31・宿願
先制点は関係者の度肝を抜き、キョーゲイをおののかせた。わがチームは勢いづく。数字は臆病者に勇気の根拠を与えてくれる。キョーゲイ恐るるに足らん、という意識が形成された。ラグビー部員とは、おしなべて脳の構造が大ざっぱにできている。要は、お調子者なのだった。
一気に流れがきて、チームに本来の動きがもどった。直前練習のときとは打って変わって、ボールが手につき、地に足がつき、動きに自信がみなぎりはじめた。イケイケで攻める。
フォワードはポイントをつくると、素早い集散でいともやすやすとボールを確保した。一年生で入りたての頃に何度も何度も組んではほぐしたあの型を、チームは理解し、自分のものにしていた。どんな状況にも対応できる。ボールを持った者がタックルを受けても、踏んばって立ちつづけてさえいれば、必ず味方が走り込んで左右からフォローに入る。倒されても、組み付かれても、何人もの仲間がそのポイントに飛び込み、大きな力となって敵を押し返す。足でボールをかき出し、あるいは浮き球は手から手に送られ、後方で待機するスクラムハーフに供給される。どんなむずかしい状況になっても、マイボールは守られ、バックスへとつながれた。
バックス陣は、フォワードの成長を認めて、ボールの供給を信じきって前方のケンカ祭りを見つめた。以前のように、あせって助太刀に飛び込む必要はないのだ。じっと待ってさえいれば、必ず攻めの機会は与えられる。それまでは脚にパワーを凝縮し、備えていればいい。
そしてそのチャンスがくると、バックス陣はため込んだ脚力を爆発させた。密集から出たボールは、スクラムハーフからスタンドオフへ矢のように送られる。じりじりとした力勝負から一転、展開が一気に加速する。攻撃を寸断しようと個々をつぶしにくる敵をものともせず、ボールは動きつづける。チームの意志とでもいうべきそのボールは、オープンサイドを広々と支配するオフェンスラインに乗っかって、敵陣深くへと運ばれた。そして接触があってポイントができれば、すでにその場にはケンカに飢えたフォワードが飛び込んでいる。そんな滑らかな循環がくり返された。
オレは走りながら、バックス陣の間を渡っていくボールの流れをうっとりとながめた。なんという美しさ。これが自分たちのチームかと、信じられない気持ちだった。
ボールは、この4年間を一緒に闘った同期生たちの手から手へと流れていく。フォワードのオレ、成田、三浦が守ったボールを、ダンナ松本に預ける。そこからパスされたボールを、寿司屋マッタニはむんずと受け取り、胸にかかえこむ。じたばたと走ってトイ面につぶされる直前、その大切なものは切り札に託される。彼が横後方に出したパスは生き生きと伸び、出力全開で走り込むオータの手の平に渡る。
「おおおおお!!!」
声を出さないと走れない男。オータはステップを切らない。犬のようにどこまでもまっすぐに走る。サイドラインすれすれを走り抜けるオータは、しかしライン際に追いつめられても、決して敵の手を自分には触れさせなかった。それはすごい光景だった。目に焼き付いている。捕獲を試みるその邪悪な手を避けもせず、かいくぐりもせず、脚の筋肉だけを信じて、ただまっすぐにゴールエリアを目指して走る。なんという熱さ。タイトな地域を信じがたい意思の力で駆け抜け、オータは飛び込む。みんなの四年間が結実したようなトライ。またも咆哮する成田の姿を見たとき、泣きながら笑いだしたくなった。
ホイッスルがみっつ鳴って、チームは渾身から歓喜した。ついに宿敵に雪辱したということもあるが、それよりも、はじめて自分たちのラグビーを貫くことができた充実感があった。下級生たちは勝利そのものをよろこんでいたが、オレたち四年生は少々別のものにひたった。苦しさを分かち合った四年間のプロセスを思い、成田、オータ、マッタニ、ダンナ、三浦、みんな涙目で抱き合った。出しつくした開放感。チームの頭上に虹が立っているように見えた。
そしてそれは、最初で最後の感覚だった。
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