第29話 壊滅/Deathblow
まずは先手必勝だ。
「
私は己に出せる全ての魔力を振り絞り、一気に解き放った。呼び出された破壊の塊は、まるで地上に現れた太陽のように眩い光の尾を引きながら曽祖父に向かって高速で飛んでいく。
火竜がどれほど早く飛べようと、即座にトップスピードに乗れるわけじゃないし小回りが効くわけでもない。矢よりも早く飛び相手を自在に追尾する魔法の弾丸を、あの巨体で避けられるわけがない。
閃光に白く染め上げられた視界が落ち着き、景色が徐々に色を取り戻していく。
そして目にした光景に、私は絶句した。
『痒いわ』
曽祖父は避けるどころか身じろぎすらせず、もとの姿勢のままそこにいた。その姿には、傷一つ見受けられない。
マジか……
これで決まるとは流石に思ってなかったけど、全くのノーダメージとも思わなかった。
魔法の弾丸は意思を持たない破壊の精霊……つまるところ、魔力の塊だ。熱や燃焼ではなく、純粋なエネルギーの塊は、火竜の鱗でも貫くことは確認済み。
ということは、曽祖父が傷を負っていない理由はごく単純なもの。
全力を振り絞った私の魔力よりも、何もしていない彼の鱗が纏った魔力の方が大きいということだった。
『解せぬな』
曽祖父は私に襲いかかってくるでもなく、ぽつりとそう呟いた。
『見たところその白き者が我らの求めるもの。それを引き渡せば終わる話であろう』
『それは……できません』
ほんの一瞬の逡巡を断ち切って、私は答える。
『お前の母を殺したのが、それではないからか?』
図星を指され、私はうっと呻いた。
『信じられぬ話ではあるが、そうであるとするならお前の妙な態度にも納得は行く。レイクルセムスウェイフラルイェルドフジャルリヌを殺したのが人間であるなら、我らは奴らを根絶やしにせねばならぬ』
当然のことのように、曽祖父はそう語る。
『……だが。約束は約束だ。我はその白き者を差し出せば、人間は殺さぬと誓った。この鱗と炎にかけて、約定は違えぬ』
それもまた、予測はしていたことだ。多分彼らは……もしかしたら今この時からでも、アイを差し出せば約束を守ってくれるだろう。
『何故お前が姿かたちさえ変えるほどにあのような矮小な存在に拘るのか我にはわからぬ。わからぬが……全く理解できぬというわけではない。お前の母もそうであった。変わり者の竜というのは、ままいるものだ……が』
彼はアイに視線を向け、いっそ優しげな声色で問いかけた。
『なぜその竜をも庇う? ただ正当な咎でないというだけで、何故守るべき人間だけでなく、己の命までをも差し出す?』
『それ、は……』
私は一瞬口ごもった。
アイは確かに何もしていない。罪を押し付けるわけにはいかない。
確かにそれは正論だ。
けれどそれは。ユウキを。リンを。クリュセを……そしてニーナを。大切な家族を秤にかけてまで、選ぶべきことだったのだろうか?
そんなわけがなかった。私はそこまで公正な人間じゃない。
私がこの道を選んだのは、もっと下らなくて、浅ましくて、醜くて、独り善がりなエゴ。けれどもっともっと重要な理由。
たとえ私のことなど覚えていないとしても。
たとえ私のことを愛してなどいないとしても。
『彼女も、大切な、相手だからです』
またアイを失うなんて、絶対に嫌だったからだ。
『……そうか』
曽祖父は力なく呟いて。
『ならば。抗ってみせよ、愚かな竜よ!』
今までとは比べ物にならない本物の殺気を、私たちに叩きつけた。
「アイ! 力を貸してくれ!」
「……はい!」
私は逃げ出したくなる衝動を必死に抑え、縋るように両手で杖を構えた。
「氷の吐息を漏らすもの、白き衣を纏うもの。赤き瞳を持ちしもの、優しき心を持ちしもの。賢明なりし大蜥蜴、誰よりも清く美しい氷竜よ」
それは、遠く遠く昔。
かつて私の背に乗った少年がやってのけた技。
「その吐息を我に貸し与えよ。その威を持ちて、かのものを凍てつかせよ!」
アイの魔力が、私の中に入り込んできた。
私は未だに水滴一つ出すことが出来ないが、それは水の精霊に嫌われているからだ。
それは相性の問題であって、技術や力量とは全く関係のない話。
たとえこの身が火竜であろうと、魔力そのものには性質などない。
それは純然たる力であって、炎の性質を帯びるのはあくまで外に出る時の、構築の仕方に過ぎない。
力を借りる対象……アイが許可してくれるのであれば、私の魔力をそこに乗せた上で、それを振るうことが出来た。
私の構えた杖の先から吹雪が吹き荒れ、氷雪が周囲を埋め尽くす。
『ぬっ……これは――!』
曽祖父が呻きながら、先程矢を防いだ時と同じように炎を発しようとした。だが、いくら無限の魔力を誇る火竜といえど一度に出せる力の大きさには上限がある。こちらは未熟とはいえ、竜二頭がかりだ。
赤竜と白竜は、本来天敵同士だ。火竜は冷気に弱く、氷竜は熱気に弱い。だがそのそもそもの体格差で、白竜は赤竜に勝つことが出来ない。
けれどそれは、本当にもともとそうだったのだろうか?
母上を殺され、復讐を目的としているにしては、曽祖父たちの対応はあまりに呑気で穏当だった。
だが、復讐でないとしたら。
自分たちを殺しうる存在を恐れているがゆえの行動だとしたら。
私自身がそうだから、よく分かる。強いからと言って、その心のうちが勇敢であるとは限らない。
いや、むしろ。
生まれたときから最強の存在であるがゆえに、彼らは、自分を害することが出来る存在と出会ったことがない。そんなものを、恐れないわけがない。
そして恐れるということは――
「やっ……た……!」
届きうる、という証拠なのだ。
真っ白に凍りついた曽祖父の姿に、アイは快哉を叫んだ。
けれど私にはそこまでの余裕はない。荒く息を吐きながら、膝をつく。
「大丈夫ですか、せんせい」
「大丈夫、大丈夫……」
私が継ぎ足したそれと違って、アイの魔力は既に氷の形に構築済みだ。それが私の中を通っていくのだから、まあ、大丈夫なわけがない。
だが、ゆっくり休んでいる暇はなかった。火竜はあと四頭もいる。ユウキとかリン辺りは勝っていても不思議はないけど、まさか全員もう戦い終えているなんてことはないだろう。助けにいかないと……
私が周囲を見回したその時、ぴしり、と音が響いた。
『小癪な真似をしおる』
くぐもった声が、背後から聞こえてくる。
『だが』
氷が蒸発する、じゅうじゅうという音。
『勝てるなどと……本気で、思うていたのか?』
火竜の腕に捉えられぐったりとした青い龍が、大地に打ち捨てられて水柱を上げる。
無数の穴を開けられた巨大な岩山が、ボロボロと崩壊していく。
広大な森が広がっていたはずの場所は、まるごと燃やされ黒煙をあげ。
そして。
ユウキの振るう石剣が。
千年以上朽ちることなく剣部たちに振るわれ、あらゆる敵を屠ってきたその剣が、粉々に砕け散った。
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