永き時を超えて

 普通なら霊体の瑠璃は睡眠など必要としない。

 だが数年前の伽羅の失敗のようなことでも起きなければ、森に居る間は暇でしかない。

 彼女は生い茂る木々の一つで寝たフリとも呼べる行動を取っていた。

 太めの枝に身を任せ、静かに目を閉じている。

 そのうちまた物質界に転生するのだろうが、それがいつになるのかはいつものごとく予測不能だった。

 同じように転生を続ける仲間たちは二十五人。かつてはだいたい同時代にほぼ同年齢で物質界に降りていたが、時を経るにつれてそれもバラバラになっていった。

 もう数百年顔を合わせていないメンバーさえも居る。

珊瑚さんごは、元気だろうか)

 対して、転生するたびに顔を合わせるメンバーもいた。特にあの人物は。時代によってはそれに辟易した。敵対する立場にあればあれほど厄介な相手もいない。

玻璃はり……次も一緒がいいなあ……)

 ぼんやりとそう思っている自分に気がつくとふるふると首を振る。

 何を考えているのだろう。のぼせているのかもしれなかった。

 けれどすぐに素直に認める。また、会いたいのだと。

(だから──もっともっと、先がいいなあ)

 彼は現在、生きている。つまり次に会うとしたら彼が死んでからだ。

 今生は珍しく穏やかなものだった。だからなのか初めて寿命を全うするまで生きることができた。彼にはまだ、その幸せな生を過ごしていて欲しい。

 しばしその穏やかな記憶にうずもれる。だがそれは相棒の声によって遮られた。

「春花ー、玫瑰まいかいが来たみたいだぞ。……千年ぶり?」

 日向の科白せりふに瑠璃は跳ね起きた。

「ほんと? 懐かし!」

 自然、笑みがこぼれる。玫瑰は彼女にとって親友とも呼べる存在だった。

 嬉々として始祖の居る方向へ視線を向ける。

 超長距離にもかかわらず瑠璃の目には赤い花びらのようなものが舞っているのが見えた。

 逸る気持ちそのままに彼女は始祖の元へ転移する。

 煌めく花びらが次第に集まり、だんだんと人の姿を形成していく。

「ま・い・か・いーーーーー!」

 彼女の姿が安定するかしないかのうちに瑠璃は抱きついた。

「ちょ、ちょっと……え、ルリ?!」

 玫瑰はしどろもどろになる。それもそのはずだ。千年の時を経た瑠璃からは当時の性格がかけらもうかがえない。

「……随分な変わり様ね」

 対して玫瑰はほとんど変わりないようだった。苦笑して瑠璃の頭を子供相手のように撫でる。

「久しぶり! うわー懐かしい! うわー!」

 心底からの喜びの声をあげる瑠璃に呆れたように玫瑰は言う。

「気持ちは分からないでもないけど、始祖姫に挨拶くらいさせなさい」

「はっ……!」

 瑠璃はようやく玫瑰を開放した。

 玫瑰は変わらぬ優しい笑顔を瑠璃に向けた後、真面目な表情に変わり始祖の方を振り向いた。ゆっくりとその場に跪くと、今生の報告のようなものを短く述べる。

 そして立ち上がると、深々と礼をした。

 それを待っていたように口を開いたのは日向だった。

「氷華は?」

「いるわよ」

 玫瑰が微笑むと傍らに美しい女性が現れた。日向と同じように猫耳と尻尾がある。

「……久方ぶりだな」

 彼女の口調は堅苦しい。しかしその表情は柔らかかった。

「ねぇ、それよりルリ。あの時最期に何かしたわね?」

 玫瑰は少し拗ねるように瑠璃に言った。

「だってしょうがなかったんだよー」

 返す瑠璃も拗ねるように言う。玫瑰は苦笑した。

 理由はある。……しかし話せば怒られそうな気がした。

「もー。お陰でいつもいつも論文にできるほどの根拠が見つからないのよ」

 二千年前の時代。帝国の歴史には謎の空白が生じていた。

 それ以前の情報が遺物にしかない時代についての謎よりも、なまじ周辺諸国の文献に多少の記述が残っているため、空白を際立たせる結果となっていた。

「玫瑰ずっと学者でもやってるの?」

 感心するように瑠璃は言った。

「ええ。歴史は楽しいわ」

 間違って伝わっているものも含めてね。玫瑰は目を細めた。それは帝国の守護者のようなものである彼女たちの、国への愛着からくるものなのかもしれない。

「私あの時早々に退場したから、火の国の最後はよく知らないのよね。どうやら二つに分かたれて名前だけでも残っているようだけれど、どうせ暇なのだし色々と聞かせてもらってもいいかしら」

「いいよー。学者さんの役に立てるってなんかわくわくするね」

 そうかしら? 言いながらも玫瑰の方もわくわくした様子で笑顔を浮かべていた。

 二千年も経っていれば、彼女たちの怨みや悔しさも薄らいでいるのかもしれない。

 日向と氷華は少し複雑な気持ちで顔を見合わせるが、その『歴史』は彼らのさだめに特に関係が無いため、すぐに苦笑し合った。

 これは世間話のようなものでしか、ないのだから。

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