chapter two: 彼の好み
指定された期日までに借金をどう返すのか、私は考えがまとまらないでいた。
1週間が経つ。期日まで残り2週間を切ってしまった。
それと同時進行で翔也への思いがどんどん強くなっていた。
彼とはずっと会えないままだと確信している。
だけど余計に妄想が膨らんでクラクラッとするのだ。
仕事中も不意にクラクラッと。塾の生徒に注意されるほどだった。
同級生で看護師の
仕事の終わった夜10時過ぎ。私は、帰宅につく準備をしている最中だった。
「久しぶりいー!」
彼女の声を聞くのは1年ぶりだった。しかも浮きだった声。繁華街にいるのか電話口からやたらと騒々しい音がする。
「
「え? 何いきなり?」
「彼氏と別れちゃってさ」
司は『あ、ハンカチ忘れた。』みたいな口調でそう言った。
「久々にぱあっと発散したくってさ」
「私はいま仕事終わったばかりなんだよ」
そう言って表情を歪めた。電話口を耳につけたまま学習塾を出る。
司のいる場所とは真逆であろう、全く人気のない夜の商店街。
何十メートルも続くシャッター街。いつ見てもゲンナリする。
よたよたと自転車を漕ぐ老人とすれ違った。ぽかんと開いた老人の口から、機関車のようにタバコの煙が靡いているのを横目に見る。
「なにも相手が私じゃなくても」
少しムキになって私は言った。自分の居場所も司の言葉も面白くなかった。
彼氏が出来た途端に司は私と遊ばなくなったくせに。
「え!? なによお! あたしらそんな仲じゃないじゃん!」
楽しげに話していたはずの司。突然怒ったのが意外だった。
「ご、ごめん」相手が感情的になると謝ってしまうのが私の癖。それがいいのか悪いのか私自身も分からない。
「もう! いいよお! あたし“Angel's CRY”に先に行ってるからね!」
え・・・・・・?
いま何と言った?
Angel's CRY!!
この店名を聞いた途端に、頭のてっぺんから足の指の先まで瞬時に火照った。
愛沙樹 翔也。彼の在籍する場所。
「幸実も翔也クンに会いたいんじゃないの? ・・・・・・あ、でも、そっか、幸実はとっくに一人で通ってたんだっけ?」
そう。司と一緒にお店に通ったのは、司に彼氏が出来るまでのほんの数回だった。
司は、ただ単にお店では発散したいだけだった。
だから特定のホストに入れあげず、ある程度まで遊んで満足して帰る。
私は違った。どんどんホストクラブに嵌っていった。
司に彼氏が出来て、ぼっちの私は翔也で心の隙間を埋めた。
彼はきっちり応えてくれた。私のして欲しいように。望み通りに。
司にとっては久しぶりの発散コースなのかは知らないが、私には兎に角重い。
そんなこんなで、携帯電話を握って黙ったままバスを待っていると。
「なーに。どうしたのー?」
「お金無いからいけないよ」
行ってもどうせ翔也に相手にされない。彼ほどのオトコを相手に出来る女子はリッチでハイソな人種なんだ。
「いいよお。私が
ん!? ん!?
一瞬。バチッと目が輝いたような気がした。
司のお金の使い方は、普段は羽目を外さずきっちりしているけれど。
たまに度を過ぎるほどに使うことがある。
奢る。これが彼女のキーワード。彼女のスイッチ。
彼氏と別れたことが引き金か。
友達の分までお金を出せるほどに、今夜の司は分厚い札束を手にしている。
普段の司は倹約家を気取ってるけど、使うときは思いっきり使い果たすタイプ。
記念日とか旅行とか。必ず理由がある。きっかけがある。
それは彼女との長いつきあいから分かっていた。
「あ、もうすぐお店に着きそうだわ」
「分かった。先に楽しんでて」
バスに乗り込みながら、私はそう言って電話を切ったのだった。
分かってる。
今夜は司のためだから。
それなのに。
移り変わる夜景を見る。
窓ガラスに映る私の表情はいつになくウットリしてる。
キラキラ輝く空間でイケメン達に囲まれる。
浮きだつような気分になるのは本当に久しぶりだ。
決まった。
いっぱいオシャレして。
お店に行こう。
だけど。
翔也は私のことなんか相手にしてくれないはず。
Angel's CRY
イケメンが何十人いるという超有名なホストクラブ。そんなお店で翔也は人気や売上を上位で争うほどの実力者。
私のことなんか眼中にもないだろう。
それに。
今夜は司の奢りなので私の好き勝手にできないし。
それに。
もし、翔也に困っていることがあれば私は私自身の手で助けてやりたい。
他人の稼いだお金に頼りたくない。
私が困っている時、支えになるのは翔也だったから。
私も、いつか彼の支えになりたい。いや。もうそんなことありえないか。
そう思いながらも、アパートに着くなり私は時間に迫られることに万力のような圧を感じながら、クローゼットから何着ものドレスを引っ張り出していた。
姿見の前で着替えては脱いで着替えては脱いで。
着るドレスが決まれば次は髪型で。長い髪をアップさせて清楚に大人っぽく。
ドレスは足を長く見せるためのハイウエストでぴちぴちのワンピース。
色はアイボリー。
目尻をキュッと引き直して。
どれもこれも翔也の好みだった。
(chapter three に続く)
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