第7話
テントの中に入ると奥の方に座るように促され、両脇をクルトとライルに挟まれた状態になる。
志希はがっちりと抑えられたその陣形に、逃げない様にと警戒しているのだろうと直ぐに気が付いた。
それはそうだろう。
正直、自分は怪しい。
怪しいがしかし、何故そんな人間を彼らは連れて帰ってきたのだろうと志希は不思議に思う。
思わずテントの中を見回すと、憮然としたカズヤと目が合う。
そこで、彼は口を開く。
「取り敢えず、水でも飲みながら話してくれ」
人数分の小さな器があり、その中には透明な液体がゆらゆらと揺れている。
中には水の精霊がいて、彼はタプンと液体を揺らす。
「はぁ、まぁ……取り敢えず、何からお話をすれば?」
志希は取り敢えず、何を聞きたいのを問う。
すると、イザークが口を開く。
「どこで俺が女を殺したのを見た?」
イザークの問いに、志希は小首を傾げる。
「人と妖魔がぶつかってるのが見えていた所。って言うか、私を背中から刺したのあなたじゃない」
志希の言葉に、イザークが片眉を上げる。
「大体にして、玄関出たら急に知らない場所で背中から心臓一突きされて殺されるんだよ? 信じられる!?」
イザークの表情を見ているうちに、志希の気持ちが高ぶってくる。
「刺されたと思ったら持ち上げられて、骨が刃に当たってすっごい痛かった! その上木にぶつけられるし!」
志希の声が段々と大きくなり、クルトが慌てて小さく何事かを呟いている。
詰られているイザークは、驚いた表情を浮かべて志希を見ている。
「シキ、もう少し声を下げろ!」
カズヤが慌てて志希の肩に手を置き、落ち着けと声をかけてくる。
「死の瞬間を、明確に覚えているのかね?」
珍しそうに、ベレントが問いかけてくる。
「そりゃもう、痛かったもん!」
志希は勢い良くそう答え、水を一気に煽る。
「その後は、あんまり覚えて無い。気が付いたら血塗れの布切れになった服を着て、髪の色も目の色も変わってた。ついでに、体つきもまるっきりね」
志希は器を見つめながら、呟く様に言う。
「へ?」
間抜けな声を上げるのは、カズヤである。
「君は、最初からその姿だったのでは?」
ライルの問いかけに、志希は頭を振る。
「違うよ。気が付いたら胸は一回り小さくなってるわ、体は随分と細くなってるわでびっくりだよ。元々は黒目黒髪で、カズヤさんと同じ様な感じだったんですもん」
志希はそう言って、肩を竦める。
「眼の色が変わっているっていうのはイザークさんから聞いていたんですけど、顔まで変わっているのかどうかはわかりませんけどね」
志希の言葉に少し考える様に眉を寄せ、カズヤは自身のウェストポーチから手鏡を取り出す。
「これ、俺が罠解除する時に使う鏡だ。結構はっきり映るから、見てみろ」
カズヤの言葉に頷き、志希は小さな手鏡を覗き込む。
イザークに言われた通り、眼の色は金に変わっていた。
だが、アルトの様な薄い金ではなく、やや艶を消した様な濃いめの金色だった。
少し、イザークの眼色に似ている。
そして顔の方は、志希の予想に反してあまり変わっていなかった。
自分と認識できる顔で、志希は安堵する。
若干幼い感じになって見えるのは、おそらく『神凪の鳥』として生まれたばかりだからだろう。
「あんまり……変わって無い」
物凄く安堵したように、志希は呟く。
「いやぁ、記憶にあるより若返っててびっくりした。カズヤさん、ありがとう」
志希は満面の笑みでカズヤに鏡を返し、カズヤは何とも言えない表情で志希を見ている。
この世界では、生き返る事は死体が損なわれていなければ出来る。
だがしかし、かなり高位の司祭が集まり、儀式を執り行わなければ蘇生の奇跡は使えない。
しかも、日数が経ち過ぎると儀式を執り行っても蘇生する確率が下がってしまうのだ。
どんな高位の冒険者であろうとも、司祭の伝手と大金が必要となる為、滅多に蘇生儀式は行われない。
「でも、シキが生き返ったって言うならそうだよね。君からは生きている人間の魔力が見えるし、何より……君の周りには精霊が多く集っている」
クルトはそう言って、水を飲む。
「私としては、シキさんの体を少し調べさせていただきたいですね。カズヤと同じ異界人だと言うのに、殺されて蘇生したと言うのはとても興味深い。姿形まで変わったと言うのも、とても気になる」
ライルはそう言いながら、志希をじろじろと見ている。
その視線に居心地の悪いものを感じて、志希は思わずライルから少し体を離す。
「ワシからは、疑う余地はないの。何せ神託が下っておる」
ベレントの一言に、皆一斉に彼を見る。
「シキなる娘、害す事ならず。だそうじゃ」
彼が落とした爆弾に、志希は頭を抱えたい衝動にかられる。
志希としては、『神凪の鳥』である事は隠しておきたいのだ。
だからこそ、世界の根底においての出来事を話さずすっとばしたのだ。
だと言うのに、志希の思惑など無視して神々は口を出して来る。
正直、勘弁願いたい。
「戦女神がそんな神託するなんて……」
驚いた様に呟くのはクルトで、志希は本当に勘弁して欲しいと深い溜め息を吐く。
そこに、低い声音が響く。
「俺も、特に疑う余地はないな。シキと言ったか……俺がお前を殺したという情景、確かにその通りだ」
イザークは、金の瞳を真っ直ぐに志希に向ける。
「それで、お前は何を望んでいるんだ?」
イザークの問いに、志希は息を詰める。
望む事など、それほどない。
生きていたいと言う事と、この世界を見て回ってみたいと言う事。
「……もう帰れないから、この世界で生きたい。この世界を、見て歩きたい」
志希は何も誤魔化す事も無く、自身の気持ちを口にする。
「だって、もう『藤原志希』は死んでしまったから。だから、『志希』になってこの世界を本当の意味で知りたい」
子供の様な志希の言葉に、カズヤが腕を組む。
「藤原志希、って名前だったからシキか。まぁ、その辺は良いんだけどよ……シキは何で、この世界の言葉を話せるんだ?」
カズヤの懸念らしき問いかけに、志希はきょとんとした表情を浮かべる。
「オレがこの世界に来た時、魔法使いのじいさんに会うまで全く言葉が通じなかったんだ。今はほら、勉強して覚えたからぺらぺらだけどよ。異世界人だって言うなら、その辺の謎を教えてくんねぇ?」
カズヤの真剣な問いかけに、志希は口を開く。
[この人達に教えないなら、話しても良いよ]
志希の言葉が、唐突に変わる。
今まで話していた言葉とは違う、カズヤが七年前から決して聞く事の出来なかった言語。
[マジで日本語かよ……]
カズヤもまた、日本語で応える。
クルトとライルは、いきなり違う言葉で話し始めた二人にぎょっとした表情を向ける。
「二人で、何の話をしているんですか?」
ライルの問いに、カズヤが難しい表情を浮かべて口を開く。
[こいつらは、信用ならねぇってことか?]
カズヤの問いに、志希は困った表情を浮かべる。
[信用ならないっていうか、今の時代の常識って言うか……そう言うのを知ってからじゃないと話せるか話せないか判断できない。でも、同じ国出身のカズヤさんだったら話しても良いかなって思ったのよ。だって、話を聞いてから判断して忠告してくれるでしょ?]
志希の思いがけない言葉に、カズヤはむぅっと眉を寄せる。
そこに。
[判断のしようが無いのであれば、話したくないと言えば良い]
と、イザークが二人と同じ言葉で口を挟んでくる。
志希とカズヤはぎょっとした表情で、イザークを見る。
[まさか、お前達が習得している言語だとは思わなかったが……我が家に伝わるこの剣に関する文献が、この言語を使用して書かれている。だから、俺はこの言語を操れると言うだけの話だ]
二人の驚いた表情にそう言い添えて、イザークは未だ背中に背負っている大剣を示す。
カズヤは成程、と言った表情を浮かべて頷く。
志希は志希で、渋面になる。
[……二人に話して、問題が無いって思うんだったら改めて話すよ]
そう言ってから、一つ深呼吸をして話し始める。
[死んだあと、何も分からないって言ったけどあれ嘘。私、死んでこの世界の根底ってところに流されたの。根底には世界を支える大樹と、魂が巡回する湖があった。そこの大樹で、『神凪の鳥』の男の子にあって、その子と同じ『神凪の鳥』として覚醒したの]
一気に話した言葉に、カズヤは眉間に皺を寄せる。
[なんだその……『神凪の鳥』って]
カズヤの問いに、志希は憮然とした表情で応える。
[『神凪の鳥』は、狭間の存在。精霊や人間より大きな力を持ち、世界に溶ける事も出来ず神になる事も出来ない中途半端な種族。魂の自我が洗い流される湖で自我を失わず、大樹に吸収される事無く目覚めた魂の事]
志希の説明に、カズヤは頭を抱える。
[うおぉ……混乱する! 神学者じゃねぇから、マジで想像出来ねぇよ!]
カズヤが身悶えする中、イザークは至って普通に志希の話に着いてくる。
[続きを]
しかも、続きを話せと促して来る。
志希は少し呆れた表情を浮かべてから、気を取り直して話を続ける。
[で、私がこの世界の言葉を理解しているのは、自我を洗い流す湖に浸かったから]
志希の簡潔な言葉に、カズヤはぽかんと口を開ける。
[そんな事で……?]
カズヤの呟きに、志希は頭を振る。
[そんな事、じゃないよ。あの湖は、自我を洗い流して知識として蓄える場所だった。そこに浸かって、自我を失わないでいたからこそ私はこうして言葉を話す事が出来ているんだから。まぁ、それ以前にあの湖に行ってる時点で本当は終わってるんだけどね]
死んで流れついた先の湖で知識を蓄えても、自我が洗い流されたら役に立たないのである。
[ちなみに、異世界人も湖に流されるんだけど……基本的に、魂の流れに乗れなくて大樹に吸収されるから]
志希はあっさりと、死後の話をしてカズヤを嫌な気持ちにさせる。
[……お前なぁ]
じっとりとした瞳で志希を睨んでから、カズヤは嘆息する。
そのカズヤを他所に、イザークは志希の話を吟味してから口を開く。
[今の話は、する必要が無い話しだろう。むしろ、ベレントにはせん方が身の為だ。神官達にとって、死後の魂は信仰する神の御許に召されると教えられているからな]
イザークの言葉に、志希はああと返事をする。
[それ、本当ですよ。ごく一部の神に気に入られた人間の魂のみ、英霊として神の苑へと召されるんです。ていの良い手駒として]
志希は辛辣に、神に召された魂の行く末を口にする。
[信仰してもらって、力を貰って尚且つ手駒にするあたり、神ってえげつないですよねぇ]
腕を組み、うんうんと頷く志希をカズヤは何とも言えない表情で見る。
[それはその通りだが、あまり言ってやるな]
そう宥めるのはイザークで、しかも志希の言葉にこっそりと同意している。
何やら奇妙な表情の変化を見せる三人に、ライルが憮然とした表情で口を開く。
「いい加減にしてください。あなた達だけで分かる言葉で、会話をされては困ります」
ライルの言葉に、クルトが激しく首肯する事で同意する。
「何か重要な話なら、ボク達に聞かせてくれても良いでしょう!?」
クルトの憤慨した言葉に、志希は困った表情を浮かべる。
「重要ってもんじゃないよ。シキがどんな所から来たのかって話で、オレと同じ国から来たって事を納得しただけの話だから」
カズヤはそう言って、腕を解いて手を振る。
「そんな所だ。特筆すべき話は、特にない」
イザークもそう言い添えて、自身の剣を背中から外して自身の寝床の直ぐ横に置く。
「取り敢えず、話は色々と聞けたんじゃろ? それなら、今日はこの辺にして寝たらどうかのぉ。シキも生き返ったばかりと言う事じゃし、無理をすると体調を崩しかねん。蘇生後は、最低でも一週間は安静にしておかなくてはいけないからな」
ベレントの言葉に、成程と志希は頷く。
不満げな顔をしているのはライルとクルトだが、ベレントの言葉には一理ある。
「……分かった、そろそろ寝よう」
クルトもそう言って、志希を手招きする。
「毛布は人数分しかないから、シキには悪いけど今日はボクと一緒に寝て貰うよ」
クルトの突然の言葉に、志希が物凄く動揺する。
「い、いやっ! 恋人でもないのに、一緒になんか寝れないっ!」
志希は声を裏っかえして辞退するが、クルトは苦笑して頭を振る。
「大丈夫、変な事しないよ。アルフはいわゆる性欲って言うのが薄いから、人間とかより遥かに安心できるよ」
端正な顔に、優しい微笑みを浮かべてクルトは言う。
志希は真っ赤になりながら、小さく唸る。
色々と葛藤している姿に、イザークが口添えする。
「クルトは極端に異性にも同性にも興味が無い。何せ、とっくに枯れているからな」
イザークの言葉に、クルトの端正な笑顔が優しいものからどこか迫力を湛えるモノになる。
「イザーク……君はボクをなんだと思っているんだい?」
クルトの問いかけに、イザークは喉を震わせて笑い志希を促す。
「既に千を越えた、古いアルフだ。お前より年上の子供も数人いる、気にする事無く布団にしろ」
イザークの言葉に志希は何とも言えない表情を浮かべ、困り果ててしまう。
「基本的に、オレと同郷の女の子は身持ちが堅いんだよ。まぁ、でも……実際、クルトなら大丈夫だろ」
毛布にくるまりながら、カズヤもイザークに加勢する。
「女装したら、確実に美人だからな。ちょっと痩せた女だと思って、くっついて寝ると良いよ」
カズヤの言葉も酷い訳なのだが、クルトは憮然としたまま志希を引っ張り抱き寄せる。
「ボクも、昼間の戦闘で魔法をかなり使ってるから疲れてるんだ。ベレントやライルもそうだから、さっさと寝ちゃおうね」
不機嫌そうに言われた志希はコクコクと頷き、身体を固くしながらクルトの腕を枕にする。
ライルの呟きと同時にテント内は暗くなり、静かになる。
しかし、志希の眼には生命力をあらわす魔力が見えている為、とても明るい。
その明かりを頼りに、じーっとクルトを見ている。
アルフと言う種族は、端正な顔立ちをしている。
髪の色も明るい色合いが多く、クルトは金の髪だ。
眼の色はエメラルドで、中性的な美貌を持っているの。
これで身なりを整え、白馬に乗って現れたらまさしく王子様だろう。
もっとも、イザーク曰く千歳を超えているらしいのでアルフとしてはかなりの年寄りである。
そんな事を考えていると、つらつらとこの世界の人間と亜人の特徴が浮かんできた。
アールヴとアルフは、亜人の中で断トツの美形率を誇る。
と言うか、種族全体で美形しかいない。
アルフは儚い、如何にも妖精と言った美貌と容姿を持ち、精霊使いだけではなく魔術師としての能力が高い。
そもそも魔力が高いのだから、当たり前だ。
アールヴの場合は、どこか野性的で鋭利な美貌を持っている。
アルフとは正反対で、痩身でありながら筋肉でしっかりと覆われた肉体を持つ戦士としての適性が高い。
軽戦士や暗殺者と言った職業に向く上に、アルフと同じく魔法に対しての抵抗力が高いことも暗殺者としての適性が高いと言えるのだろう。
ドワーンはアールヴと比べると、重戦士に向いている。
大きな武器を振りまわし、アールヴよりも硬く頑強な肉体を誇っている。
また、手先が大変器用で美しい細工ものなど、そのほとんどが彼らの種族で作られていた。
冒険者になるドワーンの殆どが戦士ないし、神官を目指す事が多い。
人間はオールマイティで、能力としては特化している部分はない。
だがしかし、その繁殖力でこの世界を支配していると言っては過言ではない。
人間の次に多いのはドワーンで、アルフとアールヴはあまり数が増えない。
ドワーンは人間の三倍程の寿命を持つが、アルフとアールヴはほぼ不死と言われているからだ。
その理由は、老化が遅いと言われている。
アルフとアールヴの子供は人間と同じ速度で成長するが、青年期になると同時に老化が止まる。
その後、殺されるまでその姿を保ち続けるのだ。
人間とアルフの間に子供も生まれるが、ハーフアルフの寿命は親よりも短い。
それはハーフアールヴも同様なので、アルフとアールヴが元は同じ者だと言う証明である。
志希はそこまで脳内でさらっていると、欠伸が出た。
眼がしょぼしょぼしており、眠気に襲われ始めたのだ。
一日中目まぐるしく状況が変わったせいで興奮していたが、それなりに安心できる状況になったお陰で緊張の糸が切れた様だ。
志希は眠気に抗う事無く、クルトの細い体に身を寄せて目を閉じる。
安全だと本人も周りも太鼓判を押したのだから、それに甘える事にしたのであった。
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