第30話 剣の担い手/Yu-ki,The Successor of Sword

「あ……あああ……」


 私は絶望的な面持ちで、辺りを見回した。


 青竜ギルタは全身から血を流して大地に横たわり。


 剣部たちの無残な亡骸が、そこら中に散らばっている。


 リンも、ユウキも、ニーナも地に伏し、生死すらわからない。


 そして火竜たちは多少の手傷を負いつつも、五頭とも健在だった。


『わかったか?』


 曽祖父が、傲然と言い放つ。


『いかにお前たちが、愚かで無駄なことをしたのか』


 彼の、言う通りだった。

 火竜たちの力は、他の竜に対してあまりに隔絶していた。


「せんせい」


 軽やかに、アイが私を呼ぶ。


「ありがとうございました」


 そしてぐんと翼をはためかせると、茫然自失の私を振り落とした。


『お約束どおり、わたしの命を差し出します。どうか、お許し頂けませんか?』


 そしてその首を差し出すようにして、曽祖父の前に跪く。


『約定だ。お前以外に手は出さぬ』


 曽祖父がアイの首を握りしめ、答えた。


『だが、我らに歯向かった咎。それに対する報いは、受けてもらう。……皆殺しだ』

『そんな――!』


 アイの声色が、絶望に染まった。


 やめろ。そう叫ぼうとするが、声を出すことすらかなわない。


 ――助けてくれ。


 私は、生まれて始めて、何かに祈った。

 手も足も出ず、何も出来ず、解決策も思い浮かばず。


 誰でもいい、神だろうと悪魔だろうと、何でもいい。


 お願いだ、誰か助けてくれ……!


 だがそんな願いが届くはずもなく。

 ゴキリ、と骨の砕ける音が鳴り響いた。





「らしくねえなあ、兄貴」





 ついで聞こえてきたのは、野太いだみ声。


「……え?」


 それは。


 とおいとおい昔に聞いた、酷く懐かしい声だった。


「私は……夢を、見ているのか?」


 筋骨逞しい、巌のような肉体。癖のあるウェーブした、獅子のたてがみのような赤い髪。ゴリラとライオンと熊を足しっぱなしにしたようなその男は――


「夢ねえ。ま、似たようなもんかも知れねえな」

「ダルガ!?」


 間違いなく、もう二度と会うことなどないと思っていた、その男だった。


「おう。ま、残りカスの更に絞りカスみてえなもんだけどな」

『なんだ……これは!?』


 曽祖父が叫ぶ。折れたのはアイの首ではなく、彼の指の骨だった。


『ぬ、うっ……!?』


 そこに、細かな石の欠片が突き刺さる。


 あれは……石剣だ。粉々に破壊された、ユウキの石剣の欠片。

 もともとはダルガが手にし振るっていた岩剣を砕いて刃にした石剣の。


「一体、どうして……?」

「あっちの嬢ちゃんのおかげさ」


 ダルガが視線を向けるその先には、ピンクブロンドの髪を揺らし、必死に魔法を行使する少女の姿があった。打ち砕かれた岩山から抜け出して、本来の肉体に戻ったクリュセだ。


 そうか。きっと魔力と魂というのは、極めて近しいものなのだ。だから……ダルガの魂が籠もった石剣は、千年の時を経てなお壊れることがなかった。それを今、クリュセの魔法が呼び覚ました。


「俺だけじゃねえぜ」

『なんだ、これは!』


 曽祖父が苛立ちの声をあげる。振り払おうとしても、炎の息で焼き払おうとしても、石の欠片はするりとそれをかわし、呼吸を読んで斬りかかる。魂の籠もった剣の欠片たちは、火竜の鱗さえ切り裂き貫く。そこに。私は剣士たちの姿を幻視した。


「ダルゴ……ガルゴ、ジルゴ、ジルド、ジリド、サリド、サリア。アリア、アリム、ウリム、ウリン、アラン、ミラン、キラン、キナン、キナガ、キマガ。……アマガ、アマタ、アサタ、アサカ、アタカ……ユタカ。──ユウカ!」


 二十五代に渡る剣部の英霊たち。誰一人記憶にないものはおらず、誰一人弱いものはいない。


「そうら、てめぇらもさっさと目ぇ覚ましやがれ!」


 石剣の欠片が連なって、大地に散らばる瓦礫の中に突き刺さった。大地に横たわった無数の屍たちが、その手に剣を掲げてむくりと起き上がる。


「おお……始祖様よ。偉大なる我らが祖先よ!」


 左腕を失った当代の剣部。第五十代筆頭、剣部ナシムが、残る腕に赤く輝く剣を掲げ、叫んだ。


「我ら、緋金の剣部! 今こそ、正当なる担い手……黒石の剣に、その刃をお返しする!」


 投げ放たれ、回転するその剣を……


 ユウキが、掴んだ。


「……お母さんたちだけじゃ、なかったんだ」


 ユウキは大きく目を見開いて、呆然と、呟く。


「無論」


 ナシムは……ダルガそっくりの体躯を持つ、髭面の巨漢は、崩れ落ちながら応えた。

 剣部たちは、ハーフエルフとして生まれたユウカを筆頭とは認めなかった。


 ヒヒイロカネの剣を象徴とし、村を統治した緋金の剣部。

 石の剣を手にし、ひたすらに剣の腕を磨いた黒石の剣部。


 その道は二つに別れ、二度と交わることがないと。私でさえ、そう思っていた。


 だが、違ったのだ。


 彼らは、忘れてなどいなかった。

 彼らは、失ってなどいなかった。


 途絶えることなく、絶やすことなく、火を受け継ぎ続けて。


 その火は。剣部の魂は。ユウキという器に注がれ満たしていく。


「ああ……」


 歓喜の声とともに振るわれた剣は、今まで見た何よりも美しい軌跡を描いて、赤竜の炎を切り裂いた。


「あの時の約束を、果たしに来たよ、


 命がなくなってもずっとそばにいる。

 彼女は、そう誓ってくれたのだ。


「ここはあたしが食い止める。お兄ちゃんはリンちゃんをお願い」


 幾多の英霊たちと共に、ユウキは告げる。


「……わかった。アイ、ギルタの代わりを頼む」

「はい!」


 空を飛べないユウキの為にアイを残して、私は杖に跨った。



 * * *



「リンっ!」


 地表に叩きつけられたリンは変身が解け、人間の姿で湖の中に没していた。

 それを目にした私は心臓が止まりそうな衝撃を受けた。


 ――今のリンは、浴槽で溺れる程に、泳げないのだ。


 泳ぐことが出来ない。料理ができない。変身以外の魔法を使うことが出来ない。

 それが、地上を歩く脚を。空を飛ぶ翼を。そして、竜に変ずる力を手に入れるために、彼女が背負った代償だった。かつては変身している間だけの話だったその代償も、今はもうどんな姿になろうとかわらない。


 なぜなら、もはや彼女が完全に元の姿に戻ることはありえないからだ。こうして気を失った時ですら、人の少女の姿になる程に、安定してしまっている。

 元の姿に戻れば。彼女はすぐに寿命で死んでしまうだろうから。


 私は杖ごと湖の中に突っ込み、彼女を抱き上げ急いで岸まで運んだ。


「リン……リン!」


 ……息を、していない。

 彼女が湖に落ちてから、何分が経った? 何分までなら、蘇生の可能性がある?

 私は前世の記憶を引っ張り出しながら、リンの顔を上向かせ、気道を確保し、鼻を押さえて漏れ出るのを防ぐ。そして口を大きく開いてリンの口を覆うように密着させると、ゆっくりと息を吹き込んだ。


 リンの胸元が、微かに動く。だが、それを二度、三度と繰り返しても、リンの呼吸は回復しない。


 もう一度。


 もう一度。


 けれど、何度試しても、リンの呼吸が戻ることはなかった。


「く、そっ……!」


 力なく横たわる彼女の身体を、私は背負った。

 ニーナだ。ニーナなら、きっと彼女を蘇生できる。


 杖にしがみつくようにして宙に舞い上がった瞬間、私の行く手を赤い壁が阻んだ。


『ここは通行止めだ。……なんてな』


 リンをこんな目に合わせた、二本角の赤竜だ。


『そこをどけ!』

『断る。まだ勝負はついてない』


 叫ぶ私に、二本角は傲然と言い放った。

 ……どういうことだ?


 妙な言葉に気を取られた瞬間、二本角の喉の奥で炎が渦巻き、吐き出される。


 慌てて避けようとするがとても間に合わず。


 しかし、その炎を、分厚い水の壁が遮った。


「ああ、もう、サイアク」


 背中から聞こえるうんざりしたような声と共に、首に回された腕に力が籠もる。


「どうせなら、もっとこう、あるじゃない? ムードとか、シチュエーションとか……」

「リン、良かった……! 無事だったのか!」


 私は思わず振り返り、何やらぼやくリンの呼吸を確かめる。

 けれど、はっきり意識を取り戻しているにもかかわらず、彼女には呼吸している気配がなかった。まさかクリュセと同じく、肉体は滅んでしまったのか……?


「ここだよ、せんせー」


 リンは私の手を首元へと導いた。人であれば耳があるであろう場所から生えたヒレ。その根本から、微かな風が吹いていた。それは人ではなく――人魚としての、呼吸器官。水中で息をするための器官だった。


「せんせーって、ほんと、ずるい人だよね。同意もなしに乙女の唇を奪うなんて。……それも、二度も」


 まさか。

 私の予想を裏付けるかのように、リンはそう言って腕に力を込め。


「ねえせんせー? あたし、あの時の対価を貰ってないんだけど? 忘れたとは、言わせないんだからね」


 思い出したのか。

 私がそう問い返す前に、リンはちゅっと私の唇を奪った。

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