第4夜 ファウストハンド


霊界のどこか。

地下の部屋に響き渡る機械音。

時々、悲鳴。

それが繰り返される中で、彼女は笑った。


「どう?1人ぐらい「できた」の?」

「は!被験体1055「メイ完成であります!」

1人の男が少女に敬礼した。

「そう。で、その子はどこに?」

「今は地下牢に繋いであります。」

「ありがとう。実験は成功よ。私達ファウストハンドに失敗はないわ。」

「喜んで頂けて光栄であります、満優姫みゆうひめ。」


満優姫が地下牢へ向かう。

桃色のウェーブがかかった髪に赤色のドレスを纏い、継接ぎのたくさんある不気味なぬいぐるみを抱っこしている。

それが彼女の容姿だ。

美しいその姿は、このような生体実験の場には不似合いな格好だが、彼女はここの指揮官である。

「命くんこんにちは。貴方は私の1人目の家族よ。」

彼女が笑ってみせると命は怯えた顔で満優姫を見た。そして。

「痛かったよ!死にたかったよ!どうしてこんな身体にしたの!?」

命は満優姫に向かって泣き叫んだ。

「えっ!?命?」

「うわぁあああ!!」

命は手に入れた魔力を使い、牢屋を破壊するとその場から逃げ出すために走りだした。

「まって!どうして!」

満優姫が泣くその後ろに実験室の人間が立つ。

「姫。命は狂夢店に逃げ込んだむようです。」

「なんですって!?あの女の子供が店主の店?許さない!高雅と鈴を向かわせて!すぐよ!」


こうして運命が動き出す。




私、鏡硝子が狂夢店に来てどれくらいたったのかな。

季節は夏になっていた。

本当は友達と遊んだりしたりするべきなんだろうけど。

私は眠りについてばかりだ。

だって狂魔に会いたいから。


大好きな人に会いに眠る。

今日も眠るよ、君のために。


「あ、あれ?ここ、狂夢店じゃない。」

辺りを見渡すと、そこはいつもの店じゃなかった。

「ここ...本屋さん?」

なんで本屋さんなんかにいるの?

「夢合鍵、持ってきたよね?」

私は自分の胸元を調べた。最近はネックレスにして首からさげるようにしてる。

「ある。」

じゃあなんで?

とりあえず私はこの広々とした本屋を歩いてみた。

人がいない。店員も、誰も。

あれ?この感じどこかで...

そうだ。はじめて狂夢店に来た時と同じだ。

人がいないのに人がいるような感覚。

あれは狂魔だったけど、ここは狂夢店じゃない。

狂魔じゃない。

誰?

広い静かな空間。

無音が続くなか、いきなりバサっという音と共に何かが上から落ちてきた。

私はそれを手に取った。

「本..だよね。」

そう。それはただの本だった。

「なんで上から本が...」

私は上を見上げた。

すると天井にブラックホールのような空間が現れた。

「え?」

そしてその中から現れたのは、長髪の黒い髪に片目隠しの男の子だった。

薄い青色の瞳が宝石みたい。

「貴方は...悪魔?」

「ん?俺は死神だ。悪魔じゃないぞ。」

「貴方は誰ですか?」

「俺はデス•オー•クロック。霊界の人間は、俺を黒時と呼んでいる。ここは狂夢店だ。」

「え⁉︎」

私は思わすびっくりした声をあげた。

「狂夢店?」

「おい。狂夢店知らないって、お前鏡硝子だよな?」

「あ、そうですけど...。」

「貴様を助けてここに置いといてほしいと狂魔に頼まれたんだが。」

そこまで言って、すたっと上から降りてきた。

「狂魔は現在ある事について霊界の女王である自分の母親と話し合うために霊界に戻っている。」

「あ、そうなんですか。なんの話で?」

「なっ!お前何も聞いてないのか!?お前本当に狂魔の魔憑かいか⁉︎」

黒時君は驚いた瞳で私を見つめる。

「お前は狂魔の魔憑かいの神臓の候補の娘なんだろ!?あいつはそれを伝えるために魔手鏡だと危ないからと、霊界に行ってんだ!なんで何も聞いてないんだ!」

「そんなこと言われても...」

「まぁ、あいつの事だからお前に余計な事を考えさせないために言わなかったんだろうな。とりあえずこの場所の説明からか。」

黒時君は横にあった椅子に腰掛けた。

「ここは狂夢店で店主はこの俺、黒時で...」

「あ、あの!狂夢店てこういう夢の中のお店の総称なんですか?」

「そうだ。なんでそんな当たり前の事を知らないんだ!」

「私、狂夢店って狂魔がやってるお店の名前だと思って」

「ほんっとに何も知らないんだな。狂夢店はここ、「数百心の図書館」だ。ほかにあいつの店を含め、3個あるが俺の口からは語れない。だから本来、お前のドリームペアキーで行ける狂夢店の名前も教えられないんだ。すまんが狂魔に聞いてくれ。」

「は、はぁ。あの、私はいつまでここにいれば」

「む。そろそろあいつが帰ってくる頃だ。お前の店には戻れないから暫くここに...ん?」

「どうしたの?」

「音が聞こえる...竪琴みたいな。」

「竪琴?」

私と黒時君は耳をすませた。

聞こえる。

ポロンポロンと綺麗に鳴る竪琴の音。

「あの音は!いるのか満優!」

「満優?」

「ええいるわよ。目の前に。」

みしみしと空間が割れ、ブラックホールのようなところから桃色のウェーブに眼帯をした少女がでてきた。

あの子誰?

あのぬいぐるみ、なんか感じる... 。

「せっかく王子様のお店がからっぽだったから神臓の娘を殺そうと思ったのに。まさかこっちの数百心の図書館に逃げ込んでいたなんて、探すのに苦労しちゃったぁ。」

「神臓には指一本触れさせないぞ。」

「やれるものならやってみたら?出来損ないの死神に何ができるのかしら。」

私は一生懸命現在の状況を整理する。

私は狂魔の店とは違う狂夢店に飛ばされて、その理由は狂魔が大事な話し合いで霊界に行ったから。

今私の隣にいるのは狂魔の知り合いの死神、黒時君。

そして、目の前にいるのが神臓の候補である私を殺しにきた敵?

黒時君は私を守ろうとしてくれている。

「で、私はどうしたら...!」

「逃げんだよ!」

「わっ!」

黒時君は私の手をひっぱり思いっきり走った。

「させないわ!」

後ろから満優の声がする。

「くらいなさい!」

「え!?」

気づくと私の上に巨大な薔薇が逆さまにになって浮いていた。

「なにこれ..」

黄色の花粉が..,

「体が痺れる毒だ!」

勢いよく叫んで黒時君は私の体を安全な方にどけた。

「黒時君!」

黒時君は私を庇って毒の粉を浴びてしまった。

「くそ!体が動かない!」

「あはははは!貴方達もう終わりよ!消えなさい!」

床から飛び出した巨大な太い荊が私に向けられる。

「いや...助けて。」

体が震えだす。

「鏡硝子!逃げろ!」

そんなこといわれたって..,

どうしよう。体が動かない。

「さよならよ神臓のお嬢さん!」

荊が私の体に向かってくる。

「いや...助けて...助けて狂魔ぁ!!」

ザクッ...!!!

荊の切れる音。

「あ....」

「大丈夫?涙ぼろぼろでてる。そんなに怖かった?」

いつもの、意地悪だけど私の1番安心する顔。

「狂魔!」

「全く、ぼくの知り合いの中で1番頼れるやつだって思ったから任せたのに人間の女の子一人守れないなんて。役立たずの馬鹿時計だったんだね、黒時。」

「誰が馬鹿時計だ!」

「ま、いーや。立てる?黒時。」

自分の右手を差し出して黒時の体をたたせてあげる狂魔。

なんだかんだで優しいんだよね。

「悪いな役立たずで。」

「全く...君は硝子と遠くで見ててよ。この子の相手はぼくがするから。」

狂魔の瞳が満優を捕らえた。

「ぼくがやる?一人でくるの?随分頼もしい王子様ね。でも私に勝てるかしら。」

満優の荊今度は狂魔を囲むようにして現れた。

「さぁどうするの!?逃げられないわよ!」

満優の強気な声。

「別に。逃げないし。」

それに比べ狂魔は静かに笑う。

「ところで君のお名前は?あ、ぼくは知ってるかもしれないけれど霊界の王子、狂魔です。」

にっこり笑って余裕の笑みをうかべた。

「私は満優。ファウストバンドの指揮をとっているわ。貴方のお店に私の友達が逃げたみたいで探しているの。」

「作品?」

「ええ。実験に成功したから檻に繋いでいたんだけど逃げられてしまって。ねぇ知らない?店主さん。」

満優の毒々しい笑顔。

...,この子嫌だ。

「知るわけないか。貴方一時的にお店にいなかったみたいだし。ま、新しい友達ならまた作るわ。あの子は結局私の物にはならなかったし。」

「そうやって生き物の命を簡単に見捨てるのか。」

「ふん、その言葉。どっかの誰かさんにそっくりそのまま返してやるわ。」

「どっかの誰かさんて誰だ。」

「あら。知らないのね。クス...教えなーい。ちなみに貴方にも当てはまる言葉よ。だって...」

満優は狂魔をきっ、と睨みつけて。

「私の実験体だった命は貴方を求めて狂夢店に行ったの。」

「....!!」

「でも貴方はいなかった。あの子は行き場を失い彷徨い、力尽きて死んだみたい。」

「なっ...!!」

「そんなちっぽけな命も助けあげられないてよく狂夢店の店主なんてやってるわね。」

「てめぇ...!!!」

「何を怒っているの?お店を放っておいた貴方が悪いのよ?私にあたらないでちょうだい!」

荊はビチビチと不気味な音をたて加速し、狂魔の体を貫こうとした。

「無駄だよ。」

「え?」

荊は狂魔の前で回れ右をし、満優の方へ。

「荊が私に向かってくる!どうして...!!?」

満優はとっさに背中から自分の体の倍はある羽をだし、素早く飛んだ。

「危ないわね。なんなのいったい...どんな魔法を...!!」

「ぼくは悪魔だから魔女が使う魔法は使えないよ。」

「ではなぜ!」

狂魔は満優の質問には答えず、加速して空を舞う。くるりと体を回転させ勢いよく何かを振りかざした。

「貫け!狂華水月!」

狂魔の見えない何かは満優の持っていたぬいぐるみを彼女ごと貫いた。

「え...うそ。」

「なんでこの子が力の源だとわかったの!!」

「魔力はそこから流れた。それだけだよ。」

「なんでそんな事わかるのよ!魔力が漏れないように制御していたのに!」

「それがぼくの...悪魔としての能力だから。」

「むかつく力ね。...次こそはそこの神臓を殺してやる!」

最後にそう言い残し、満優は薔薇の花びらに包まれて姿を消した。

瞬間狂魔もすたっと地面に戻った。

「あー、疲れた。」

狂魔はふーっと息を吐いて私達の方を向いた。

「はい、終わり。」

「ありがとう、狂魔。」

私は一生懸命戦ってくれた狂魔にふわりと笑いお礼を述べた。

「ごめんね、こんな事になって。」

「ううん。平気。狂魔こそ大丈夫なの?」

「まぁ、ぼくにはこれがあるしね。」

狂魔は自分の持っている「あるもの」を、私達に見せるようにぶんぶんと振った。

...何もみえないけど。

「それなんなの?」

「剣、だよ。魔剣、狂華水月。ぼくの大切な剣。どんなのかみたい?」

「見たい!」

悪魔の剣。どんなのだろう。

「これだよ。」

狂魔の手元から少しづつ姿を表したそれは、刃の太い大剣だった。髑髏の印が入っている。

「かっこいいー。」

私が剣に目を奪われていると隣からぼそっと「悪趣味な剣だな。」と、隣の黒時君がぼそりと呟いた。

「黒時は魔剣持ってないの?」

狂魔が聞くと

「持ってない。魔剣を持つにはある程度魔力が強い霊界の者ではないと扱えない。俺はそこまで魔力げ強いわけじゃないからな。」

「ふーん。みんな扱えるもんかと思ってた。」

「お前むかつくな。」

「ま、とりあえず帰ろうか。」

「帰るって?」

「ぼくの店にだよ。行くよ、硝子。」

「は、はい!じゃあまたね!黒時君ありがとう!」

「もう2度とくるなよ。お前らがくると面倒くさいことがわかった。」

「ごめんね、ほんと。」

「ほら、帰るよ。黒時、水鏡はどこ?」

「書庫の中だ。」

黒時君は大きな本がたくさんある書庫の中を案内してくれた。

もともと店にたくさんあるのに書庫中にも大量の本がある。凄い。

「ほら、水鏡だ。」

狂魔の店と同じデザインの井戸が置いてある。

「さぁ帰るよ硝子。」

狂魔はそう言いながら私の体をひょいと軽く持ち上げた。

その様子を少し顔を赤らめながら見つめてくる黒時君。

「お前ら水鏡を通るたびにそんなことをしているのか...」

「え?ただ持ち上げてるだけだけど?」

照れる黒時君に向かってにやにやと笑う狂魔。私まで恥ずかしくなってきた。

でも狂魔に抱いて貰わないと水鏡通れないし。

「さ。そろそろ行くよ。」


気づくと狂魔の腕の中におさまったまま彼の店にいた。

「帰ってきたのね。」

「硝子、ごめんね。」

「え?」

「怖い思いをさせちゃって。」

心配と申し訳なさで、泣きそうな顔になってる。

「もう、へーき!」

私は狂魔の首に腕を回してぎゅーっと抱きついた。

「守ってくれたでしょ?大丈夫だから。」

私が言いながら狂魔の頭を撫でると静かに笑みをこぼす。

「あ、そうだ!」

「なーに?」

「私このお店の本当の名前知らないよ?教えてよ。名前あるんでしょ。」

「ぼくに不似合いなんだよね。単純にこの店の魔具がアクセサリーだからそれっぽい名前にしたんだけど。」

「へー。で、なんて名前?」

私がわくわくしながら聞くと狂魔は目をそらしながら

「と...『時眠りの姫君』って名前だよ。」

と呟いた。

「かっ可愛い!神秘的で綺麗だね!」

「気に入ってくれたの?」

「うん!あ!そういえば人間界何時かな!学校行かなきゃ!」

「人間界はもう少しで7時かな。」

「大変!学校に行かなきゃ!」

私は狂魔から降りて水鏡に思いっきり飛び込んだ。

遅刻しそうになった私はさっきまでの水鏡に入る恐怖をあっさりと克服した。



「硝子ー!まだ寝てるの?」

お母さんの声だ。

「今行くー!」

私は急いで階段を駆け下りた。

「遅刻するわよ!ほら、お弁当!」

お母さんが私のカバンにぎゅっとお弁当を押し込んだ。

「ありがとう。いってきまーす!」

「あ、硝子。」

靴を履く私にお母さんが後ろから声をかけてくる。

「あなた最近とっても楽しそうね。何かあるの?」

「別に、なんでもないよ?」

「そう。ふふ..」

「なんで笑うの?」

「幸せそうね硝子。好きな子でもいるの?」

「え!?」

「あら。その反応は図星かしら。」

「ちーがーうー!」

私はドアを開けて外にでた。

「好きな人なんていないよ!」

そうよ。いない。

いない?狂魔は?

いやいや。だってあいつ悪魔だし!人じゃないもん!

でも...あっあれ?

なんで私こんなあいつの事思い出してるの!?

やだ!誰かに見られたくない!


私は熱を帯びた顔を誰にも見られたくなくて急いで学校に向かった。

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