26・感化
しかし・・・可憐なマネージャーがベンチから見守ってくれても、チームの弱さは相変わらずだった。スーパールーキーたちはあちこちでキラ星のごとき輝きを放ったが、ラグビーは悲しいほどに団体競技なのだ。スターが点として散在しても、線や面としてのつながりがなければ、決してボールは運べない。逆にいえば、チーム内にたった一点の弱点があるだけで、そこからほつれて崩壊が起きる。因果なスポーツだ。
オレたち「センパイ」たちが慣れきった大量得点差の敗北に、新人君たちは困惑した。まったくの初心者組はともかく、スーパールーキーたちは、今までにそんな大敗は経験したことがないのだ。しかも敗戦につぐ敗戦。エリートコースを突き進んできた彼らにとって、こんな屈辱ははじめてだったようだ。
「ひとつの勝利の重みがわかりました・・・」
苦いものを噛みしめながら、元県下ベストフィフティーンたちはつぶやく。勝利の中で育ってきた後輩たちには、やりきれない日々だったかもしれない。
それでも彼らは、物わかりの悪いセンパイたちや初心者組に懇切丁寧にプレイを分解して説明し、わからせ、基礎を注入してくれた。経験豊富な後輩たちはみな、プレイヤー件コーチとして、オレたちザコ部員相手に汗を流してくれた。
そんな先輩の相手は、戸惑いの連続だったにちがいない。クレバーな成田はともかく、オレやオータやマッタニなどは、何年たってもほとんどラグビーの基礎知識が身についていず、雰囲気で動いてしまう「ジャージーを着た原人」だった。ボールを渡されると頭がこんがらかって、本能でつい風の吹く方向に走ってしまう、といった体なのだ。そんな動物を相手に、後輩たちはプレイのひとつひとつを噛んで含めるように吸収させ、育ててくれた。しかしオレたちが彼らに対して抱くのは、薫陶ではなく、意地や反骨だった。そして少々の恐縮と。オレたち上級生は、奇妙な言い方になるが・・・一刻もはやく後輩たちの背中に追いつき、それを乗り越えなければならなかった。
スーパールーキーからの影響はゆっくりと、しかし着実に浸透していった。チーム力は知らず知らずのうちにアップしていた。それは太陽の動きのように緩慢だったが、その歩みはまっすぐに南中の最高地点を目指していた。試合中のスーパールーキーたちのプレイは理論的で、技能の劣るチームメイトにもよく配慮され、しかも驚くべき創造性を持っていた。ゲームをコントロールするという意味が、彼らを見ているとよく理解できる。その感性にほとほと感じ入りつつ、彼らが求める状況を汲み、一緒につくりあげていく。すると自然に自分たちの前に道が開け、自由に動けるようになるのだ。攻撃ライン、ディフェンスラインの連動とはこういうものか、と蒙をひらかされる思いだった。
それまでの「試合後にいい酒さえ飲めりゃ」ふうの諦観を沈黙させる、質のいい緊張感が生まれた。自分が機能しなければ、チーム全体が死んでしまうのだ。チームワークという言葉も、あらためて理解できた。技術の底上げによって凡ミスが減り、フォローもゆきとどくようになる。ラインのポイントポイントにマルチなプレイヤーを置くことでプレイの連結が柔軟になり、無知に根差す強引な突破や、全体を俯瞰しない無意味なプレイが少なくなった。一人のプレイヤーのやみくもな精神論は、チームをただ窮地に落ち入らせるだけなのだ。みんながかしこくなった。それは、自分の楽しみよりも全員のよろこびが優先する、という基本を飲み込んだからだ。スーパールーキーたちが入った当初に感じていた「先輩として恥はかけない」というネガティブな集中力は、図らずもチームをひとつの有機体としてまとめ、機能させるようになっていた。
チーム力の向上は、また個々の技術をも鍛えあげた。ボールを生かす、というシンプルな基本に立ち戻ることで、自分のすべきことが明快となる。それがわかれば、いっこいっこの技を磨きこんでやればいいのだ。
試合中に、敵にボールを奪われたくないのは誰しも同じだ。しかし一人でボールをかかえ込んで離さない、などというプレイは、愚の骨頂だ。敵の密集に飛び込んだとしても、仲間にフォローさせ、手に送り、生かし、全体の歯車を噛ませれば、ボールは敵の手に渡ることなく遠くまで運べるのだから。また、独走で突破をはかろうとしても、敵のラインだってちゃんと機能しているのだ。むざむざと網につかまり、密集に吸収されるだけだ。たったひとつのパスの交換で、網に穴をあけることができる。それには、味方が自分の後方どの位置に走り込んでいるか、どっちサイドにフォローがついているか、それを踏まえて敵のどの位置にぶつかってポイントをつくるのが効果的かを考えなければならない。それらの情報から、多くのチョイスが生まれる。それを全員で考えることが、「ゲームをする」ということだ。ひたすら手づかみで獲物を追うだけだった野人たちは、戦略による狩りを覚えたのだった。オレもまた、ラグビーをわかりはじめていた。3年目になって、やっと。
それでもなお、試合には勝てなかった。まったくもって。ただのひとつも。リーグ戦の相手はあまりに経験が深く、ゲーム展開も練られていて、その上に体格が歴然と違っていた。まだ、勝てない。しかしそんな中、得点差は確実に詰まっていった。なんの抵抗もできずに押し込まれていたスクラムではじっと踏んばれるようになり、ラインがつながらずに細切れとなっていたパスは時おりオープンスペース広くに渡っていくようになり、むざむざと敵密集に巻き込まれるだけだったアタックにはフォローが付くようになり、そんな信頼感が突破者の足腰にも粘りを与えた。チームから身勝手が消え、味方を信じて流れをつなぐことで全体を動かそうという意志が現れはじめた。
そんなある日、わがチームは劇的に開花した。
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