落とすお金は全盛期から比べるとかなり少なくなりました。では、この場合音楽業界にいる人はどうやって顧客にアプローチすればいいと思います?」


「まあ、話しの流れからすれば『YouTube』だろうな、、」

 はい、またまた正解です。と三木は笑った


「Free、、つまり『タダ』で音楽を聴かせる。『タダ』というのは本当に強い。人を惹きつける力がまるで違います。Googleだってみんなタダだから使うわけです。お金がかかったらよほどの事が無い限り使わないと思います。」


「そりゃ、そうだろうな」

 

思わず笑みがこぼれる


「ちなみにGoogleは検索を『タダ』で行って、上や横に出る『広告』で収入を得ています。」


「ああ、あれか、、確かにたまにクリックしちゃうなあ、、、」


「ですよね。『たまに』でも、天文学的数字の検索数ですから、ああいった信じられないぐらいの大きな会社になるわけですね。


音楽に話を戻して、音楽で一番恩恵を受けるのは今回の一郎さんのケースのような『過去の楽曲』でしょうね。CDショップは場所に限りがあるので、需要の少ない古い楽曲に場所を割きません。ところが『YouTube』なら場所は一切とりません。

簡単に楽曲にアクセスができるため、少なくともも今まで『0』だった顧客へのアプローチが増やせます。また、中身がある程度確認できるので、購入の動機に至るまでが軽減されます。

家にいながら店頭で視聴機を見ているのと同じような状況になるわけですよね。

実際、今回、一郎さんはDVDを買ったわけで、そういう意味では『フリーミアム』の戦略にぴったりとはまったという事になります。


日本の音楽業界はすこし遅れていますが、海外の音楽業界はいち早く動いて、フリーミアムを使ったいろいろな『戦略』をとってますね。


一番は『ライブで稼ぐ』にシフトしてます。YouTubeで見る機会を、、『情報』に触れる機会を増やし、ライブに来てもらう。海外のライブって撮影OKの場合が多いんですよ。お客様がどんなにがんばってスマホで撮ったって、プロショットの映像には敵わない。だったら、どんどん撮ってもらって、、、そしてそれをYouTubeにアップしてもらって、『情報』に触れる機会を増やそうという作戦です。

そして、そのライブの音源をその場で録音してその場で販売するというのもあります。これも通常のCDを買うのと訳が違います。強烈に購入の動機が働きますよね。

あともう一つ、YouTubeで繰り返しタダで見せて、ある一定の数がいったら消す。といった戦略をとっている場合もあるようです。これは多分毎日繰り返しみていたものが急に消されたら、DVDを買いたくなると言う戦略でしょうね。これも過去の楽曲とかに有効でしょうね。

それ以外だと『くまモン』とかの戦略が有名ですね。」


「あのゆるキャラの?」


「はいそうです。『くまモン』はどんな商品を作っても、著作権料、、つまり、お金を払う必要がないんですよ。」


「ええ、そうなの?」


「はい、熊本県の許可さえ得れば、何を作ってもお金を払う必要がありません。そうするとみんな色々作りますよね。ぬいぐるみだったり、クリアファイルだったり、ペンやノートだったり、、、目に触れる機会が格段に増えますよね。


『熊本県』としては『熊本県』をPRすることを目的としているので、僅かばかりの著作権料より、著作権をフリーにして『情報』を拡散する方を選んだわけです。実際広告料に置き換えたら、信じられないぐらいの金額になると思います。


こんな感じで『フリーミアム』は今の情報戦略にとって、切っても切れない関係になっていますね。」


「ふ~ん、なるほどなあ、、、」


「あとですね、『AKB』ってご存じですか?」


「もちろん、アイドルグループでしょ。」


「その『AKB』はアイドルなのに写真を撮るのも自由だしブログやツイッターにあげるのも自由だそうです。これも『フリーミアム』です。『肖像権をフリーミアム』化して、『情報』の拡散量を格段に増やしているわけですね。」


「どういう意味?」


「AKBは研究生も含めて1000人ぐらいいるらしいんですけどね。


仮の数字ですけどね、上の方の子達は結構な数のファンがいるでしょうし、下の方の子も何のかんの言ってもアイドルな訳ですから、それなりにファンがいるでしょう。平均して一人あたり50人のファンがいるとしますよね。


彼女たちが一日一回ブログを書くとすると1000人×閲覧人数50人=5万のAKB関連の情報がたった一日で出るわけです。


さらに何かしらのSNSをやっているとしますよね。SNSも便宜上一日一回の投稿だとすると同じく5万。


そして50人のファンがそのブログやSNSの情報を元に、AKBについてブログを書いたりSNSで発信したとしますよね。


一人10人ぐらいに情報を届けられるとして、これも同じく一日一回と見積りますね。1000人×50人×閲覧人数10人=50万そうするとたった一日で60万近くのAKB関連の情報がでる事になるんですよ。


これはほとんどの雑誌の発行部数を超えています。この辺りはフェイスブックの時に話したから大丈夫ですよね。


さすがにテレビは、、、と思うかもしれませんが、関東波の視聴率1%は40万人ぐらいです。ブログやSNSは一日一回とは限りませんからね、仮の数字ですが、何となく『情報量』に関して言えばテレビや雑誌は、もうそれほど絶対的ではないというのはお判りいただけると思います。


これも『肖像権』がフリーになっているからこそ出来ることなんですよ。

もし、AKBが『肖像権』を主張したら、ファンは気楽にブログは書けないんです。ツイッターや、フェイスブックも書きにくくなる。


つまり、『発信される情報』が減るということです。いままではテレビ、ラジオ、雑誌以上の情報を出す事はほぼ不可能だったんですよ。でも、今はそれ以上に情報を出す方法があるというわけですね。」


 なるほど、時代が変わったのをまざまざと感じる。


「まあ、AKBの場合は実際にはここまで話題になるとメディアもほっておかないので、さらに『情報』が出る事になるんですけどね。ところで、『AKBはCDを売ることを目的としている』と思います?」


 何を当たり前の事を、、と言う顔をするとそれに気づいたのか、


「何を当たり前の事をと思っていますよね。確かにその通りなんですけど、伝えたいことの『本質』は違います。AKBは『音楽』をフリー、無料にしています。YouTubeに行けば公式で大体の曲は聴けます。この事から決して『音楽を売っている』わけではない。ということが解ります。


さっき、『日本は音楽業界は少し遅れていますが』って言ったじゃないですか、この話なんですけど、日本の音楽業界は『音楽』をを売っているという姿勢から脱却できていないように思うからなんですね。


『音楽』を売り物にしている訳だから『音楽』を無料で手に入れられたら困る。だからこそ違法ダウンロードや、YouTubeに常に目を光らせていて、そこに人も割いています。売上げが悪くなっているのに、さらにそこに費用がかかるのでダブルパンチになりますよね。


これを『情報』の面からみるとどうなるか、一昔前と違い、今は沢山の情報に触れる機会があります。


『TV』『ラジオ』『新聞』『雑紙』『チラシ・ポスター』『ダイレクトメール』ここまでが一昔前の情報でした。


今は、、『ホームページ』『ブログ』『ツイッター』『フェイスブック』『LINE』『インスタグラム』『YouTube』『ニコニコ動画』『スマホゲーム』『インターネットラジオ』代表的なものだけでもこれだけあります。


『時間』だけは全ての人に平等だから、その人がどこに『時間』を費やすかがポイントになります。


これだけの選択肢の中からどれかを選択するわけですね。今あげた媒体だけでも16個あります。一昔前の媒体6つに対して2.6倍。先ほどの繰り返しになりますが、この『情報』が溢れている時代に、『情報』に接する機会をわざわざ減らすという事は=商品が売れないことを意味します。


個人的には音楽業界が『音楽』を売る事に固執していると、いつかはダメになると思います。


さて、最初の質問『AKBはCDを売ることを目的としている』の答えですが、『AKB』は最初に話した通りYouTubeでだいたいの曲は聴けます。肖像権もフリーにしていて誰でも気軽にブログが書けます。旧態依然の音楽業界とは全く逆のスタイルで、『情報』に触れる機会を増やしています。


『情報』に触れることで『ファン』ができます。AKBの目的は『ファン』をつくることで、その『ファン』は『握手券』『選挙券』欲しさに一人で何枚もCDを買います。


AKBにとっては「音楽」はどうでもよく、CDは『握手券』『選挙券』を売るための媒体なんです。たぶん、『握手券』『選挙券』だけを売っても売れと思います。


ただ、そうすると流通から管理する手間が生まれるのと、レコード会社の人間を巻き込むことができなくなるので、CDという『媒体』を利用しているわけです。これが『AKBはCDを売ることを目的としている』の答えです。


けっして『音楽』を売るために『CD』を利用しているわけではなく、『CD』を売るために『音楽』を利用している。


全く逆なことをしているわけです。見た目は同じでも、ビジネスの本質が変わっていることが沢山あります。かつてアメリカで鉄道会社が自分たちは『鉄道事業』だということで、バス会社や飛行機などが出てきたときに、鉄道に固執して衰退したという話しがあります。


この場合顧客が求めていたのは『移動する手段』なわけで、この話しのように自分達の仕事の『本質』をつかまないとダメです。


人が『音楽を通じて求めている物』は何なのか、、、決して『音楽』だけを売ってはだめだと思います。さて、同じ理屈をパン屋さんに当てはめるとなんでしょう?もちろん、お腹を満たす物ではあります。でも、それはおにぎりでも、コンビニで売っているパンでも満たすことはできますよね?」


「やっぱり、おいしさじゃないかな、、、、」


「そういうと思いましたよ。じゃあちょっと質問なんですが、ここ数年で『おいしくない』って思ったものを食べた記憶があります?」


言われてみて気づく、そういえば凄いまずいと思ったものに最近会ったことがない。コンビニの惣菜パックもそれなりというか、、いや、結構美味しかった。


「全然ない」


「ですよね、最近のものってだいたい『おいしい』んですよ。程度の差はありますが、昔みたいに後悔するほどまずい物はない。

値段との関係もありますが、ある程度までいくとみんな『おいしい』の表現で集約される。


つまり、決定的な差別化の要素ではないんですよ。雰囲気を買いに来ている。っていうのもありますよね。スターバックスなど、『そこで飲んでいる自分が好き』っていうのがありますよね。ドトールやマクドナルドにいくと半額以下でコーヒーが飲めるのに、あえてそこで飲む。。ただ、ここの場合は、、、」


 三木はわざと大げさに店の中を見渡した。


「悪かったな古くて、」

 

と言うと、いたずらっぽく笑って


「まあ、冗談はさておき、雰囲気もおしゃれなパン屋さんにはほど遠い。じゃあどうやって魅力を感じてもらえばいいと思います?」


全然わからない、、、


「気づかないかなあ、、、、、一郎さん自身ですよ。たぶん、ちょっと前まではお母様がその役をやってらしたんじゃないですかね?

足が悪いようでお店に出られなくなったようですが、お会いしてお話しするととても魅力的な方ですね。お話しが上手で笑顔が素敵で、『ああこの人に会うためにパンを柳原ベーカリーで買おう』って思えるような人ですね。」


――――確かにそうだ。昔はお袋に会いにきている客が沢山いた。俺が店番をしているにもかからわらず、お袋がいるか?と聞いてお袋にレジをやらせる客が沢山いた。


「やっと、人を見てもらえる時代になってきたんですよ。」

 

三木は力を込めて言った。


「そして、これは小さい所の最も得意とするものの一つです。今、やっと小さいところにチャンスがまわってきています。

ただし、ファンを作るということは自分を知ってもらう、『情報』を届けるということとイコールになります。だから、がんばって『情報』をださなければいけません。


『フェイスブック』だけに限らず、全ての面でです。最初のA看板にその日合ったことを書いてくれといったのもこういう理由からです。」


「なるほどなあ、、」


「ちょっと堅い話が続きすぎましたね。AKBはどなたが好きですか?」


「綺麗な女の子はみんな好き」

 そう言うと思いましたよと三木は笑った。

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