第4話

 水辺を求めて移動していると、風の精霊が案内してくれた。

 何度も言うが、『神凪の鳥』は世界と神の庇護を受けている。

 それゆえか、精霊や神に属する存在は志希に好意的に接してくれていた。

 邪神、悪神と呼ばれる類のモノであろうとも、『神凪の鳥』には便宜を図ってくれるのである。

 無論、お願いした場合は当然見返りも要求してくるので基本的には頼るつもりはない。

 これはどんな神様であろうとも同じ事なので、基本対価を要求しない世界に属する者へのお願いの方が多くなるだろう。

 精霊は世界に属するモノなので、純粋な好意で案内してくれていた。

 どうやら志希の気持ちは周囲にだだ漏れらしく、歩いていると木から食べ物が落ちてきたりもする。

 木の精霊がお腹をすかせ始めた志希への気遣いで、分けてくれたのだ。

 赤く熟れたそれはリンゴで、志希はお礼を言ってから齧りつく。

 その間も足は水辺を求め、確実に歩みを進めている。

 リンゴを食べ終わったので地面を掘って埋め、そこから少し歩くと水の匂いとせせらぎの音が聞こえた。

 風の精霊に礼を言って、志希は足早に水辺へと駆け寄る。

 既に日が落ちて周囲は真っ暗なのだが、志希の目には昼間と同じくらい明るく見える。

 それは、生き物や精霊達が発する魔力の輝きが視えているからだ。

 いわゆる、精霊使いの特性として持っている【暗視】に近いものである。

 種族の特徴として有しているのはアルフ、アールヴ、ドワーンだ。

 もっとも、彼らには生き物が発する魔力の輝きではなく、いわゆる赤外線での暗視で暗闇を見る。

 この、美しい命の輝きが見られないのは可愛そうだなどと思いつつ、志希は無事水辺に辿りつく。

 小川が淡く輝き、水の精霊達が楽しげに顔を出し挨拶をする。

 その彼らに、志希は問いかける。

「悪いんだけど、体洗って良いかな? 全身血塗れで、気持悪いの」

 水の精霊達は歓迎するに飛びはね、了承の意を伝えてくる。

 志希はほっと安堵の表情を浮かべ、服を脱いで小川に足を入れる。

 少し冷たいが、震えが来るほどのものでもない。

 志希はそのまま小川の真ん中へと進む。

 丁度腿の付け根あたりまで水があり、体だけではなく頭も洗う事が出来そうな事に思わず笑みを浮かべる。

 髪の色は変わっても、長さが変わらなかった事は僥倖だ。

 異常に長かったら、洗うのも一苦労だっただろう。

 襟足より少し長い位の髪は、纏めるのに丁度良い。

 幸いな事に髪を纏めるのに使っていたヘアゴムは血で汚れただけなので、まだまだ使える。

 髪を解き、深呼吸してから川の中に潜る。

 ヘアゴムは手首に通して流されない様にしてから、頭をガシガシと両手で揉む様に擦る。

 これでこびり付いているであろう血が洗い流せると信じて、息が苦しくなるまで繰り返す。

 時折息継ぎをしつつ、志希は気が済むまで頭を洗う。

 それが終われば、今度は体だ。

 顔だけ水面に出し、水中で体を手でこすって汚れと血を洗い流す。

 水の精霊にはえらい迷惑だろうと思うのだが、彼らは何故か大喜びで志希の手伝いをしてくれる。

 どうやら『神凪の鳥』が珍しく地上に現れた事が嬉しいのと、それに遭遇出来た事に喜んでいるらしい。

 手伝ってくれるのであれば、有り難くそれを受け入れる。

 水の精霊達の優しい慰撫する様な洗い方に、うっかり寝そうになる。

 しかし、流石に水中で寝れば溺れてしまう。

 志希は彼らにお礼を言って小川から上がり、はたと気がつく。

「身体、拭く物無いなぁ」

 全身からぽたぽたと水を落としながら、志希はむっと唸る。

 着ていた服は殆ど血塗れで、これで体を拭いてもまた汚れるだけである。

 そもそも、着替えも体を拭く布も無い状態で体を洗った事自体が間違っている事に志希はようやっと気が付き、がっくりと膝と両手を着いて項垂れる。

「何やってんだよぉ……もぉ」

 半泣きで呟きつつ、これからどうするべきかを考える。

 これから徐々に夜も更け、空気が冷えてくる事は決定的だ。

 濡れ鼠の全裸状態で、森の中をうろつく度胸は志希に無い。

 選択肢は、一つしかない。

 志希は半泣きで、血塗れの服を着る事にする。

 その後は人がいる方向へと移動するのだが、用心しなくてはならない。

 妖魔との戦争中である事を考えれば、彼らはピリピリしているだろう。

 下手をしたら妖魔側の人間と思われる可能性もあるので、慎重に動かなくてはならないだろう。

 もし戦闘中であれば、どさくさに紛れて服を無償で提供してもらおうと思っていたりもする。

 無論、出来れば食料も欲しい。

 だがしかし、今は森の中に居れば木の精霊から食べ物を分け与えてもらえるのだ。

 人と接して傷つけられるよりは、森の精霊にお願いして分けてもらった方がまだ危険は少ないだろう。

 ごそごそとズボンを穿き、深い溜め息を吐く。

 下着もズボンも、殆ど布切れである。

 太腿も脹脛も、下腹部の部分もボロボロで辛うじて隠せている程度だ。

 あちこち布を結び、落ちないように補強してから歩き出す。

 ちなみに、靴は気が付いた時からなかった。

 髪を手櫛でまとめてからヘアゴムで一つにまとめ、志希は歩き出す。

 濡れたまま服を着たので気持ち悪さが倍増しているが、今は構っていられない。

 一刻も早く布と着替えを手に入れ、志希はもう一度体を洗いたい一心で移動を始めた。

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