28・決戦
三度目の雪がとけて、四たびあの季節がめぐってきた。脳天気に晴れわたり、熱くて、にがくて、心騒がすあの季節。最終学年で迎えた四度目の四芸祭は、ホームタウンである金沢で開催された。
この三年間、四校の力関係は固定されたままだった。東京芸大は獲得した地位を揺るぎなく固め、その牙城に迫るキョーゲイも戦力の充実で二強の座を確立し、愛知芸大は足元に一校を従える立場を死守した。我々金沢美大はといえば、毎年一勝もできず、ライバル校の前にひれ伏す屈辱に甘んじていた。今や世界最弱の呼び名は、わがチームの代名詞となりつつあった。
しかし、この年ばかりはチームメイトの目の色が違っていた。ホームで恥ずかしい結果を残すわけにはいかない。今までにない手応えも感じられる。新しい血によって活性化されたチームは成熟し、初勝利の予感に奮い立っていた。
オレたちは、開幕日に続々とバスで乗りつけるライバル校ラグビー部員たちをメインストリートに迎えた。そこで、オレたちの並々ならぬ気合いを披露しようということになった。
世界最強のニュージーランド代表・オールブラックスが試合前に行う儀式に「ハカ」というダンスがある。マオリの戦士たちは闘いの前に、脚を踏み鳴らし、大声で叫び、踊って士気を鼓舞する。その伝統を受け継ぐオールブラックスは、敵チームの眼前でハカを舞い、相手を威嚇するのだ。それにヒントを得てオレたちは、到着したてで油断している各校の不意を突いた。いきなり、やつらの前に躍り出る。チーム全員、からだ中にまっ黒なドーランを塗りたくり、赤ふんどし一丁という姿だ。愚かなキョーゲイどもは、キョトンとして立ちつくしている。すかさず、ラジカセのスイッチを押す。
「ラジオ体操だいいち、よお~い・・・」
陽気な音楽が前庭に大音響で流れ、オレたちは原住民テイストにアレンジされたラジオ体操で敵を威嚇した。周囲を取り巻く観衆からは、ゲラゲラと笑う声が聞こえる。まんまと成功だ。これは「ハカ」ではなく「バカ」なのだ。ざまあみろ。
後ろ指は差されたが、かまわず体操はつづけられた。そのうち、ひとり、またひとりと熱が伝わっていく。やがて音楽が終わる頃になると、いつの間にか前庭にいる大群衆がひとり残らず「胸をひらいて深呼吸~」をしていた。意図とは別のところでやつらを動かしたようだ。しかしそれはそれで作戦は成功したといえる。すでにやつらは我々の術中だ。失笑は買ったが、ホスト側の闘いの意思は明らかにされたのだった。
なのに、初日に各校ラグビー部の練習がはじまると、たちまちオレたちはひるんでしまった。敵は自信に満ちて落ち着きはらい、たくましく、動きは剽悍で淀みがない。そして大きく見える。毎年試合前に感じるのだが、おかしいな、こんなに強そうだっけ?と言いたくなるようなイリュージョンを、やつらの練習に見てしまうのだ。それはもちろん、気後れからくるものだった。オレたちの最大の欠点は、あまりにも心が弱いところだ。このビッグゲームを前にすると、どうしてもひとりひとりがプレッシャーを感じ、萎縮してしまう。それはチーム全体に波及し、結局持っているものを出せないで敗退する、という悪循環に落ち入る。負けることに慣れすぎているのだ。それを払拭しなくては、勝ち目はない。
東京芸大はとてつもない気合いでガチンコのアタリをくり返している。そんな練習でケガしたらどうするんです?と、敬語でも使いたくなる。彼らは王者の風格すら漂わせ、尋常ならざるみなぎり方で周囲を寄せ付けない。
キョーゲイはすさまじいスピードでラインを展開し、どのチームよりも美しく秩序立ったオフェンスのバリエーションを垣間見せる。しかも彼らひとりひとりのからだは、前年の合宿のときとは比べ物にならないほど屈強になっている。年々お正月に会うとびっくりするくらい大きくなっているイトコの子みたいだ。宿敵アズミなど、さらにゴツくなっている上に、プロレスラーのようにみっちりと肉が引き締まっていて、目を見張るばかりだ。
それにくらべて、わがチームはみすぼらしかった。新戦力たちはまばゆく光の粒をこぼして疾走したが、それを取り巻くセンパイたちの動きはぎこちない。ぽろぽろとボールをこぼし、当たってもフワフワとした感触が残るばかりで、地に足がつかない。古い者ほどこの大会の重みを骨深くに知っているため、どうしてもかたくなってしまうのだ。それに、調子の波が大きいわがチームの気まぐれさも気になった。新旧勢力お互いがどう噛み合うかは、いつもボールが動き出してみなければわからないのだ。勢いに乗ればいい仕事が連続して起こるが、崩れだすと止まらないもろさも併せ持っていた。
自分たちは強くなった、と思ってはみたかったが、まだまだ疑心暗鬼なのだった。
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