27・頂点

 その日は金沢市の市民体育大会だというので、オレたち美大ラグビー部員はピクニック気分で市営グラウンドに出掛けていった。その立派な球技場で、7人制ラグビーのトーナメント大会が催されるのだ。

 7人制ラグビーというのは、通常15人のメンバーを7人にして、小むつかしい部分をそぎ落としたシンプルなルールで闘いましょう、というものだ。しかも7分ハーフの計14分間。いわば「ミニラグビー」ともいうべき新しいムーブメントだ。2016年のオリンピックから採用されるので、聞き覚えのあるひともいるだろう。

 ゴチャゴチャしてよくわかんないラグビーを単純化してわかりやすく、という乱暴な発想だが、これがけっこう面白い。人数が少ない分、グラウンドを広々と使えてスピード感があるし、ひとりひとりの動きも派手になる。少ない人員をどこに配置し、フォローし合うかという頭脳戦の要素もある。それにこの縮小形式なら、一日のトーナメントで手っとり早く優勝者を決めることができる。なにより、観てもやっても面白いのだ。なのに子供だましのラグビーごっこでもなく、頻繁に国際大会も行われている。世界的に重要な大会は、15人制の真性ナショナルチームの代表も派遣されるほど重要視され、当時、メジャー化しつつあるゲーム形式でもあった。

 わがチームにとって、7人制ははじめての挑戦だった。というよりも、行政側から参加を打診されるまで、見たことも聞いたこともなかった。それがなぜ参加することになったのかというと、市営球技場が芝のきれいなグラウンドだったからだ。日々、美大の草っぱらでドロにまみれているオレたちには、芝の上で試合ができるという一点だけで参加する価値があるのだ。

 ビールもツマミもたっぷりと用意していった。スペースがたっぷりと取られたスタンドは、宴会にもちょうどいい。秋空は高く晴れた。いつ負けてもよろしい心構えで、オレたちはトーナメントにのぞんだ。

 金沢市内から選抜された16チームばかりが、グラウンドで取っ組み合った。見れば、七人制は人数が少ない分だけフォローもディフェンスも薄いため、早め早めのパスつなぎと、抜き合い駆けくらべの展開と知れた。密集での競り合いが苦手で、逃げ、かわし、窮すれば責を放棄し任を味方にあずけるスタイルのわがチームには、おあつらえ向きといえる。チャンスはなくはない。試合後のうまいビールのために、いそいそと芝生に降り立った。

 分析は当たった。チームはのらりくらり、ひらりさらりと一回戦を勝ち抜いてしまったのだ。けっこうあっけないものだった。チームワークより、個々の技能と足の速さ勝負なのだ。優れた素材が(若干名)いるわがチームに有利だと確信した。成田の快足には相手チームの誰も追いすがることができなかったし、オータのがむしゃらな直進は、トイ面の薄い防御を引き裂いた。元石川県代表スクラムハーフの後輩は、右へ左へと効果的に球を散らし、キッカー・柳井は、正確なドロップゴールでとどめを刺す。普段はお役に立てないオレやマッタニや大学院に入った丸ちゃんも、右往左往しながら相手を捕縛し、ピンチの芽を摘んだ。

 ひとつ勝つと、上げ潮に乗った。体重のないわがチームは、スクラムで組み合う必要のない7人制で、水を得た魚となった。走って、走って、走りまわる。そして基礎のなさが奔放を引き出す。いつも練習でうっかりやってしまうフリースタイルなプレイは、相手チームにはトリッキーと映った。あれよあれよという間に、オレたちはファイナルのチケットを手にしていた。

 およそ考えられない光景だった。いつも大敗を喫しているなんとかクラブやかんとかクラブは、すでに敗退して、スタンドから声援を送ってくれている。優勝を決定するこの場に立っているのは、オレたち美大ラグビー部なのだ。それでも不思議とのんきな気分だった。失うものなどない。負けて当然。なにより、日差しがポカポカと降りそそぐこの休日は、心地がよすぎる。緊張感なく、キックオフのホイッスルを聞いた。

 決勝の相手は、合同練習では手も足も出せない、後塵を拝するばかりのあの金沢大学医学部だった。因縁の対決というべきか。グラウンド裏の駐車場には、彼らの磨きたてられたベンツやフェラーリが、優勝トロフィーを乗っけるスペースを空けて待っているにちがいない。だが勝機はある。彼らはオレたちの実力を知りすぎている。つまり、あまりに弱いことを。ただし、それはまともなラグビーであれば、の話だ。

 彼らは理論的でありすぎるがゆえに、ゲージツ家の卵たちのフリーな創造性を見くびっていた。かしこい坊ちゃんたちは、基本どおりに動いてくれない相手に当惑し、また奇抜を警戒し、考えすぎ気味に混乱してくれる。偏差値が我々の3ガケほどもある彼らは、ラインアウトやオフェンスのバリエーションを「5、0、9、2、3」などと複雑な乱数表を要するサインで管理したが、こっちのそれはシンプルだった。すなわち「L、O、V、E」「V、A、C、A、T、I、O、N」などとテキトーなことを言い、「ラブリー、じゅんちゃん」「な・つ・や・す・み」などと呼応し、相手が噴飯する間にテキトーに投げて、テキトーに捕っていたのだ。その作戦は痛快なほどにハマり、相手を翻弄し、虚脱させた。

 今や、わがチームは完全にボールを支配していた。なかなか気分がいい。一方、そんなオレたちにも心配事があった。予定外の試合を重ねたために、ビールがぬるくなりつつあったのだ。そいつに早いとこありつかなければならない。そのために、一心に走った。勝ち負けなど、どうでもいい瑣末事なのだ。

 無欲を貫いた結果、美大ラグビー部は金沢市セヴンスラグビーの頂点に立ってしまった。大変なことだ。なにしろ、この日までの三年間、ただのひとつの勝利も経験したことがなかったチームなのだから。あまりに勝ち慣れていない我々は、ビール片手に赤ら顔で表彰式に現れ、善良な市民の人々にはげしくひんしゅくを買った。だけど、ぬるいビールは最高にうまかった。

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