ミツグオトジョ。(性描写有り)

chapter one: 堕ちた私

どうしよう。


どうしよう。


どうしようどうしよう。







日曜日。

ついにクレジットカード会社から、配達日を指定された内容証明郵便が届いた。

郵便局員から受取の印鑑を求められる。

念のため、どこから来たのか尋ねてみた。

答えを聞くと、私は真冬の風に吹きさらしになったかのように固まってしまったのだった。

あああ。出来れば避けたい現実。

「あ、あの、留守だったってことにしておいて」

私は上目遣いで太っちょの配達員にそう言った。

「はい。7日間経ったのち差出人に返送しますが?」

相手は見た目より優しい口調でそう応じた。

受け取らなければどうなるのだろう?

返金が滞ればいずれなんらかの郵便が届くだろうことは、すでにネットで調べたけれど。どうしよう、受け取った方が良いのか。じゃないと後々余計に面倒なことにならないか?

私の気持ちを察してか彼は続けた。

「でも居るのに、居ないことにして不在票を書くのはさすがに……」

その困り果てた表情に気が引けた。しかも汗で彼の頬がギラギラに濡れている。

6月中旬だというのに、ドアを開けたら熱風が吹きこんで来るほどに暑かったのだ。


仕方がない。


受け取った直後封を開け、去っていくバイク音を耳にしながら怖々と文面に目を走らせた。


『利用限度額まで借りておいて、指定された口座から引き落としが出来ない。再三の連絡にも拘わらずアナタはそれを無視して入金をしなかった。まだ返さないつもりか。指定された日までに返金なければ、出るとこに出て訴えてやるので覚悟しておきなさい。』


文面から堅苦しさを排除するとそんな内容だった。なんとも威圧的な。


うん、分かってる。可能ならすぐにでも返している。

でも、物事には順序というものがある。

お店から紹介された金融会社からあれよあれよと摘んでは、愛沙樹あいさき 翔也しょうやに貢いで。

その額は金利を合わせると500万円はゆうに超えたのだ。

紹介された金融会社からの取り立てはきつかった。

風俗で働くか? ・・・・・・自宅アパートだけではない、勤め先の学習塾にまで、相手は堅気とは思えないような濁声で電話口から何度もそう言った。

相手がその筋の街金だと知ったときは遅かった。

風俗で働く? 何されるの?

ネットで詳しいことを調べた。不特定多数のオトコ相手に裸でサービスをするということだった。

恐かった。翔也に会えなくなることと同じくらい。

だから親類に頭を下げたり、クレジットカードのATMで引き出したりしてなんとか返せたのだった。

だけど28歳にして貯金がゼロ。さらに、こうして返せない借金もまだ残っている。

コツコツと貯めたお金は、いずれ将来のために残しておくつもりだった。だけど、何に使うかは漠然と考えていたのだ。


結婚資金? いや、彼氏いないし。

開業資金? いや、商才ないし。

老後の生活資金? いや、年は取りたくないし。


それがいけなかった。人生設計についてもっと考えるべきだった。


そう。人生設計。


元は小学校で教鞭をふるっていたのに。

毎日毎日繰り返される激務が原因のストレス発散にと、同級生の看護師に薦められたホストクラブ。

最初は興味本位で。

だけど翔也にのめり込むと、底の見えない暗い坂道へどんどん転げ落ちていった。

そして。

いつどこで撮られたのか、あるゴシップ専門雑誌にホストに嵌った女性教師としてお店ではしゃぐ私がデカデカと載ってしまったのだ。

名前と顔は伏せられたけれど。

それにしても目の落ち窪むほどにネタに飢えた記者は、どんなつまらない事柄でも面白可笑しく書くものだ。

さらに、何処の愉快犯がどう調べ上げたのかは知らないが、もっと面白可笑しくするために記事をさらに真実化してネットに乗せた。

それが瞬く間に拡散し、私の実名や当時在籍した小学校まで世間に知らしめることになってしまったのだ。

犯人を見つけて告発しようと頭の隅では考えていたけれど、所詮私は小市民、相手は得体の知れない愉快犯。後の報復が恐くてただただじっと耐えていた。

そしてついに。これはこうあるべきだと、なんだか目に見えない圧力に負けて、私は聖職者である資格を社会に剥奪されてしまったのだった。


職を失ってしまった私は酷く落ち込んでいたけれど、空っぽだった私の心を満たしてくれたのはやっぱり翔也だった。

私は職を失う以前にも増して、彼の店に足繁く通ったのだった。その間に個人で経営している進学塾に講師で職に就いた。

翔也は二十歳はたちそこそこの若い男の子。切れ長の目に高い鼻。そしてスッキリした顎のライン。背丈のある、足が長く顔の小さいモデル並みに整った体型。

見た目だけじゃない。私の悩みをいつも聞いてくれる彼の姿はいつも親身で。

所々で、サリーなら大丈夫だよ、とか、サリーには俺がいる、だとか、サリーも辛いんだな、とかサリーサリーサリー・・・・・・と。

ああ、思い出すだけで彼に会いたくなってくる。

だけど、もうお金がない。彼と私を繋ぐモノはただ一つ。お金だ。

高いお酒をボトルで買う。お酒の飲めない私は、ただそれだけのことで翔也を喜ばせることが出来た。

だけど。

彼はボトルの買えない私から消えてしまった。

メールを打っても私の文面に既読すらつかない。電話をしてもいつも話し中のまま。当然向こうからの連絡は無い。


『ねえサリー。俺をお店のナンバーワンにしてくれる?』

ベッドの上。行為を終えると翔也は私に対してそう言ったのだった。

私は彼の期待に応えた。彼のために貯金の全てをお店につぎ込んだ。

そうこうしているうちに、いつしかお金が底をつき始め金策にまわった。

そんな日々を重ね、去年の12月末。

ついに私は昨年、彼をその年の売上ナンバーワンホストにした。

あああ。

私が居なければ、今年の彼にナンバーワンは難しいかも。

恐い借金取りとの精算は既に済ませたこともあり、またまた彼に会いたい病が始まった。

堕ちていくことは承知。今度こそは身をわきまえようと思う。

いまさら人生設計もないけれど。


彼に貢いでこその私だから。


と。そこまで考えて、フッと現実に戻った。

そう。最近はそうやって半ば無意識的に自分を慰めている。


翔也というオトコを知ってしまったから。

私はある意味不幸だ。


他のオトコが、たとえどんなに良くても。

翔也と比べてしまう。

彼等はどうしても見劣りしてしまうのだ。


イケメンが1000人私に振り向こうとも。

翔也の笑顔には誰も敵うまい。


ああっ。耳に息を吹きかけられて。

そのまま彼の舌先が私の首筋を伝う。

そして顎から這い上がって。


互いの紅の肉が、くちゅん、とくっつき会う時。


翔也の激しい息遣いが。


求めてる。求めてる。


彼が、私を求めてる。


サリー・・・・・・


サリーサリーサリー

サリーサリーサリーサリーサリーサリーサリーサリー


・・・あああっ! 


・・・・・・


(chapter two に続く)

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