7・仲間

 それでもオレが足抜けできなかったのは、同じ立場の同期生たちがいたからだった。最初に脱落するのはいかにもみっともない。・・・いや、厳密には最初ではない。村山という優柔不断な色白男が、すでに脱落していたからだ。

 彼は初日の練習に出て以来、部から早々と遁走し、それきり姿を現さなくなった。しかし軽音部に逃げ落ちた彼を責めてはいけない。それは人としての常識的な判断というものだろう。それほどまでにラグビー部の練習は、つらく、苦しく、痛く、ばかばかしく、くさく、汚く、きつかったのだ。

 オレだって、何度やめようと思ったか知れない。練習する、とは、小突かれはじき飛ばされヘド吐きのたうち回る、と同義なのだ。毎日の練習が終わって銭湯にいくと、ひざ頭や首筋にこびりついたドロ汚れを落とすのに一苦労だった。髪の奥、地肌のすみずみにまで土ぼこりが入りこんでいて、シャンプーの泡の中でジャリジャリと音がする。スリ傷、切り傷、アオタンはからだ中を取り巻いている。ラグビー部員のからだを洗ったシャワーの流れ跡は、ドロと血液で鉄色ににごり、他の客からひんしゅくを買った。湯舟でほかほかにゆで上がった筋肉も、芯にはゴリゴリの疲労を残している。その重いからだを安アパートに持ち帰ると、もう朝まで起き上がることができなかった。

 それでもやめられなかった。毎日夕刻になると、欠かさずグラウンドに顔を出した。そこに、自分と同じボロボロ姿の同期生たちが立っているからだ。オレがケンカ集団であるフォワード組に放り込まれて、ズタズタの歯ぐきに鮮血を味わっていると、グラウンド中央に集まったバックス陣は、ダッシュとランパスに明け暮れて黄色い胆汁を吐いていた。それを見ると、オレはどうしても、やめます、とは口にすることができなかった。

 新入部員は6人となっていた。野生児・オータ、兵庫の寿司屋の息子・マッタニ、社長顔のダンナ松本(以上バックス)、なぜか先輩よりも年上の学者肌・三浦、寡黙のイケメン・成田、そしてオレ(以上フォワード)というメンバーだ。

 中でもイケメン・成田は、掛け値なしにわが同期のエースだった。寝てるんだか起きてるんだかわからないぼんやりとした目をしていたが、グラウンド上では心強い。筋骨隆々の肉体をターボ付きの俊足に載せて、黙々と先輩の巨躯に突っ込んでいく。しかもジェラシーを抱くのもおこがましいほどに容姿端麗。三浪して歳は食っているが、そんな経験も含め、ダントツの幹部候補生だった。

 また、バックスのオータは、ボールがそのへんに転がれば本能でどこまでも追いかけていく野人だった。犬のように足が速く、ワニのようにアゴが強く、ニワトリのように素直。それが部に調教されると、頼もしいバックスの切り札となった。

 寿司屋のマッタニは、ラグビーが好きで好きでたまらないという、ヘタの横好きだ。オレと同様に、最後までラグビーの細かいルールを理解することができなかったが、とにかく芝のグラウンドと楕円球とを愛し抜いたかわいいやつだった。

 ダンナ松本は、一応高校ラグビーの経験者で名キッカーだったが、重役出勤で練習の終わりぎわに悠々と現れたり、すっぽかしたり、さらには試合に遅刻したりという図太い神経の持ち主だった。しかもプレイ中での手の抜き方を熟知していたため、ちっともモテなかった。

 三浦は、成田よりもさらに浪人を重ねた苦労人で、わが部では数少ない知性派だ。ところが春期早々、道路でトラックの下敷きになってサイボーグ足となってしまったため、練習で顔を合わせたのは数えるほどしかなかった。

 オレは多くの同期生に恵まれた。ド素人どうし刺激し合い、図らずもお互いを磨くことができた。激しいケズリ合いはからだをつくり、ライバル意識は精神力をつくった。やつらがやるから、自分もやる。練習中のひとつひとつのプレイがなにを意味するかなど、オレたちにはどうでもよかった。ただ意地の張り合いが、オレたちの活動の原動力となった。

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