33・正対

 両チームとも気合いが入っていた。攻撃一辺倒型のわがチームはどんどん攻めたが、敵の粘っこいディフェンスは決して破綻しなかった。逆にこちらのもろいディフェンス網も、相手の老獪な攻めに屈せず、よくしのいだ。どちらも決定的な流れをつくることができず、前半を終えてもスコアは動かなかった。

 後半がはじまっても膠着状態はつづいた。得点は0ー0のまま、刻々と時間が過ぎていく。水面から顔を上げた方の負けだ。最初に得点した側が完全に試合を支配する。得点された側は、流れを食い止めることはできないだろう。拮抗した試合とはそういうものだ。一穴をうがたれれば、崩壊がはじまる。じっとガマンし、ひたすらチャンスを待つしかない。トライの獲りっこよりもはるかにつらい試合展開だ。成田は、気持ちを切るな、集中しろ、と叫びつづけた。

 わがチームのスクラムは、王者の重いプレッシャーにも負けずによく耐えていた。ずしりとくる重量感をがっちりと受け止め、必死で踏んばる。地面を噛むスパイクの爪はピタリとそこに踏みとどまって、動くことはなかった。押し返せはしないが、押し込まれることもない。校庭の若い芝を荒らしたスクラム練習は、王者相手にも見劣りのしない力をつくった。

ーまけねーぞ・・・ー

 オレはファーストスクラムを組んだときから、トイ面の男の眼が気になっていた。フランカーのこの位置は、スクラムを組むと、相対する敵フランカーの顔を真正面に見ることになるのだ。大男たちの筋肉がミシミシときしむ音を右耳に聞きながら、オレはじっとサイドに張りつき、トイ面の男の目をにらんでいた。敵もすごい形相でにらみ返してくる。視線を逸らすわけにはいかない。瞬きもせず、ヤツをロックオンしつづけた。

 イチガンケイ。

 オレはヤツにそう名付けた。ヤツの髪はトサカのように逆立っている。極限まで絞ったシャープな体躯で飛び出しに備える姿は、まるで軍鶏のようだ。歯を剥いて、敵意をあらわにしている。獲物を見つければすぐさま襲いかかれる戦闘態勢。しかしヤツのいちばんの特徴は、左目の目頭から目尻までを真一文字に走った太い血管だ。まるで赤い矢が瞳を貫いているように見える。異様な充血。寝不足か。いや、前日の愛知芸大戦で負ったケガかもしれない。ヤバい薬のやりすぎのようにも見える。狂気を宿した赤目。とにかくオレには、ヤツが独つ眼のニワトリに見えたのだった。

ー一眼鶏・・・イチガンケイ、ピッタシだ。うふふ・・・ー

 そんなことを、にらめっこしながら考えていた。

 スクラムが散っても、ヤツはオレを徹底マークし、しつこくまとわりついてきた。ボールを持てば、鋭い出足で噛みついてくる。こけーこっこっこっ。オレも負けずに追い立ててやった。しっしっ。

 こんな局地の個人対決でも消耗戦だった。取っ組み合い、手足をコロし合い、ボール獲得のために小さな主導権のやり取りをした。言葉は交わさなかったが、むき出しの闘志でお互いをライバル視した。ケズリ合い、しぼり合って、へとへとになる。足はツり、息は上がり、歯ぐきに親しい鉄の味を噛みしめた。しかしヤツもそうだったにちがいない。それは敵味方たがわず、プレイヤー全員がそうだった。気力を振り絞っての総力戦となっていた。

 後半も終盤にさしかかり、ついに味方側の守備がほつれた。そのほころびを裂いて突っ込んできたのは、イチガンケイだった。オレはディフェンスのフォローに走っていたが、不意にぎらついた充血眼に射抜かれた。オレも射返す。このとき、ふたりの接触が運命づけられた。飛び込みどころを決めたヤツは、狂気を背負って向かってくる。くわーっこここっ。迷いなく、一直線に突破をはかろうというのだ。このオレをポイントに。

 オレは天の声を聞いた。

「ころせ」

 スパイクの爪に全体重をのせると、地球を転がすほどの勢いで地面を蹴った。トップスピードまで回転数を上げ、倒すべき相手にまともに対峙する。風景が消し飛び、視野にはヤツしかいなくなった。ヤツも座標を一点に定め、突っ込んでくる。逃げ場はもうない。

 こうなったらベクトルの太さ勝負だ。オレは気合い値をレッドゾーンに振り切らせ、イチガンケイに正対した。

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