Ⅱ.嘲り渦巻く恐怖の部屋
『作り笑顔をみせて』
この言葉を思い返すと、美波は暗い気持ちになる。
どうして家族の誰にも相談しなかったのだろう。
学校では、虐待に近いほど凄惨なイジメを受けているのに。
親達にはなにも言わずに、彼は家の中ではただただ普通に振る舞っていた。
手記にある通り、彼の父親、野朝
だが世の流れは激烈に速くが如く伸吾朗の会社は乗っ取られてしまった。彼の一寸した油断だった。
達夫の母親、
だが伸吾朗が無職になってから、宮乃は手記の通り臨時の教師として働き始めたのだった。
ソーシャルネットワーキングサービスの新システムの開発への投資のため、伸吾朗は多額の借金をしていた。
持っていた株の売却益と、彼らの住んでいたマンションを売って作ったお金で借金の額を圧縮したがそれでも数百万は残っていたのだった。
ここまでが、美波の親から彼女が高校生の時に聞いたことだった。
達夫ら家族が引っ越しした直後は、美波は彼と電話や手紙で何度かやりとりしてはいたが次第に音信不通になっていった。
そしてこんなことも後になって判った。
イジメグループの一人である、リーダー格の新財
伸吾朗の会社を乗っ取ったのは、その強汰の父親であるということも判っている。
彼の名前は、新財
彼は現在、経済界ではかなり影響力のある新財グループの会長である。
新財の冷徹で、半ば強引な経営手法で、巷では総帥、
美波は、どうしても達夫のことが忘れられなかった。
確かに当時の風貌は、お世辞にもカッコイイと言えない。
だけど、顔を合わせることが多かった。
近所同士で、親同士での付き合いでしかも同じクラスだったということもある。
本が好きで。
心優しく妹思いで。
なのに中学生活の最期の1年間に行方をくらました。
美波は、小学校の卒業アルバムで達夫と一緒に映っている体育祭での写真の上にそっと手を置いた。
彼の手記。記された100ページ弱のメモ帳。
ページを捲り続けた手を止め、気になる部分に目を走らせる。
***
“あのセカ”の11曲目の噂。
最近、クラス中でそんな話題が持ち上がる。
と言っても僕に直接話しかける者などいないけれど。
新財達に呼び出しをくっている以外の時間帯に、休み時間の教室内で嫌でも耳にはいる。
“あのセカ”というのは3人編成のポップスバンドである、
“まだみたことのないあのセカイ”
という名称の略。
長いバンド名だね。
だけど、若年層からミドル層まで幅の広い多くのファンがいる。
デビューして何年も経ち、アルバムも10枚以上出してると思う。
不動の人気を誇っているけれど、何故か1stアルバムが今になって話題なっている。
アルバムタイトルは、バンド名と同じ。
そのアルバムには10曲までしか入っていない。
だけど、アルバムを全曲通して30回聴き通すと、10曲目後にあるはずのない11曲目が流れるらしい。
その曲を最期まで聴いた者の背後に、“恐怖のお迎え人”が現れるとのこと。
その者はお迎え人に闇の世界に引っ張り込まれて永遠に戻ってこられない。
なんて。
馬鹿馬鹿しい。
これってよく言う、都市ナントカってやつ?
まず、誰が30回も連続で聴くっていうんだ?
それにその現場を誰が見たんだ?
ありえないよ。
君もそう思わない?
紀野美佳なんて、自分の席で仲間の女子3人に囲まれてそんな話を休み時間にずっとしてるよ。
隣町の女子生徒が実際に聴いて、フッと姿を消したってさ・・・・・・
***
サイアクだ。
ジゴクだ。
でも、うっすらと予想はしていた。
日曜日の早朝。
新財達に呼び出された。
場所は新財の家。
彼の家に行ったのは初めてじゃない。以前にも書いたように、彼の部屋にタバコや、万引きしたいかがわしいDVDとか持って行かされた。
それにしても、新財の家は以前は賃貸の一軒家だったのに、いつの間にか敷地の広い豪邸に引っ越している。
知らない間にお金持ちになった、新財の家。
彼の部屋は離れにある。
部屋の広さは、僕ら家族が住んでいる2DK部屋の広さ分は優にあった。
言われたとおり、タバコとジュースを両手に持って彼等の待つ部屋に入る。
果たして市地と波面多がいた。
「おせーじゃねーか、ああ?」と、市地が糸のように細い狐目をさらに吊り上げる。
僕は、いつものように父さんに鉛筆やノートを買うと嘘ついた。
小遣いとして貰ったそのお金で、新財達のタバコやジュースを買ったのだった。
タバコは、いつもの年老いたお爺ちゃんのお店でしか買えない。
朝早くからやっているし。
お爺ちゃんには、お父さんのおつかいだと嘘をつくことに僕は毎回苦痛を感じる。
そのお店を経由すると、引っ越しした新財家まで回り道になってしまうのだ。
それで遅くなったと言った途端に、
「奴隷のくせして言い訳すんな!」
と新財に拳で頬を殴られた。
勢いで柱にアタマをぶつけてよろめいた僕を、波面多が、
「だっせ~」と叫んでブクブクに太ったカラダを揺らしていた。
倒れそうになった僕に鞭打つかのように、新財が僕の胸ぐらを掴む。
「おい、アサダチビクソっ! テメー、親に、今日は夜になるまで家に帰らないって、ちゃんと言っただろうな!」
痛みも恐怖も混ざり合って、僕は意志もなくウンウン頷いた。
そう。
新財達は、僕を一日監禁するつもりでいるのだった。
その時点では、何をされるのか僕には分からなかったんだ。
ほんと、何されるのだろう?
3人がタバコを吸っている間に、改めて部屋の中を見渡す。
20畳はあろうかと思うワンルームに、大型液晶テレビや冷蔵庫。
ゲームコントローラーのついたゴツゴツしたデスクトップ型PCには、なんとディスプレイが6面も立ち並んでいる。
トイレ、バスルームもある・・・・・・中学生の一人部屋とはとても思えない。
どうして新財の家は急にこんなにお金持ちになったんだろう?
新財強汰・・・・・・市地や波面多と違って、顔も背格好もイケメンの部類に入る。
女子にモテてしかも今はお金持ち、欲しいものは大体手に入ってるのだろうか。
あとはただ単に、憂さ晴らしで僕をおもちゃにして遊んでいる。
僕は彼等の言うことを聞かないと、もっと痛い目にあうのが恐くてすでに新財帝国の奴隷と化している。
新財の部屋に監禁されて、とくにそう感じたのだった。
突然、目の前のオーディオコンポが起動した。
後ろを振り向くと、新財がコーラ片手にコントローラーをこちらに向けていた。
「いつも買いものばかりさせている野朝君に、たまにはいい思いをさせてやるから」
何故か、わざとらしい抑揚のある言い回しで僕のことを口にした。
「そそ。お前も勉強でストレスたまってんだろ?」
波面多が菓子をぼりぼり食べ続けながらそう言った途端に、市田が僕の背後に立ってヘッドホンを被せてきた。
「今日は一日中音楽を聴かせてやるよ」
僕の頭上で市田は言った。
両耳の肌触りに柔らかな革製のクッションのような感覚を覚えると、しばらくして曲が流れた。
ゆったりとした曲調から徐々に速いテンポに変わっていく。
耳にしたことのあるポップス調の音階。
早口のヴォーカル。その歌い回しが最も特徴的なバンド。
波面多がのそりと立って、続いて新財も立ち上がる。
「お前、いまから『あのセカ』の1stを30回聞き続けろよ」
新財が僕に顔を近づけてそう命じたのだった。
あのセカ。噂の11曲目。
新財の息がタバコ臭かった。
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