24・増員
精鋭たちの他にも、年々、新人君たちはちゃんと入ってくれた。部による勧誘活動のおかげといえる。とはいっても、オレたちが入部した年のような誘拐まがいの粗っぽい勧誘ではない。ちゃんとした啓蒙活動の成果だ。
あの翌年から、各サークル、部が新入生たちの集会の場で自己アピールをし、自主的な入部をうながそうという活動がはじまった。あまりに横暴な企てが横行し、学校側が業を煮やしたのかもしれない。とにかくセレクトの権利は、買い手側から売り手側に移った。だからそれ以降のラグビー部員は、こちらから釣り上げたわけではなく、自分から火の中に飛び込んできてくれた連中だ。おっちょこちょいな夏の虫というわけだ。
ラグビー部への新入部の動機の多くは、集会の場での部アピールに感激したか、個人へのリスペクトによるものだった(ラグビー経験者など、めったにいないのだ)。沖さんの政権の年は、彼がひとりきりで集会にのりこみ、数名の新人を確保してきた。
「手っ取り早く片付けてくる」
背中でものを語る男・沖さんはそう言い残し、デザイン棟最上階で行われる説明会場に向かった。部員たちは心配顔で、廊下から様子をうかがっていた。口下手なキャプテンなのだ。なにを言いだすかわからない。祈るような気持ちだった。失敗すれば、また山賊のような群れでキャンパス内を流さなければならないのだから。
テニス部や自転車部は、自分たちのサークルがいかに楽しく、笑顔に満ち、健康的で、また出会いの場として機能しているかを軽妙洒脱な語り口で説いていた。こざかしい・・・。しかしなかなかの好感触に見える。野球部やサッカー部など、今どき流行らない体育会は、泥くさい気概を見せつつ、また時おり泣きを見せつつ、切々と訴えかける。古い・・・。まるでお侍さまだ。そんな先輩たちの小芝居を見せられ、新入生たちは困惑顔だった。
ついにラグビー部の出番がきた。たった今まで練習していたままの汚れたジャージー姿で、沖さんは舞台に立った。片手にボールを持っている。無言だ。会場が水を打ったように静まり返る。見ているこっちはハラハラしていたが、沖さんはたっぷりと間を取った。やがて、おもむろに窓を開け放つ。校舎四階の窓の外には、青空だけがひろがっている。
「んがーっ」
沖さんはその空に向かって、いきなりボールを蹴り込んだ。んがー、は彼の口癖だ。練習中の彼の言葉の半分は、この音声で占められる。力を込めると、んがー、は出てしまうのだった。しかし、彼は言葉を継いだ。
「きみたちも、こんなこと、やってみないか」
そして彼は会場を去るのだった。
会場を埋めた新入生の大多数は、あっけにとられるか、おびえるか、どちらかだったはずだ。しかし、非常に少数の新人類の心を打ったのも事実だった。あるいは好奇心を刺激されたのかもしれない。翌日の練習では、何本もの細い脚が借り物のスパイクを履いて、シロツメクサのグラウンドに立っていた。
また翌年は、新入生集会の日が土砂降りに見舞われた。しかも部アピールは、ラグビー部が練習するグラウンドのすぐ隣にあるエントランスホールで行われた。こりゃ好都合とばかりに、部員たちは雨の中、ずぶぬれになりながら「セービング」の練習をはじめた。地獄の夏合宿でさんざんやらされた、地球へのダイビングだ。青々と茂った草っぱらの上に水がたまると、スライディングしたからだは止まらない。どこまでもどこまでもすべっていく。それが面白くて、稲妻が荒れ狂う空の下、ゲラゲラ笑いながら延々とくり返した。それを見つめる新入生の大多数は、あっけにとられるか、おびえるか、どちらかだったはずだ。しかしラグビー部のアピールの時間になって、チーム全員がびしょ濡れのからだで舞台に立ち、
「きみたちもこんなことやってみないか?」
と問いかけると、なぜだか少数の変人が翌日の練習に参加してくれるのだった。
こうしてラグビー部は、使い物になるかどうかわからないような新人君たちをとりあえず確保し、なんとか存続していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます