第2話 石糸/Stone Thread

 どこからともなく聞こえてくる澄んだ音に、私はふっと目を覚ました。


 チリン。チリリ。チン、と。何か硬いものがぶつかりあうような音。

 金属とは違う、もっと透明な感じの音だ。


「あ、ごめん、起こしちゃった?」


 音の出処を探って上半身を起こすと、そこにはユウキの姿の姿があった。


「いや……大丈夫。ぐっすり寝たから」


 起こされたと言うよりはちょうどいいタイミングだったのだろう。眠気もないし頭はスッキリとしている。全身に走る痛みはどうしようもないが、それでも半身を起こせるくらいには回復してきた。


「どうしたの、それ?」


 澄んだ音の出処は、ユウキが手にした袋だった。一抱えするほどの大きさがあり、中からチリチリと細かな音が聞こえてくる。


「ちょっとね。拾い集めてきたんだ」


 彼女はその中から一粒取り出し、手のひらに乗せて私に見せた。豆粒程度の大きさの、小さな黒い石。そこら辺におちてそうな何の変哲もないその石の正体に、しかし私はすぐに思い至った。


「これは、石剣の……」

「うん。そう。石剣の欠片」


 かつてユウキが……そしてユウカが愛用していた、木に石の刃を挟み込んで作った石剣。火竜たちとの戦いで粉々に砕け、そしてそこに乗り移った歴代の剣部たちが助けてくれた、あの石剣。その欠片だ。


「集めたって何にもならないのはわかってるんだけどね」


 ユウキは困ったような笑みを浮かべ、自嘲するように言った。

 剣部たちの魂は、役目を終えて天に還っていったとクリュセは言っていた。だとするなら、ユウキが手にしたそれはただの石ころ、細かな黒曜石の欠片に過ぎない。


「ううん、そんなことないよ」


 だけど私は首を横に振り、ユウキの手に自分の手のひらを重ねるようにして、石の欠片を包み込む。


「もう魂の籠もってないただの石でも、生きてる人間がそれに何かを見出すのなら、そこには意味が生まれる。意味が籠もれば、それは魔法なんだよ」


 引き抜いた私の鱗が、遠く離れた地で通信機の役割を担うように。

 もともと一つだったものの縁というのは、決して途切れない。

 ──少なくとも、この世界では。


「ほら」


 私が手のひらをどけると、石の欠片はユウキの手の上で燐光を放っていた。

 その光に導かれるように彼女が振り向けば、先程机の上に置いた袋も同じように輝いている。


「彼らはまだ死んでない」


 私が言うと、ユウキは頷き、手のひらを掲げてその名を呼んだ。


「おいで……黒石の剣!」


 その瞬間。無数の石がまるで生き物のように連なりながら宙を舞って、ユウキの周囲を取り囲んだ。まるでその一つ一つが、一本の剣のようで。ユウキは千の刃をその身に帯びたかのようだった。


「すごい……」


 その光景に目を見開きながら、ユウキは手を腕を閃かせる。剣の軍勢はその動きに忠実に従い、まるで小型の嵐のように虚空を千千に切り裂いた。それでいて、狭い部屋の中の壁や家具には毛ほどの傷もついてはいない。恐ろしく精密な斬撃だ。


 まるで舞のような美しい斬撃を十数度繰り出した後、ユウキは剣の血を払って鞘に収めるような動きを見せる。無数の刃はその動きに連動して瞬く間にひとところに纏まると、彼女の手の中でひと振りの短い剣となった。


「魂を失ったくらいで、剣部はお兄ちゃんを見捨てたりしない……だって」

「聞こえたの?」

「ううん。なんとなく、そんな気がしただけ」


 照れたような笑みを浮かべ、ユウキは首を横に振る。

 そしてふと周囲を探るようにその長い耳をピクピクと動かすと、満面の笑みを浮かべてベッドの縁に腰掛け、私にぎゅっと抱きついてきた。


「えへへ。おにーいちゃん」

「きゅ、急にどうしたの?」

「珍しく他に誰もいないから甘えられるかなって」


 確かに私が入院してからというもの、常に五人のうち二、三人はそばにいてくれたような気がする。だいぶ復調してきたのと、私が眠っていたからだろう。


 私の身体に痛みを与えないよう気を使いながらも出来る限り密着するような塩梅で、ユウキはすりすりと頬を擦り寄せてくる。まるで人懐っこい犬のようなその甘え方も、ふわりと香る甘い匂いも、腕に押し付けられた大きく柔らかな感触も、殆どが記憶にあるそのままで。


「ユウキ、君は──」


 ただ一点。その赤い髪の隙間から覗く長い耳だけが、かつての彼女と異なっている。


「……戸惑いは、ないのかい? その……君にしてみれば、急に前世の記憶を思い出したと言うか……」


 しかしそれこそが、私にとっての罪悪感の象徴であった。

 記憶を取り戻す前の、他人行儀で……そして、折り目正しく私に接してくれた彼女。ユウカの娘、ユウキとは、まるで違う人物のように思えてしまう。


 勿論、彼女が記憶を取り戻してくれたことはとても嬉しい。けれど……ユウカの子を。大切な妹分の娘を犠牲にしてしまったと言うなら、それは私にとって看過できることではなかった。


「んー。どっちかっていうと、腑に落ちた、って感じかな」


 けれど私のそんな思いを知ってか知らずか、ユウキは唇に人差し指の先を当て、こてんと小首を傾げてみせる。


「腑に落ちたって?」

「『なんでぼくは、お母さんの知り合いだったってだけのひとに、初めて会ったときからこんなにも惹かれるんだろう』って疑問が」


 そして、にかりとそう笑ってみせた。


「初めて会ったときから? だってそんな素振り……」

「あったりまえでしょ。初対面の、しかも村で一番偉くて、奥さんもいる竜の人に、好きですーなんて言えるわけないじゃない! あたし、頭おかしくなったんじゃないかって結構悩んだんだからね」


 ユウキは私に抱きつく腕に、ぎゅっと力を込める。


「でももう、我慢しなくて良いんだよね……?」


 赤竜をも屠る、剣部の末裔。おそらく世界でも最強の剣の使い手は、ひどく心細そうな表情で、私の服の袖を掴んでいた。


 そんな顔をされて、駄目だなんて言えるわけがない。

 くしゃりと頭を撫でてやると、ユウキは嬉しそうに目を細め、その手を取って握る。


「今度こそ……ずっとずっと一緒だからね。お兄ちゃん」


 チリリと音を立てた細かな石の連なりが、まるで糸のように手と手を繋いだ。

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