第10話

 イザークとカズヤの勧めで取り敢えず宿へと行き、二人が荷物を置いて身軽になってから冒険者ギルドへと向かった。

 大きめの建物の看板には鷲の紋章が描かれており、その下に文字で冒険者ギルドと書かれていた。

 この世界の識字率は低く、冒険者を目指して小さな村から来るものは文字が読み書きできない事が多い。

 その為、冒険者ギルドの看板は文字だけではなく紋章が描かれているのだ。

 もっとも、冒険者ギルドの紋章もそんなに有名ではないので、結局のところ人に聞いて到着する事の方が多いらしい。

 その辺の話をカズヤとイザークから聞かされつつの移動だった為、道を憶え切れたのか少し自信が無い。

 覚えていなければ、イザークなりカズヤなりにまた案内してもらえばいいやと志希は思い直して、先を歩くイザークの背中を追いかける。

 カズヤもイザークも志希の歩調に合わせて歩いてくれているのだが、何時までも気を使わせるのも悪いと志希は思うのである。

 この先の事を考えても、甘え倒す様な事ばかりしていては己の成長が見込めない。

 ならば、多少無理をしてでも彼らに合わせる方が良いだろうと言う志希なりの考えであった。

 ひょこひょこと足を引きずりながら志希は扉をくぐると、少し呆れた表情を浮かべたイザークとカズヤが志希を見る。

「え、何?」

 志希は何故そんな表情をされなくてはならないのかと、思わず問いかける。

「いやぁ……なぁ」

 カズヤは何とも言えない表情で

「言いたい事はあるが、先に登録を済ませた方が良いだろう」

 イザークは若干棘のある声で、志希を促して受付へと歩いていく。

 受付には、人当たりの良い笑顔を浮かべる女性が座っている。

「イザークさん、どの様な御用でしょうか?」

 志希の直ぐ横に立つイザークに、女性は問いかけてくる。

「こいつの冒険者手続きに来た」

 イザークは若干不愛想に答え、志希の背中を押す。

 言われた女性は少し驚いた様に目を見開き、次いでにこっと微笑む。

「わたし、てっきりカズヤ君が連れて来たとばかり思っていたわ」

 女性の言葉に、カズヤが若干苦い表情を浮かべる。

「オレ、いっつもそんな事してましたっけ?」

「してるじゃない! 道に迷った冒険者志望の子を案内する事、あなたが一番多いのよ?」

 くすくすと女性が笑いながら、カズヤをからかう様に見る。

「からかうのは良いが、さっさと審査を済ませてくれ」

 イザークの少し不機嫌な声音に、女性ははいはいと頷きながら志希に向き直る。

「それじゃ……名前と性別、種族を言いながらここに書いてくれる?」

 女性は羊皮紙と羽根ペン、インク壺を示して言う。

 志希は頷いて書きだそうとするが、むっと眉を潜める。

 文字の読み書きは出来るのだが、実際するのは初めてだ。

 しかし、それ以上に自分の種族と言うものをどう明記するかに困ったのだ。

 志希のその迷いに気が付いたのか、イザークが志希の耳元に顔を近づけ、囁く。

[人間と明記しておけ。珍しい目の色や髪の色だとしても、それが一番無難だ]

 イザークの低く、艶のある声が耳元で囁く事に、志希の膝が一瞬萎える。

「あっ、大丈夫!?」

 受付の女性が心配そうに声をかけてくるのに、志希はコクコクと頷く。

「だ、大丈夫です」

 志希がそう言うが、カズヤが椅子を持って来て志希を座らせる。

「疲れてるんだろ。椅子に座って、書いた方が楽だぞ」

 カズヤの勧めに、志希は素直に頷き座るが、若干顔が赤い。

 志希は恥ずかしいやら悔しいやらと言った心境だが、それを言った所でイザークの身体的特徴なのだから苦情を言うのは筋違いだ。

 親切に助言してくれた事を思えば、文句を言うよりもお礼を言う方が適切と言うのもある。

 なので、少々憮然としながらも羽根ペンで自身の名前と性別、種族を羊皮紙に書いていく。

 受付の女性は志希の文字を書く少々ぎこちない手つきを見ていたが、羊皮紙に書いたその文字に安堵した様な笑顔を浮かべる。

「はい、合格よ。字の読み書き、どこかで習っていたのかしら?」

 受付の女性の言葉に、志希は不思議そうな表情をしてから慌てて頷く。

「は、はい」

「そう、幸運ね。読み書きできなかったら、一月はそちらの学習に時間を取られて冒険者証を貰えないのよ」

 彼女の言葉に頷きながら、志希はこの世界の常識を改めて思い出す。

 読み書きができなければ、張り紙などを読む事が出来ないし書類にサインをする事も出来ない。

 パーティを組んでいればリーダーがその辺りをやってくれるが、何時までも人に頼り切りにするのも良くないだろうと言う話で、冒険者志望の読み書きできない人間にそれらを教えると言う授業が組まれる事となったのである。

 この授業を受けてからでなければ、冒険者証を発行してもらえない。

 依頼人との契約確認の際に文字が読めなければ、自分に不利な条項などが盛り込まれている事に気が付かず、騙されてしまう事もありえるのだ。

 自分の身を護る為の手段の一つでもあるし、余計な騒動の種にならない様にという配慮もある。

 心身ともに身を護るための手段の一つとして、存在するのであった。

「それじゃ、冒険者証の説明を始めるわね」

 少々ぼんやりしている志希に、女性はそう声をかけてくる。

「あ、はい。お願いします」

 いちいち自分で思い出すのが面倒くさかったので、志希はありがたく説明を聞く事にする。

「冒険者証は持ち主のランクを表していて、駆け出しは鉄の小さなプレートにあなたの名前や情報を書き込む事になるわ。書き込む情報はあなたが受けた依頼の達成率や犯罪歴、その他諸々よ」

 女性の言葉に、志希は頷く。

「ランクを表すプレートは鉄、銅、銀、金、白金の順番に高くなるわ。ちなみに、白金ランクの冒険者は現在居ないわ。十年前くらいまでは居たんだけど、ある国の窮地を救った事に寄る功績で、そのある国の王様になったの。一緒にパーティを組んでいた仲間達は、それぞれ神殿や国の重鎮になったりしたんですって」

 受付の女性の言葉に、志希は感心した表情を浮かべて頷く。

「あっと、ちょっと話が逸れたわね。それで、ランクを上げるにはある程度の依頼を受けてから、ギルドが出す昇進試験に合格すれば上がるわ。それで、ランクにあった仕事を斡旋するから、頑張ってランクを上げてね」

 女性はにっこりと笑い、ごそごそと引き棚を漁り始める。

「それと、冒険者証であるプレートは唯一あなただけの物です。紛失したりした場合、それなりの手数料を頂いてから再発行する事になります。また、偽造などは出来ない様に加工されておりますので、失くした場合は直ぐにでもギルドの方に手続きに来てくださいね」

 説明を続けながら女性は目当ての物を発見したらしく、いそいそと取り出してきた。

 それは細かな文様がびっしりと刻まれた二枚の水晶の板で、一目で魔道具だと分かるものである。

 更に引き戸から鉄の板を取り出して、一枚だけ置かれた水晶の板の上に置く。

 その鉄の小さなプレートの上に羊皮紙を置き、更にその上にもう一枚の水晶の板を置く。

 つまり、水晶の板で鉄のプレートと志希の名前が書かれた羊皮紙がサンドイッチされているのである。

「それじゃ、シキ・フジワラさんでしたね。この板の上に手を乗せてくれます?」

 女性の言葉に志希は頷き、恐る恐る水晶の板の上に手を乗せる。

 すると、水晶の板が発光して羊皮紙が燃え上がる。

 志希は驚くが、熱さが伝わってこないので手を引くのを我慢してそのまま指示を待つ。

「ん、上手く出来ましたね。これで、シキさんの冒険者証は完成です」

 志希に手を退ける様に指示してから、女性は水晶の板をはずして鉄のプレートを手に取る。

 表面には何も見えていないのだが、志希が受け取ると鮮やかに文字が浮き出る。

「これは、シキさんが持つ事でしか証としての役に立ちません。シキさんが触れる事以外に情報を読む為には、ギルドにある魔道具を使う事でしか出来ません。ですので、悪用される事はありません」

 志希は受付の女性の説明に、成程と何度も頷く。

「手続きは、これで終了です。では……これから先、どのようにして経験を積んでいくのかはあなた次第です。ランクに合わせた仕事をギルドは紹介していきます。ですが、一つ上のランクのお仕事も受けられますので、出来そうだと思いましたら受けて見るのも手です。ただし、失敗した場合はあなたの評価が下がりますので、きちんと自分の能力を見極めて依頼を受けてくださいね」

 真剣な受付の女性の言葉に、志希ははいと返事をして頭を下げる。

「ご教授、ありがとうございます。出来るだけ、自分の力で出来る物からやってみます」

 志希の真剣な声音に、女性はにこっと微笑む。

「はい。頑張ってください」

 女性の励ましに志希は頷いて、椅子を立つ。

 後ろで依頼を張りつけている木板を見ていたカズヤとイザークは振り返り、口を開く。

「終わったか」

「お疲れさん。取り敢えず、今日はこのまま着替えやら服やらを買いに行こうぜ」

 イザークの確認の言葉に被せる様に、カズヤは早口に予定を告げてくる。

 志希はきょとんとした表情を浮かべるが、カズヤはイザークと志希を急かしてギルドを出る。

 その直後、カズヤが志希に向き直って口を開く。

「シキ、大人しく受付嬢の話なんか聞く必要ねぇンだぞ。その辺は、俺達の方でも説明出来るんだから」

 カズヤの言葉に志希は戸惑った表情を浮かべると、イザークが苦笑する。

「先程、お前の受け付けをした女が居るだろう? 名はミラルダ言うのだが、新人相手に説明をするのが生きがいの様で、何時も話が長い」

 イザークの説明に、志希は納得してしまう。

 流れる様な説明は手慣れているのと同時に、ちゃっかり己の感想などまで言っていたからだ。

「ミラルダが相手だったけど、説明があれだけで済んだのは幸運だな。もし読み書きできなかったら、雑談交じりの説明を長々とされてたぞ」

 カズヤの心底嫌そうな言葉に、苦笑してしまう。

「でも、それは仕方ない事でしょ?」

 志希の言葉に、カズヤはそうだがと嫌そうに顔を顰める。

「まぁ、もう終わったんだから気にしないで。それより、服とか買いに行くんでしょ?」

 志希の一言に、イザークが頷く。

「そうだな。一応、冒険者として必要な物も買い揃えておかねばなるまい」

 そう言って、イザークはカズヤと志希を促して歩き出す。

 先ほどよりも少しだけ歩く速度が遅いのは、志希の靴ずれを慮ってだろう。

 無口で冷たい印象を受けるイザークが、意外と優しい事に気が付いた志希は小さく笑みを浮かべる。

 自分を殺した男だが、無差別に人を害する人間ではない。

 むしろ、他人に思いやりを抱ける人間である事に安堵する。

 無論、自分を殺したという事実が消えるわけではないし、それに由来する複雑な感情はある。

 だがそれでも、人間らしいイザークの一面は志希を酷く安心させるのだ。

 そんな志希の心境に気がつく事もなく、イザークとカズヤはどこの靴屋に行くかを相談していた。

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