第5夜 悪魔の店主と使い猫

私が魔女、満優に数百心の図書館で襲われてから2週間がたった。

あれ以来あの子は襲ってこない。

だけど。


「硝子、少し話があるんだけど。」

狂夢店の客席でビーズをいじっていた私に狂魔は真面目な顔で言ってきた。

「君は暫く狂夢店にこない方がいい。」

「え、なんで?」

「君は神臓として満優に目をつけらるたからね。また襲われるのは確実だし。」

「そんな...」

「満優。あの子自体は力はあまりないけれど満優の部下たちが物凄い魔力を持っているやつが沢山いるみたいたし、満優が力を蓄えているうちはそいつらが襲ってくる可能性がある。」

「新しい敵って事?」

「だから、満優がまた襲撃して、それを終えるまで君は現実の人間界に....」

「やだ!」

「硝子...」

「だってそれって狂魔と何日も会えないって事でしょ?そんなの嫌だ!」

「ぼくだって...!!ぼくだって硝子のそばにいたいけど、大事だから!」

「狂魔....わかった。」


それから学校に行っても友達に元気がないって何度も言われた。

胸がもやもやする。

いきなり狂夢店に来なくていいって言われても...寂しいよう、狂魔。





狂夢店-時眠りの姫君-


寂しい。

なんだろうこの感情。

今までずっと一人で店を開いて、ずっと一人で人の悩みを聞いて。

なんともなかったのに。

硝子がいないのが寂しい。

ぼくは店のカウンターの前でぼーっとしていた。

すると沈黙を破るようにコンコンという音が聞こえた。

「どうぞー。」

「お久しぶりでーす!店主様!」

猫耳に黒いスカート。

「お困りのようなのでお助けにまいりましたー!」

「久しぶりだね、ノアール。」

「はい。お久しぶりです。40年ぶりくらいですねー。」

「もうそんなに...」

「はいー!それくらいです。」

「で、何しにきたの?」

「えっとぉ、店主様が困っているって聞いたんで助けに来たんですよ〜。」

「誰からの命令?」

「蜜薔薇姫様です。」

「母上か。」

「余計な事したって顔ですね。」

「別に...」

「私、何かやることありますか?」

「特にはないよ。掃除でもしておいて。」

「そういうのじゃなくてもっと体をめっちゃ動かせる狂夢店の使い猫として働いてる感じのお仕事をください!」


いきなり現れたこいつの名前はノアール。ぼくの昔の使い猫。

人間と契約していないぼくに母上が授けた黒猫だ。

だが、幼いぼくはまだ狂夢店の店主として未熟だった。

ノアールはそんなぼくを、店内で暴走した客から命がけでぼくをかばってくれた。

その時にできた左頬と右足の傷は、未だに癒えないようで、そこには大きな絆創膏が貼られたままだ。

あの日から女の子を巻き込まないと決めたはずなのに...

「どうしましたか?」

ノアールがぼくの顔を覗いた。

「ノアール、ぼくは1人でも大丈夫だから。君も知ってると思うけど最近になって霊界の人体実験集団、ファウストハンドが動き出したんだ。これから厳しい戦いになる。」

「わかってますよ。だいたい、私はそのためにきたんですよ!」

「ノアール...」

「魔憑かいのお嬢さんを巻き込みたくないのなら私が戦います。私は店主様のためならなんでもします!...お代つきですけどねっ!」

そう言ってノアールはウィンクをした。

「ごめん。」

「ありがとうでしょ?店主様!」

それから彼女はくるり回転し、ぼくに笑う。

「では、さっそく彼らのアジトに潜入してきますねー!」

「え、そんな自らを危険にさらすようなこと...」

「大丈夫です!私を誰だと思ってるんですか?狂夢店の使い猫、ノアールですよ?任せてください。」

ノアールは倉庫の中に入り水鏡からファウストバンドのアジトに向かった。

「行っちゃった...。危ない事はしないでよね、ノア。」

ぼくは水鏡から彼女の行動を見守った。


「ここがファウストの基地ですか〜。さて、まずは入り口探しからね。」

ノアールはファウストハンドの城の前にいた。

「あらら。あんな高いところに。」

見ると入り口はなんと高い塔の最上階にあり、あては窓ガラスで覆われていた。

「どうしようかな〜。ていうかあんな高いところからみんなはどこから入ってるのかな〜。」

ノアールか周りを見るとファウストハンドの魔女達が自分達の魔法で宙を舞い、最上階の扉を目指していた。

「なるほどね〜。でも私、空飛べないにゃん。しょーがない!脳なしみたいで嫌だけど、正面突破かにゃ〜。」

どうせ見つかるくらいならと、考えたのか。

ノアールは1人の魔女の方へ走り、精一杯加速してジャンプした。

「ちょっと失礼。」

ノアールは飛んでいる魔女に近づき、魔女の持っていた小さなぬいぐるみを奪いとった。

「貴様何者⁉︎霊界動物なの!?」

「教えないっ!」

ノアールは魔女の体を台にして更に飛んだ。

「さて。使ってみますか。」

ノアールがぬいぐるみに力を込めると体が無重力のようにふわりと浮いた。

「わっ!すっごいにゃ〜。これで一気に上まで!」

ノアールは加速して塔の上まで登った。


ぼくから見てもわかるくらいの高さで。ぬいぐるみをしっかり抱いてないと体が震えるようだ。

ノアールは目を瞑り最上階まで飛んでいく。



「やっと着いたにゃ〜。魔女っていつもこんなことしてるの?」

扉を開けたノアールはつかつかと塔の中へと入っていった。

「まずはこの中の構造を知りたいんだけど...。」

あたりを見回すと壁には色々な武器が飾られていた。

「おっかないにゃ〜。」

ファウストハンドは人体実験を主に行う集団。被験体はあまり人目に晒したくないはず。

「という事は1番下の階?こんな高いところの最下層。きっとたどり着くのに苦労するにゃ。でも、ノアール頑張っちゃうにゃ!」

ノアールは最下層を目指し、下へ降りていく。だが、もう少しで真ん中という時に。

「明らかにトラップがあるにゃ。」

真っ暗で何もない部屋。

こういうのが1番おっかない。

「センサーかにゃ。何も見えないけど。」

一歩踏み出せば耳が痛くなるほどの警報音が響いてトラップが発動するかもしれない。

「どうしようかにゃ。」

ノアールは一瞬考えたが真っ暗な部屋を次の扉を目指して走っていった。

すると。

「誰か近づいてくるにゃ!」

まさか無音センサー⁉︎

「貴様何者だ!」

見張り役の男が叫んだ。

「まずっ!逃げるにゃー!」

「まて!」

男はノアールの尻尾を掴んで引っ張った。

「ちょっと!何すんの‼︎」

「知ってるぞ!お前狂夢店の使い猫だろう!何しにきた!」

「あんたなんかに教えにゃいよ!」

「ほぉ,..」

男は手からパリパリと小さな雷を生み出してそれを大きくしていった。

「くらえ!」

「(この距離じゃ死んじゃうにゃ!あれしかにゃい!)」

ノアールはぶつぶつと呪文を呟いて、叫んだ。

「エスケープ!私を時眠りの姫君へ!」

ノアールはファウストバンドの塔から抜け出した。




「いった〜い!」

ぼくの黒猫が帰ってきた。

「お帰りノアール。」

ぼくは水鏡から帰ってきたノアールに手を差し出した。

「ご主人様ただい...」


パァアアアン!

ぼくはノアールの頬を叩いた。

「何をするんですかご主人様!」

「黙れ!なんだあの様は!」

「え?どういう...」

「見てたんだよ!水鏡から全部!」

「.......。」

ノアールは頬を押さえながらうつむいた。

「水鏡は狂夢店の店主のみ、そこから霊界を覗ける。忘れたの?」

「すいません、ご主人様。」

「どうしたのノアール。昔はもっとしっかり仕事をこなしていた君があんなミスをするなんて。」

「だっ..だって...」

「言い訳はいらないよ。あのねノアール...」

「言い訳じゃないです。」

「は?」

「言い訳じゃにゃいよ。」

ノアールの声が急に怖くなる。

「ノア?」

「つまらないから!,..つまらないから!つまらないから!」

「つまらないからって何言ってるの!狂夢店の使い猫としてのプライドはどうしたの‼︎」

「ここの狂夢店の使い猫としてのプライドは捨てました。」

冷めた口調。

「ノアール、まさか君は、別の狂夢店に?」

「はい。そうですよ。」

「どこのお店?」

まさかなとは思う。でも。

「教えてくれる?」

ぼくが問いかけると。

「魔人形館。」

ノアールはそう口にした。

「そんなっ!なんで!」

魔人形館。霊界ではナイトメアと呼ばれる種族の者であるジョークラウストがやっている危ない店だ。

「なんでそんな店の猫に...!!」

「つまらないってさっきから言ってるんてすけど。」

「だから!そのつまらないってなんなんだよ!」

「殺せないから。」

「え...?」

「人を殺せないからつまんないんですよ。」

ノアールがノアールじゃない。

「そろそろ帰りますね。」

「ノアール...」

「私、店主様の事好きです。神臓のお嬢さんを守りたいって頑張ってるところも、こうやって私の事を心配してくれるのも。でも、そうやって優しいから...つまんない。」

「そんな...」

「バイバイ狂魔様。次に会う時は敵同士かもね。」

「ならなんで今回こんなことをしたの!?」

「ジョー様のご命令です。今の貴方がどんな様子か見て、ついでにファウストハンドの事も調べて来いって。」

「そんな...全部嘘だったの?」

「ごめんね。狂魔様。今の私はジョー様の使い猫、『人殺しの鬼猫』です。」

「ノアが...鬼猫。」

「ええ。では、失礼します。」

ノアールが水鏡に飛び込もうとした時。

「待って。」

ぼくはノアールの腕を強く握った。

「なんですか。」

「嘘つきは、処分だよ。」

ぼくは彼女に聞こえるか聞こえないかほどの声でそう言った。

「え?」

「肉を貫く感触は嫌いだけど、嘘つきは泥棒の始まりさ。ここにはたくさんの魔具があるから。盗まれたら困るしね。」

ぐちゃりと肉を引き裂く嫌な音を立て、ぼくはノアールの体に狂華水月を突き刺した。

「きょう...ま...さま...」

「うるさいな。裏切り者がぼくの名前を呼ばないで。」

ノアールの体からでたたくさんの返り血がぼくのスーツに染み込んだ。

「水鏡。この死体を魔人形館へ送って。」

ぼくは水鏡に彼女の死体を無造作に投げ入れた。

「あーあ。こんなに血で汚れちゃった。硝子には見せられないな。」


「どうしよう。」


この日、ぼくの中の悪魔の血液が増えた。






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