第6話
ゴブリン達の焼死体があった場所から移動し、志希の知っている小川の上流らしき場所に辿りつく。
そこに乱立するテントの数から、どうやらここが人間側の陣なのだろうと推測できた。
志希は顔を隠す様にローブの帽子を被せられ、アルフの青年に手を引かれて歩く。
具合が悪い様に見せかける様に事前に言い含められていた為、志希はそれに従って俯いていた。
しばらく歩いた後、川縁に建てられたテントの中に案内される。
「お疲れ様。顔上げても良いよ」
アルフの青年の言葉で、志希は帽子を脱いで顔を上げる。
「明るい所で見ると改めて……凄いなぁ」
アルフの青年は、端正な顔を少しだけ緩めて呟く。
志希は何が凄いのかよくわからないので小首を傾げ、きょろきょろとテント内を見る。
テントはそこそこの大きさを持っており、六人入ってもまだ少し余裕がある。
その中で、盗賊のカズヤは自身の荷物をひっくり返して何か探している。
ドワーンの神官戦士はハルバートを置いて、首を回しながら口を開く。
「お嬢さんや、名前を聞いて良いかね?」
ドワーンの問いかけに、あっと声を上げる。
「そうですね、自己紹介まだでしたよね」
うんうん、と志希は頷いて頭を下げる。
「志希です。助けてくださって、ありがとうございます」
深々とした礼に、ドワーンは一瞬目を丸くしてから、笑う。
「何の、気にする事はない。ワシらは斥候が無いか見回りしていただけだからの」
そう言って、聖印を掲げてドワーンは名乗る。
「ワシは、戦女神ワキュリーを信仰する神官戦士、ベレントじゃ」
人好きのする笑顔で、ベレントは言う。
「私はライルです」
魔術師はそう言って、荷物をひっくり返しているカズヤの所へ行ってしまう。
「ボクはアルフのクルト、精霊使いだよ。カズヤ! いい加減にして、自己紹介済ましちゃいなよ!」
クルトはカズヤに声をかけ、彼は憮然とした表情で頷く。
「オレは、高橋和也。この世界に来たのは七年前で、十五だった。カズヤって呼んでくれ。どうせ、もう戻れねぇし」
日本人として、カズヤは紹介する。
何処かやけの様な口調だが、それでも礼儀正しく感じる。
「おい、自己紹介ぐらい自分でしろよ」
アールヴの男性にそう声をかけて、カズヤは再び荷物を漁り始める。
アールヴはカズヤの言葉に何処かだるそうにしながら、志希を見て口を開く。
「イザーク」
たった一言、自身の名前を名乗る。
志希はイザークの瞳を、また真っ直ぐに見る。
彼の金の瞳は、アルトの金の瞳とはまた違う色合いだからだ。
アルトの色は、金ではあったが薄かった。
イザークの金の瞳は黄金の様で、アルトとはまた違った色合いだ。
「見つめ合ってんじゃねぇよ! おい、シキだったな。あんた、これに着替えろ。俺の昔の服だけど、多分入るだろ。んで、胸潰しておけよ。ここは戦地だから、用心に越した事はねぇ」
カズヤはそう言いながら、志希に服を押し付けてくる。
「きちんとした話を聞きたいが、まずはあんたの身なりを整えるのが先だ」
カズヤの言葉に対する異論はないので、志希は受け取って頭を下げる。
「直ぐそこが川だから、そこでついでに体洗ってくると良い。イザーク、護衛代わりに着いていけよ」
カズヤの言葉に、志希が一瞬体を揺らす。
それを目にしたクルトが、志希の肩を叩く。
「ボクが行っても良いんだけど、襲われた時の人数が多いと役に立てないんだ。カズヤは盗賊だし、ベレントはこれからお祈りするから無理。ライルも荒事苦手だから……我慢、してもらって良いかな?」
クルトの言葉に、志希は頷く。
イザークは憮然としつつも、志希の護衛を特に嫌だとも言わずに黙って頷く。
口数が少ないのであろう彼に小首を傾げつつ、志希は再びローブの帽子を被って荷物を布で包み、イザークの先導で歩き出す。
小川に着いてから、イザークは見張りをする為に川に背を向けて座る。
そこから少し離れた所に着替えを置いて、志希はローブと服と言う名のぼろきれを脱いで川に入る。
先刻洗った事で、直ぐにでも汚れは落ちる。
水の精霊も手伝ってくれるので、体を洗うのは直ぐにでも終わった。
汚れを落としてから、カズヤが渡してくれた布で体を拭いて服を着替える。
手渡された物は全て男性用なので、少しぶかぶかである。
胸も潰す様に言われていたので、もう一枚渡されていた長い布で胸を潰して巻き、服を着る。
その上からライルに借りているローブを着て、身支度が出来たと小さく息を吐く。
「あの、終わりました」
イザークに声をかけると、彼は岩から立ち上がり振り返る。
志希はイザークを見上げ、闇の中に浮かぶ金の瞳を見る。
イザークは志希の視線に怪訝そうな表情を浮かべ、口を開く。
「何故、そうやって俺を見る」
イザークの問いに、志希はきょとんとした表情を浮かべる。
「いえ、綺麗な眼の色だなって思って。私、今まで見た事無かったんですよ」
志希の答えに、イザークは更に怪訝そうな表情を浮かべる。
「お前の眼の色も、金だろう?」
イザークの問いに、志希は目を瞠る。
「……本当、ですか?」
震える声で問いかけると、イザークは頷く。
志希は手を震わせ、目元を抑える。
酷く驚いたその表情と反応に、イザークは小さく眉根を寄せて口を開く。
「テントに戻ったら、ライルかカズヤに手鏡を借りて見てみろ」
イザークの言葉に志希は青ざめながら頷き、ローブの帽子を被る。
やや大きめの靴を履いて、先程まで着ていたぼろ布を濡れた袋に包んで持つ。
志希のその動作を見ていたイザークは眼だけで促し、テントの方へと歩き出す。
イザークの後を着いて歩きながら、志希は必死で目眩を堪えていた。
まさかとは思っていたが、眼の色まで変わっていた事に驚く事しか出来ない。
しかし、良く考えて見れば同じ『神凪の鳥』であったアルトの眼も金だったではないか。
『神凪の鳥』の種族としての色の可能性もある事を考えれば、驚く事ではないだろう。
そう考えはするが、元々黒目黒髪が基本の日本人である事を考えれば、どうしても違和感は拭えない。
髪の色眼の色と変わっているのなら、確実に顔まで変わっているだろう。
憂鬱な考えに思わずため息を零しかけ、ぐっと飲み込む。
今はそんな事よりも、これからの事である。
正直な気持ちを言ってしまえば、志希としては着替えも貰った事だしこのまま逃げ出してしまいたいのだ。
だがしかし、逃げ出せるかどうかは甚だ疑問である。
何せ、目の前に居るのは凄腕と言える様な雰囲気を醸し出すイザーク。
森に入って逃げても、カズヤやクルトの精霊使いとしての能力全開で追いかけられるような気がしてならない。
ベレントは全く気にしない気もするが、ライル辺りにも追いかけられそうで怖い。
下手に心証を悪くするより、大人しくして隙を衝いた方が良いだろうと結論を出してから、志希はなんだか悲しくなる。
助けてくれた上に、ずっと親切にしてくれている。
そう考えれば、もう少し信頼するべきなのだろう。
怖いのは、きっとこの世界に来てから直ぐ殺されたからだろう。
志希は小さく溜め息を零し、思わず口を閉ざす。
あまり溜め息を吐いていては、気分が悪いだろうと思ったからだ。
しかしイザークは全く気にする事無く、無言で歩いている。
その大きな背中を見て、気にして損をしたと志希は苦笑を零してついていく。
程なくイザーク達が使っているテントに到着し、志希はイザークと共に中に入るのであった。
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