第11話

 靴屋から始まり、服屋から道具屋、武具屋を巡って宿屋に戻ってきた三人。

 結構な荷物があったのだが、イザークが一人で軽々と持っている。

 志希はカズヤに付き添われて、部屋を借りる手続きをしていた。

 何でも人に頼り切るのではなく、自分で出来るようにしたいと言う志希の言葉を受けての事だ。

「部屋は二階だって」

 志希は鍵を受け取り、カズヤを伴ってイザークに声をかける。

「オレらの隣にある小部屋を借りさせた。なんかあった時には、便利だろ」

 カズヤの言葉にイザークは頷き、瞳で二人を促して階段を上る。

 先頭に立って歩くイザークの後ろを志希はついていき、その後ろを歩くカズヤは志希に色々と宿の説明をする。

「飯食う時は、さっきの食堂兼酒場に行けば良いぞ。飯代は別で、料理を持ってきた時に金を払えば良い。もちろん、外の他の食堂で飯を食うのも可だ。依頼を受けて外に出る時は、鍵を返しておくんだぞ。あと、大きな街には大概公衆浴場があるんだ。もちろん、この街にもあるぜ」

 カズヤの言葉に、志希は驚いた声を上げる。

「そうなんだ! 良いなぁ」

 志希の言葉に、カズヤは苦笑する。

「まぁ、料金取られるけど入りに行こうぜ。十日も体拭くだけの生活だったろ? 砦でも頭を洗っただけだったしな」

 カズヤの勧めに、志希は眉を潜める。

「でも……クルトさんに悪いし」

 今日の買い物代も含めた当面の生活費を彼から借りている事を考え、志希は遠慮するべきだと呟く。

 だがしかし、志希も女で現代日本人だ。疲れを癒す為に風呂に入って、さっぱりしたいという欲求がある。

「行くぞ。気になるなら、出世払いで俺が出してやる」

 イザークが志希に言いながら、二階廊下の奥の部屋の扉を開く。

「そうそう。女の子なんだから、綺麗にした方が良いって」

 カズヤは志希の背中を押して、部屋へと入る。

「基本一人用は高いんだけど、この部屋角にあって狭いから安くなってんだ。荷物置くのにちょっと苦労するかもしれねぇけど」

 カズヤの説明に志希は成程と頷いていたが、イザークが荷物を床に降ろしたのに気がつき慌てて頭を下げる。

「イザークさん、ありがとうございました」

 お礼を言う志希に、イザークはやや不機嫌そうな表情で口を開く。

「礼を言うより、それを止めてくれた方がありがたい」

 イザークの突然の言葉に、志希は戸惑う。

 そんな彼女の様子にカズヤは苦笑しつつ、頭を振る。

「オレらの事、さん付で呼ばなくて良いし敬語もいらねぇって事だよ」

 カズヤの台詞に、志希は更に困惑してしまう。

 色々とお世話になって、助けられているのだから当然のことだろうと思っているのだ。

「同じ冒険者の仲間だ。堅苦しくする必要はない」

 イザークはそう言って、志希を見る。

「……わかり、分かった。ありがとうイザーク、カズヤ」

 志希のお礼の言葉に、二人はうむと頷く。

「そんじゃ、シキも風呂入る準備して来いよ」

 カズヤはイザークを連れて、早々に部屋を出て行く。

 志希は気を使ってくれたカズヤに苦笑してから、荷物の一部を解いて着替えの下着と服を取り出す。

 今日、二人が案内してくれた店では女性用の服と下着が売っていたのでかなり助かった。

 明日になったら、カズヤからずっと借りっぱなしの服と下着を洗って彼に返そうと思いつつ着替えを袋に入れて部屋を出る。

 部屋に鍵をかけてから酒場へと降りると、カズヤとイザークがカウンターの席に座って待っていた。

 志希に気付いた二人は椅子を立ち、カウンターの向こうに二三声をかけてから志希を連れて宿を出る。

「んじゃ、行こうぜ」

 志希は頷き、二人に並んで歩き出す。

 そろそろ昼を回る時間で、比較的人が少ない街並みを見て歩く。

「シキ、珍しいのは分かるが前を見ろ」

 イザークが見かねたのか、そう声をかけてくる。

「前をきちんと見て歩かないと、変なのにぶつかって絡まれるぞ」

 カズヤは苦笑しながら注意してくれたので、志希は頷いて前を見る。

 それでも見慣れない街並みは珍しくて、ついよそ見をしながら歩いてしまう。

 本当に中世ヨーロッパ的な町並みは、現代日本人の志希にとっては珍しいとしか言いようがない。

 この様な町並みを現代で見られるのは、文化遺産として街そのものを保護されている場所くらいだろう。

 そんな古めかしい街並みを、やはり古めかしい服装を着た人々が歩いている。

 今自分が着ている服も古めかしく、飾り気のない実用的な物だ。

 おしゃれ等、冒険者や一般庶民にはほとんど縁のないものなのだろう。

 そんな事を考えていると、カズヤがぐいっと志希を引っ張る。

「危なっかしいから、ここ歩けよ」

 そう言いながらカズヤは、イザークと一緒に志希を挟んで歩く。

 左右を男性に挟まれた志希は何となく威圧感を感じる訳なのだが、心配しての行動なのは理解しているので大人しく歩く。

「そうだ、シキ。首都やそれなりに大きい街は上下水道が完備されてるんだぜ。だから、中世の欧州みたいな街並みでも臭くないって訳だ」

 と、カズヤが徐に言い出す。

「ああ、実際中世の頃のあっちって凄い不衛生だったらしいもんね」

 志希はカズヤの言葉にうんうん、と頷く。

 中世ヨーロッパには下水道など無く、糞尿垂れ流しで放置していたのである。

 お陰で街全体に悪臭が立ち込め、物凄い不衛生であった。

 無論、疫病が流行ったのもそのせいとも言える。

「そうそう。上下水道を広めた人には、マジで感謝だよな」

 カズヤの言葉に、志希もうんうんと頷く。

「そう言えば、クルトから上下水道を作った人間は異世界人だったらしいと言う話を聞いたな」

 イザークが思い出したように呟く。

「え、マジで!?」

 カズヤが思わず問いかけるが、志希は普通に頷いているだけだ。

「クルトから聞いた話は、だ。詳しく聞きたいのなら、奴に聞いてみれば良い。それより、着いたぞ」

 イザークの言葉に、志希は前を見る。

 目の前には、冒険者ギルドよりも大きな石造りの建物があった。

 扉を開いて中に入りながら、イザークは志希に言う。

「この時間帯は人が少ないからな、シキでも安心して入れるだろうが……あんまり目立つ様な入り方はするなよ」

 イザークの言葉に、志希はコクコクと頷く。

 言われて思い出したのは、額と右手にある『神凪の鳥』の証。

「分かってる」

 志希の返事に、イザークは若干不安そうだ。

「おっちゃん、男二人に女一人」

 カズヤはさっさと受付に座る男の元へと行き、料金を支払っている。

「あいよ。こっちが男二人の札とタオル、こっちが女一人分の札とタオルだ。使い方は、わかるか?」

 男の問いかけに、カズヤは志希をよぶ。

「シキ、説明聞いとけ」

「あ、うん」

 イザークと見つめ合っていても仕方が無いので、志希は大人しくカズヤに返事をして説明を聞きに行く。

「この札は、お前さんの荷物を入れるつづらの鍵を兼ねてるから失くすなよ。で、このタオルは風呂からあがって、体を拭くのに使うもんだ。こっちは、体を洗うのに使うとええ」

 男の説明に、志希はふんふんと頷く。

「中には石鹸が常備してある。ただし、髪の手入れなどに使う香油は中にある売り場で購入する形だ。小さな瓶で販売してるから、一つで三回分ほどは使える。基本安い香油しかないからの、他の物が欲しければ自分で持ち込んでくれ」

 これ以外には、湯船に入る前に体をお湯で流して欲しいとか、タオルを湯船に浮かべないで欲しいと言う日本では定番の注意事項を言われた。

 また、どうやらお湯が出る蛇口があるらしく、そこで体を洗う様にとも言い添えられた。

 それらの話を聞き終ってから、男女別の入り口から中へと入り、靴を札と同じ模様の箱に入れる。

 どこからどう見ても、日本の銭湯その物の下駄箱に志希は何とも言えない表情を浮かべてしまう。

 きっと、公衆浴場の元となった物を作った人は日本人だと思いつつ、志希は札と同じつづらを探して荷物を入れる。

 周囲を見回せば、売り場に居る女性以外は人が全く居ない状態であった。

 これからは、出来るだけこの時間帯にお風呂に入りに来る方が良さそうだと悟る。

 この時間帯を逃した場合は、深夜帯に来る事になるだろうと志希はひっそりと嘆息する。

 普通に接してくれている人たちが居るからか、自身の姿が人と言う種族にとって珍しい種類である事を忘れていた。

 街中でその視線を感じなかったのは、おそらく外套を頭から被っていたからだろう。

 良く考えれば、物凄く不審者だ。

 靴屋や服屋で感じていたなんと無く胡散臭いものを見る視線は、そのせいだったのだろうと今更気が付いた。

 志希は小さく溜め息をつき、外套を脱ごうとして小さな金属音を耳にする。

 いつの間にか、外套のポケットの中にお金が入っていたようだ。

 取り出して見ると、銅貨が二枚。

 丁度、香油を買う分のお金である。

「……カズヤかイザークが、気を利かせて入れてくれたのかな?」

 思わず呟き、頬が緩んでしまう。

 意外に世話を焼いてくれる二人に若干の申し訳なさと多大な感謝を抱きつつ、志希は銅貨二枚を握りしめて売り場に居る女性の元へと足を向けた。

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