願いの手紙

『その郵便箱に投函された願いは何でも叶えられる。ただし平仮名で書け』


 それはとある廃屋にまつわる謎めいた都市伝説だという。

 最近になって突然囁かれ始めた奇妙な噂は、瞬く間に広がっていった。

 だがそういった噂は得てして広がる内に間違いや誇張が含まれていくものだ。人によってどこの廃屋なのかすらバラバラな有り様、到底真実だとは思えない。

 だが流行りというのは勢いづくと止まらないところがある。

 廃屋どころか古いというだけで郵便箱に平仮名で書かれた願い事が突っ込まれるような家も現れた。迷惑な話だ。

 中には郵便ポストにそのような紙片を投函する者もいるようだった。郵便局員は困惑しているだろう。


 ガラス張りの低い机に両肘をつき、手のひらで顔を支えるようにして、悠は満面の笑みを浮かべていた。

 対面に座る直人は乗り気ではなさそうに目をそらしている。

「何だよ。じゃあわたし一人でやるし」

 口をとがらせる悠に、直人は大きなため息を吐いた。

「あのね、ハル。何でいつも自分から厄介事に両足ぶっこむの?」

 この幼馴染を相手にしているとため息の量が半端ない。僕のシアワセはどれだけ逃げていったのだろうと遠い目をして思う。

「棺桶なの首なの」

「どっちもでいい」

 間違えたわけでも何でもない。わざとだ。そんなところに突っ込まれてもまたため息が出るだけだ。

「大丈夫だって。どんな視線もないの確認して集めてきたんだから」

「何でそこまでして集めて回ってるの……」

「面白そうだから」

 即座に断言する幼馴染。テーブルの上には様々な紙片が無造作に散らかされている。直人は何度目かのため息を吐いた。

「それで? 何がしたいの?」

「もちろん願い事を叶えてあげるんだよ」

「……あのさ、何でもかんでも叶えたらいくらなんでもカミサマ的なモノに怒られると思うんだよね……」

「だからその選別をナオにしてもらいたいわけ!」

 選別。悠にしてはまともなことを言う。猪突猛進、何も考えず勢いだけで行動するのがこの女の傾向なのだ。……これでも少しは成長してきているのだろうか?

「……………………いいけど」

 幼馴染の成長への淡い期待と、元来お人好しなのとで、直人は嫌そうな顔をしながらも承諾した。

 悠は小躍りせんばかりに喜ぶ。

「ふっふっふ。せっかくだもん、何か役に立つことしたいじゃん!」

 この噂乗っ取っちゃえー、と言う悠はテンションが異様に高い。

「中にはありがた迷惑な人も絶対いると思うけどね」

 渋い顔で直人は紙片を漁った。

 誰それに想いが通じますようにとか、成績が伸びますようにとか、まるで七夕の短冊にかかれる願い事のようなものが、全て平仮名でかかれている。

 彼に恋愛沙汰の願いなどに関わる気は更々ない。それこそありがた迷惑のぎっしり詰まったジャンルだ。

 だいたい、何が楽しくて他人の願いなどに関わらなければならないのだ。

 中にはどす黒い思いの詰まったものもあり、直人は壮絶に嫌な顔をしてそれを『発火させた』。

 燃えたのは一瞬。灰すら残らず紙片は消滅する。

「短気だねぇ」

「お前に言われたくない」

 単に捨てるのではなくわざわざ発火させたのは浄化の意味も込めてだ。

 言ったそばから悠も紙片を一つ消滅させている。

「嫌な予感しかしないんだよなぁ……」

 ため息ばかりが口をつく。

「幸せ、逃げるよ?」

「……お前に言われたくない」

 同じ科白せりふに先程よりも力を込めた。

 だが悠が気にする様子はない。相変わらず機嫌良さ気に紙片を漁っている。

(そんなに楽しいのか)

 直人にも解らないことではない。今までずっと持ち腐れていたのだから。けれど幼い頃の苦い思い出が、どうしても彼に二の足を踏ませる。

「お。ねーねー、これ良くない? 『おもいでのえほんがみつかりますように』」

「……まず視てみなよ」

 言われて悠は紙片をゆるく拳に握って目を閉じた。

 しばらくすると、悠は優しい色をいっぱいに湛えた目を開ける。

「うん。とってもかわいい」

「じゃ、探してやればいいんじゃない」

 直人はそっけないようにそう言った。悠はそうだねぇ、と目を細めた。


 幽霊と化け猫と化け狐。

 あの三人に出会った日を、二人は忘れない。

 あの日を境に、二人には変な力が備わってしまったのだから。

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