黄昏の悪戯

「うわー! やめろ!」

「へいきだよ、ほら、ちゃんとあるけるー」

 及び腰の男の子に対して女の子は楽しそうに小さな足を踏みしめる。

 不可視で感触すら無い地面。恐怖を覚える男の子。わくわくする女の子。

 全く危機感のない友人に、直人なおとはげっそりした。

「……はぁるぅかぁあ……」

「んー?」

 顔をひきつらせて彼女の名を口にすると、はるかは呑気な顔で振り向いた。

 目が輝いてすらいそうな彼女に、直人はため息を吐きながら問いかける。

「おまえ、なんかへんだとおもわないの?」

「おもうよ? だってまっくらなのにきはみえるし、むこうでなんかきらきらしてるし」

 友人はこの空間の奇っ怪さは一応理解しているようだった。

「そうおもうんだったらもうすこしきをつけろよ……」

 脱力する直人。

「だってなんかおもしろそうだよー! じめんだってちゃんとかたいんだから、だいじょうぶ!」

「おまえなぁ……」

 渋いものでも口に入れたような顔になる直人。

「……なお」

 突然、先行していた悠の顔が強張った。

 彼女は俯きながら振り返り、直人の半袖を握りしめるように引っ張る。

「まるいののなかに、なんかいる」

 言われて直人は、丸いの──樹の枝にぶら下がっている淡い光の玉──をよく見つめた。

 ……絶句する。

 だがその沈黙は続かない。

「うわぁああああああ!!」

 二人は悲鳴を上げて座り込んだ。

 頭を抱え、周りが見えないように目をきつく閉じる。

 怖くて涙すら溢れてきた。そのままわんわんと泣き叫ぶ。

「かえるううう! いやー!」

「おばけー!!! うわーん!!!」

 何事かと駆けつけた瑠璃はその様子に困惑していた。

 二人は自身の孫と同じくらいだろうか。一体何故こんなところに無関係にしか見えない幼子がいるのか。

死人しびと、なのかな……?)

 だとしたらここに迷い込む可能性も無いとは言えないのではないだろうか。

 雷のような現象がもたらしたものに、明確な答えを見出せず瑠璃はただ慌てた。

(と、とりあえず落ち着かせよう)

「あらあら、どうしたのー? 怖くないよー、これ皆つくりものだから」

 口から出まかせだが他に言うことも思いつかない。

 優しく二人の頭を撫でると、二人とも驚いて肩を跳ね上がらせた。

 瑠璃は見上げてくる二人にできるだけ優しい笑顔を向けたが、男の子は泣き声を更に張り上げた。

「うわああああ、ゆうれいいいい!!」

(え、ちょ、ちょっとこれはどうすればいいの)

 瑠璃の方が泣きたくなる。

「……おねえちゃん、だれ?」

 しかし女の子の方がしゃくりあげながらも聞いてきたので瑠璃は大いに安堵した。

「幽霊じゃないからね?! 違うからね!? ちゃんと足あるからね?!」

 それも口から出まかせのようなものだが真実を伝える訳には絶対にいかない。

「……おなまえ、おしえて」

 疑いの晴れない眼差しで女の子が聞いてくる。

 名前を言うくらいで安心してくれるのならいくらでも教えよう。

「あたしの名前は春花はるかだよ。片桐かたぎり春花はるか

 最近まで瑠璃に付けられていたレッテルを伝えた。今までの中では個人的に気に入っている方だ。

 女の子は目を丸くした。

「わたしと、おんなじ!」

 涙の粒は残っているが、女の子の顔が輝いたように思えた。

「わたしもはるか! たかつきはるかだよ」

 女の子は嬉しそうに笑った。名前が同じというのが何か安心感を与えたのだろうか。何にしろ落ち着いてくれるのなら何でも良かった。

 男の子の方もいつの間にか泣き止んでいる。表情は硬いままだが。

 瑠璃がほっとしたのもつかの間──……。

 その場を嫌な風が吹き抜けた。生ぬるいような、心が冷えるような、気持ち悪い風。

 そして先程よりも強い閃光が発生すると同時に、轟音が地面を揺るがした。

「うわああああ!」

 小さい二人は再度頭を抱えて縮こまってしまう。

(一体何が起きているの?!)

 内心の混乱を叩き伏せるように瑠璃は叫んだ。

「日向! ……いたら月代も来て!」

 応えるように白ずくめの人影が二人、ふわりとその場に現れた。

「いよーう春花、何か用かー?」

 少し背の低い方、純白の狩衣を着た少年が陽気に声をかけてくる。

 対して恐ろしく背の高い方、純白の小袖に純白の帯を身に纏う女性は右の袖で顔の下半分を隠したまま何も言わない。ただ、その双眸は優しい笑みを浮かべていた。

「何か用どころじゃないわよ! 何なのこの状況、何か知らないのー!」

 己の相棒に泣きつくように問いかける。

 日向は目を細めた。落雷らしきものがあった方向を見つめている。

「あれは……はン、伽羅からの奴が失敗しやがったな」

「失敗?」

 瑠璃は眉をひそめた。

調伏ちょうぶくに失敗して無理やりこの森に転送してきやがったみたいだぜ。まったく、何考えてんだか……」

 伽羅は太古の昔と随分変わってしまった。それに失敗とはどういうことだろう。前例などないはずだ。

「……このわらしらは巻き込まれてここへ来たようだのう」

 月代の目から優しさが消えている。

「死人じゃないのね?」

 瑠璃の問いに月代は頷いた。

 伽羅が一体何をしでかしたのかは分からないが、瑠璃の中に怒りが生まれた。

(一般人を……しかも小さな子どもを巻き込むんじゃないわよ)

「月代……この子たちを物質界に戻せる?」

「やってみねばわからぬよ。ただ、全力を尽くそう」

「ありがとう」

 瑠璃は一言礼を言うと、

「日向、行くよ」

 相棒に呼びかけた。

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