Ⅴ.嘲り渦巻く恐怖の手記


***



ハムスターの寿命って何年だっけ?

飼い始めて、もうかれこれ10年経つけれど、僕のペットはいまだに生きてる。

素晴らしいね、いまじゃ、僕にとって唯一の家族。

我が家のペットを一番愛していた婆ちゃんはとうに亡くなった。

父さんは婆ちゃんが亡くなる前に自殺した。


“死”について考えた。


死人に口なしとはよく言うが。


美波が山の中で死んでいた。

僕にとっては強烈な出来事だ。

警察の発表では自殺だということ。

僕の手記を美波が公にした後だから、内容が自身にとって不都合だと考える人が彼女に手をかけたとしか思えなかった。

いまこれを書いている時点で、市地と波面多は僕に命乞いをしてる。

二人が、美波を殺したの自分たちだ、とやっと白状した。

僕は彼等と約束した。

正直に話せば解放してやる、と。

だけど、やっぱり美波のことを思えば許せない。

料理される前の生け贄。大家族が食卓を囲むほどの大きさの木の台にそれぞれうつ伏せにのせた。

手足を後ろに縛って、首から上の部分は台からはみ出させて宙に浮かせている。

久しぶりに会った市地。昔と変わらない吊り上がった細い目から涙が流れてたけれど。

同じく久しぶりに会った波面多。彼も昔と変わらない太った体躯がぷるぷる震えている。ゼリーみたいだ、と言ってウータは笑った。

まさか彼等が新財の下で働いているなんて思わなかった。

呪われた“11曲目”を聴かされて意識を失いかけた僕を死んでしまったと思い込んで、新財は面倒になることを嫌った。

そして新財は、市地と波面多に体を山奥の土の中に埋めさせたのだった。

そうした経験で、彼等は新財に買われ、直に新財の父親に雇われるようになったのか。

殺し屋として。

新財グループのドンである、新財権力にとって邪魔な人間を、二人は次々と消していったのだ。

そしてその内の一人が、美波になってしまったんだ。

これは僕にも責任がある。だから、彼女の無念を晴らすしかない。

さあ、この素っ裸の男二人をどうしよう。

相談を受けたウータは僕の耳に囁いた。『まず肛門に笛を入れてみれば?』

そっか。

昔、僕がそうされたように、二人にも同じ目に遭わせよう。


「やめてくれ!」


僕に注射された、全身麻痺状態の彼等は何度もそう言っているけれど。

“笛”という名の散弾銃の先をそれぞれ二人の肛門に。

引き金にピアノ線を結んで、天井にぶら下げた輪っかに通して。

線のもう片方にマグマのように焼けた3kgの鉄の塊。

それを彼等の口にくわえさせた。


「あっつ! あづづづづづあがあがががぶじゅじゅじゅううう」


言葉にもならない、二人。焼けた口から煙が上がり、肉の焦げかけた匂いが山小屋の中に充満した。

『ははは。変な声。もう行こうよ。』ウータは言った。

「そうだね」肩に乗った友だちに僕はすぐに応えた。

苔に覆われた木の扉を押し開けて外に出る。

良い天気だ。生い茂った緑の葉から木漏れ日が肌に柔らかい。

振り向いてみた。

大人10人ほどで満杯になる、杉の木で作られた山小屋。

開いたドアの向こうでは、市地と波面多が何かを訴えるかのように僕に向かって呻いている。

熱したフライパンを顔に押しつけられた後のように、彼等の皮膚は爛れ、目を真っ赤にさせていた。

彼等の目線が僕から離れない。

髪が熱で焼け焦げてちりぢりになっていくのがはっきりと分かる。

僕がドアに手をかけると、彼等の呻き声が絶叫に変わった。

『早く閉めなよ。』ウータは一言呟いた。

なんの戸惑いもなく僕は戸を閉めて山小屋に背を向けた。

次のターゲットに向かって足を早める。

しばらくすると、獣のような彼等の叫び声は連続した2回の銃声とともに消えた。


“あのセカ”を聴かされた日。本当の本当に、僕は僕でなくなった。


山に埋められたその日。僕はが握りしめていたメモ帳を剥ぎ取って美波に郵送した。


女の子の格好で。


まさか紀野美佳の大騒ぎした噂は本当だとは思わなかった。

だけど紀野美佳の噂話は少し違っていて、その女子高生は姿を消したわけでなく魂を抜き取られた、いわば仮死状態のカラダになってしまったのだ。

“あのセカ”の11曲目は、聴いた者の魂をカラダから離してしまう呪いの曲だった。

強制的に11曲目を聴かされた僕は、新財達に殺されたようなものだった。

カラダから引き離された僕は、永遠の眠りついたその女子高生のカラダに入り込んでしまったのだ。

そして僕は目を開けた。真っ白なシーツの下にいた。

真っ白な光が目に痛い。病室内だった。

彼女の家族は息の吹き返した娘を目の当たりにして泣いて喜んだ。

当然だろう。娘が蘇ったのだから。

だけど、彼女は彼女ではなかったのだ。

僕は、彼女の家族には自然に振る舞うように努力しながら、普通に女子校に通い、後に看護師になった。

おかげで麻酔と注射器を手に入れることに時間を要さなかったんだ。


『なに書いてるの?』ウータは耳元に囁いた。

山の麓まで来ると、歩き疲れて月の明かりで書いている新たな手記にウータは興味深げだった。

僕が、僕と同じく“あのセカ”を聴いた女子高生のことを話すと、ウータはこう言った。

『つまんないこのセカイから逃げ出したくて、私もあの曲を聴いたんだ。マンションの屋上の端の手すりにもたれて聴いてたから、魂が抜き取られた途端に私のカラダは地面に落ちちゃった。行き場を失った私は、アナタのお婆ちゃんと暮らしていたハムスターに乗り移ってしまったのよ。』

驚いた。

婆ちゃんが亡くなったことを隣町から知った僕は、かつて僕の住んでいたアパートに密かに入り込んでウータを連れて帰った。

魂の行き場? ・・・・・・僕は気づいてしまったんだ。

「じゃ、じゃあ、僕がいまいるこのカラダの子は?」恐る恐る聞いた。


『もしかして、彼女の魂はいつまでも彷徨ったままかも』


やっぱり。


早くしなくちゃ、気持ちが急く。


手記など書いている時間はない。


早く終わらせなければならない。


全てを終わらせて、このカラダを彼女に返さなければ。

































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