第2夜 友達と慈愛の傘
どこかの世界の空の上。
小さな少女が叫ぶ。
「だっだめだよ!地上に落ちたら怪我をしちゃうの!だめ!行っちゃうダメ!」
その後に聞こえるのは。ドタッ!という体が転がる音。
「うええぇえん!痛い!痛いのぉ!」
その子よりも小さな少女の声。
「だから言ったのに!怪我してる!」
「傷がしみるの!痛いのー!」
「ほら。泣き止んで!ね?」
「しみるのー!しみるのー!」
泣き虫の精霊レイニー。
カエルの霊界動物ドロップの親友レイニー。泣き止まないのはいつもの事。
でもこんなに泣いた事なかった。
もう2週間も泣き止まない。
本日、地上。雨。
私、鏡硝子は学校にいます。
「今日も雨...。なんでこんなに雨続きなのかな。」
この前席替えしたから窓側の席になった。雨の音がうるさい。
眠いよう。
私はたまらなく机につっぷした。
やばい...眠い...
「おい、鏡。起きろ鏡!」
ー先生が呼んでる...。起きないと。
「硝子?」
「え?狂魔!」
気がつくと私は狂夢店の客席用の大きな丸テーブルに座っていた。
「硝子、今学校で授業中なんじゃないの?」
「うん。そのはずなんだけど...。」
「
「私、寝てる。」
「いいの?」
「だめ。」
「帰りなよ。」
ふふ、と笑いながら私の頬をつねる狂魔。
「帰りまふ。」
そっか。少しでも寝るとこうなるんだ。
前に狂魔が私の夢は私の夢合鍵で狂夢店と繋がってるって説明してくれた。
あの場所はこことは違う世界だけど、夢合鍵を持つ事によって自由に行き来できるんだって。
「硝子ってば授業中ずっと爆睡してたよね。ありえないんだけど...」
「だって眠いんだもん。」
私は食堂の1番端の席で友達数人と食事をしながら反省文を書いていた。
私の通うこの高校は制服が緩い代わりに授業中に少しでも眠ると反省文を書かされてしまう。
私は右手にサンドイッチ、左手にペンを持って反省文を書き始めた。
「そういえば硝子って左利きなんだよね?」
「そうそう。でも左利きって頭いいとか言うよねー。」
そこまで言って私を見る数人。
「なによ。」
「別にー?」
どーせ、 私の成績はみんなより下ですよーだ!
昼休みも終わり、5時間目。
「しまった!」
「なーに!?」
「今度はお腹いっぱいで眠い!」
私が叫ぶと友人は静かにぽん、と私の肩に手をおいた。
「それで2回も反省文書かされてさらに宿題が増えたんだ。」
「そうなの。ありえない...泣いてやるんだから!」
「じゃあ泣けばいいのに。」
「なっ泣かない!狂魔はなんでそうやっていつも意地悪なの⁉︎」
午前零時。私は狂魔店にいた。
せっかく今日のこと愚痴ってやるって思ってたのに...
「ねぇ、なんで狂魔はそんなに私に意地悪なの?魔憑かいに選んだんならもう少し優しくしてくれたっていいじゃん...」
「十分優しいと思うけどね。」
「じゃあ泣けとか言わないでよ。」
「やだ。」
「なんでよ。」
「だってぼくは硝子の泣いてる顔が見たいんだもん。」
アクセサリーの形をした魔具を丁寧に拭きながらにっこりと笑う狂魔。
「だからなんでそんなに悪趣味なのよ!泣き顔好きとかほんと最近!そう言うこと言ってると一生彼女できないんだからねっ!」
私は店の端にある客席からそう言ってやったけど逆に狂魔は笑ってた。
「じゃあ、硝子がぼくの彼女になってよ。」
「えっ!なっ何言ってるの?」
私が頬を赤らめていると、店の外から幼いロリータ系のキャピキャピした声が聞こえた。
「すみませーーん!レイニーを!友達を助けてください!」
私が振り向くとそこにはカエルの顔を模したレインコートを被った小さな女の子が立っていた。
長いロングの三つ編みを左側からさげている。
「えっと、お客さんね。」
「わたし、ドロップス。ドロップス•フロッグ。カエルの霊界動物です。」
「へー。じゃあドロップちゃんでいいのかな?よろしくね。」
私が手を差し出すとドロップちゃんはその小さな手できゅっと力なく握り返してくれた。
かっかわいい!!
「おねぇちゃんがここのお店の人?」
「あ、違うの。私はお手伝いさんみたいなもので、店主さんは....」
「ぼくだよ。」
気づくとドロップちゃんの前にいる狂魔。ちゃんとかがんで目線を合わせてるのが偉い。
「お兄ちゃんがお願いを叶えてくれるお兄ちゃんなの?」
「目ぇまるいなぁ。泣いたら可愛いだろうなぁ。」
「え?」
「狂魔‼︎」
私は思いっきり狂魔の頭に肘鉄を食らわした。
「いたっ!なんなのいきなり...妬きもちきやくなら後にしてよね。 」
「ちがーう!」
私はもう一度同じところに肘鉄を食らわした。
「小さな女の子に泣き顔みたいなんて言うんじゃないの!」
「わかったよ。で、話ずれちゃったけど...」
あんたがずらしたんじゃない。
「君はここの何が欲しいの?」
「お、お友達が怪我をしたので、「しょーどくえき」と、「ばんそーこー」をください!」
「「え...??」」
私達は同時に疑問符をぶつけた。
「ドロップちゃんだっけ?」
「はい。」
「薬屋さんに行った方が早いんじゃないかな?」
「ここ、薬屋さんじゃないの?」
「違う。」
「じゃあ何屋さんなの?」
ドロップちゃんが首を傾げると狂魔は静かに口を開いた。
「ここは狂夢店。訪れた客に魔具を渡し、その客の手伝いをする店。君は友達を助けたいんでしょ。薬の他に何か欲しいものは?」
質問し、狂魔は金の瞳でドロップをまっすぐに見つめる。
するとドロップちゃんはゆっくりと口を開いた。
「大きな...とっても大きな傘が欲しい。友達のレイニーが泣き止まないの。」
「なるほどね。レイニーってのは雨の精霊か。...硝子。」
「なぁに?」
「人間界ってもしかしてずっと雨続き?」
「あ、うん。二週間くらいかな。」
「それはきっと雨の精霊のせいなんだ。雨の精霊が泣くと地上に雨が降るから。」
「え?レイニーのせいなの?レイニーが迷惑かけてるの?」
ドロップちゃんの泣きそうな声を聴いて私からドロップちゃんにバッと視線を戻す狂魔。
心配なんじゃなくて泣き顔が見たいんだろうな。
「レイニーが泣くからいけないんでしょう?」
「そうだよ。」
「ちょっと狂魔!」
「なに?」
「ひどい!」
「何が?」
「何がって...そんな小さな子に自分の友達が悪いだなんて..‼︎」
「本当の事だよ。」
「でもっ!」
その時だった。
ザァー....
「雨の音?」
私が窓から外を見ると静かだったそこから雨の降る音がした。
「え、嘘。さっきまで雲ひとつなかったのに...」
「まずい!」
狂魔が立ち上がり私の横から同じように窓を覗く。
「ここは生と死の都。人間界や霊界で起きている出来事がここに現れるわけがないんだ。」
「どういう事?」
「硝子、意識を人間界に戻して。ぼくも一緒に人間界に行く。」
「うっうん!ドロップちゃんこっち!」
私が以前入ったA倉庫の隣にはB倉庫という特別な倉庫がある。
そこには
そこに体を入れると狂夢店や霊界や人間界に行ける。いわゆるワープ装置。
私はここに入ったら溺れちゃうんじゃないかって夢から覚めるたびに怖くて、飛び込むのが何度やっても慣れない。
私が帰る時は狂魔が私を抱っこしてくれて私が目を瞑っている間に現実に戻してくれる。
「硝子行くよ。ドロップはぼくの背中にしがみついてて。」
狂魔は私を抱えてふわりと水鏡に入った。
気がつくと自宅の自分の部屋にいた。
私は左右を確認する。
「あれ?狂魔とドロップちゃんがいない。」
私が左右を確認する。
すると、
「起きるのが遅い。」
後ろから静かに狂魔が私の背中に足を乗せてくる。
「いっ..痛い!土足で踏まないで!女の子の背中に靴乗せるなんてありえない!てか雨は大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないよ、ほら。」
狂魔が、カーテンを動かすと窓の外にはさっきの何倍も増した雨が地上に降り注いでいた。
そして。
「嘘でしょ?」
街は海と化していた。
「どうしよう...」
「どうしようもこうしようもぼく達はこれを止めにきたんだ、やるよ。」
「どうやって?」
私が問うと狂魔は静かにドロップちゃんの方を向いた。
「ドロップ。」
「はい。」
「これから君にやって貰うことがある。傘を創るんだ。」
「え?ドロップが傘を創るの?」
「そうだよ。できる?」
「それって大きい傘の事?レイニー助けてあげられる?」
狂魔は無言で優しくうなづいた。
「やる!」
ドロップちゃんは力強く返事を返した。
「よし。時間がない。急いで慈愛の傘を作るぞ。」
「どうやって作るの?ドロップあんまり難しいことできないよ?」
「大丈夫。君がレイニーのことを大切に思っていれば大丈夫だよ。」
狂魔は自分の手からなんだかわからない丸い発光体を取り出すとドロップちゃんの前においた。ゲームにでてくる妖精みたい。
「これに欲しい物を願う。そうするとこれが形を変えてその人の欲しいものになる。レイニーを助ける傘、欲しいんでしょ?」
「うん。」
ドロップちゃんは光に顔をよせ、目を瞑り、思いをそれに集中させた。
「ごめんねレイニー。あの時私が止めていれば...お願い。レイニーを助けて!」
「きゃっ!」
発光体が更に強い光を放った。
「なに?」
私は目が開けられなくて、目を瞑ったまま事が終わるのを待つ。
「よし!ぬくもりの傘ができた!」
狂魔が言うとドロップちゃんの前には大きな傘があった。
「できたー!ドロップできたー!」
ドロップちゃんは立ち上がりその傘を持った。自分の身長と同じくらいの傘、簡単に持てちゃうんだ。霊界動物って本当に不思議。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう。ドロップもう大丈夫だから。レイニーを助けてくるね!」
ドロップちゃんは窓を開けるとふわりと浮いて空に登っていった。
「ドロップちゃん、行っちゃったね。」
「これでこの大雨も降り止む。よかったね、硝子。」
「うん。」
私はドロップちゃんが帰って行った空を静かに見つめた。
「あ、ドロップの魂の一部もらい忘れちゃったなぁ...。」
「取り忘れんじゃなくて取らなかった。そうでしょ?」
わたしが言うと狂魔は少し照れた顔をしていた。
「本当は優しいんだもんね。」
と私が微笑んだ直後。
「ところで硝子。そのパジャマ可愛いね。」
狂魔が私のクマさん柄のパジャマを見てそう言った。
「うるさーい!」
当然私はビンタだ。
「レイニー!レイニーどこ!?ドロップ帰ってきたよ!」
「ドロップ⁉︎何処にいるの?」
お互いは空の世界を探す。
「ドロップ痛いよう。ずっと傷が痛いの。助けて...」
ドロップは声のする方に向かい、見つけたレイニーの上に大きな傘を差した。
「あ...」
「もう大丈夫。泣かないでレイニー。これがあれば雨はかからないから。」
ドロップの優しい声。
やがて雨が止んだ。
「レイニー地上に行って遊びたかったのね?1人で勝手に行かないで私と一緒にいこ。」
ドロップはレイニーの頭を撫でた。
「ごめんね。わかってあげられなくて。」
「雨が止んで、全部元に戻ったけど。」
なんとこの世界におこった大雨事件を誰一人として覚えていなかったのだ。
私は気になって狂魔に聞いてみた。
「それはね、人間界と霊界の縁が切れたからだよ。」
「縁が切れる?」
「そう。今回はレイニーが人間界に雨を降らせることによって一時的に霊界人間界が繋がっただけ。事件が終わったから、みんなその事を忘れちゃってる。ただそれだけだよ。」
「ふーん。でもその方がいいよね。だって嫌な事は忘れたいじゃない!」
「硝子もそう思うの?」
事件が終わり明るい私の声とは逆に寂しそうな狂魔の声。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。」
私はまだこの時は知らなかった。
このあと私と彼の間にとても辛い事が起こるなんて...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます