第24話 遠隔視/Television

「嫌よ」


 アイと連絡する際、一緒に話して欲しい。

 私のその願いを、ニーナはきっぱりと拒絶した。


「言ったでしょ。私はあれをアイと認めない。生まれ変わりだかなんだか知らないけど、話すことなんてないわ」


 言っている内容ほど刺々しい口調ではないが、感情の籠もらないその平坦な声色は、かえって取り付く島もないように感じられた。


「けど、ニーナ……」

「でも」


 なおも説得を続けようとする私の言葉を封じ込めるように、ニーナは私に指を突きつける。


「別にあんたが話したいんなら、話せばいい。それは別に止めないわよ」


 ……これは、あれか。鵜呑みにしてはいけない奴だろうか。

 そういうやり方はあんまりニーナらしくないけれど、本心ではして欲しくないのに勝手にしろと言って、やったら機嫌を損ねるんだ、というような話はよく聞き及んでいる。

 千年以上生きてきてもなお、女心というのは複雑怪奇で理解しがたいものなのである。


「言ったでしょ。私はあれをアイだと認めてないのよ」


 突きつけた指先で私の鼻をつんと突き、ニーナは目を細めて私を見つめた。


「だから……そんなのと話したところで、その。別に……う、浮気だなんて、思ったりはしないわ」


 そしてその頬を僅かに紅潮させながら、照れくさそうに言う。

 彼女のその表情は、凄まじい破壊力を備えていた。


「う、うん……ありがとう」


 何となくその顔を直視できず、こちらまで赤くなって視線を反らしてしまう。

 もう千年以上一緒にいて、想いを聞いてから百年以上経っているというのに、何なんだろう、この気恥ずかしさは。全く慣れない。


「じゃあ、わたしはお話していいですか?」

「あたしも!」


 妙な雰囲気をぶち壊すかのようにひょこりと顔を出したのは、クリュセとリンだった。


「な、あ、あんたたち、いつから聞いてたの!?」

「せんせーが、ニーナ先生にどう切り出したものか悩みながら『最近だいぶ寒くなってきたね』とか話を振った辺りかな」

「初めよりもっと前からじゃないの!」


 これには私も苦笑する他なかった。

 リンは虫ほどに小さな生き物にさえ変身できるし、クリュセは呼吸や鼓動などで不随意に身体が動くようなこともない。つまりは気配を殺すのが極めて巧みなのだ。

 その技術を出歯亀に応用されても困るのだけど。


「……まあ、好きにしたら?」

「やったー! 一回お話してみたかったんです!」

「あたしたち、会えてもいないもんね」


 呆れてため息をつくニーナに、リンとクリュセは「ねー」と声を合わせる。


「あ、じゃあ、あの子も呼んでこないとね」


 ぽん、と両手のひらを合わせ、リンが呟いた。



 * * *



「――我が耳となりて音を届け、その眼に映りしものを示せ」


 長い呪文を唱え終わって私の鱗を一枚地面に差し込めば、そこから炎が立ちのぼる。

 熱を持たない純白の炎は、その中を覗き込む白い竜の姿を映し出した。


「おー、凄い、見えた見えた」

「こんにちはー、聞こえますかー?」


 リンがパチパチと手を叩き、クリュセが手を振りながら炎の向こうに問いかける。


「はい、ちゃんと聞こえてます」


 私の脳裏に直接響くようないつもの通信魔法とは違う明瞭な声色で答えながら、アイは前足を振り返す。ふと思いついて初めて試してみたけれど、どうやら魔法による擬似テレビ電話は成功のようだ。


 インフラもなしにこんなことが出来てしまう魔法が凄いと言うべきか、魔法もなしにそんな事を成し遂げた科学が凄いと言うべきか。まあどちらもあると考えるべきだろう。


 自動化とか効率化とかいう問題になると非常に弱いけれど、その反面、こうしたイメージでなんとかなることには非常に強いのが魔法というものだ。


「山を降りたんだね」

「はい。火が出るという話だったので、一応」


 背景から察するに、アイがいるのは雪山の麓の森、それも木がまばらに生えた小広場のような場所であるようだった。


「それにこの子達も話したいと言うので」


 アイが少し身体を引くと、彼女よりやや小さな竜が三頭、ひょっこりと顔を出す。

 青竜、緑竜、黒竜が一頭ずつだ。


『これがセンセーが言ってたヤツ?』

『なんか、弱そう……』

『本当にこいつも竜なの?』


 三頭の竜は私の姿を見て、竜語で口々にそんな事を言った。


「先生?」

「あ、その……そう呼ばれてるんです」


 緑竜の言葉に首を傾げると、アイはどこか恥ずかしげにそう答えた。


「とりあえず、紹介するよ。リン、クリュセ、それに……剣部ユウキだ」


 私も少し身を引いて、隣で通信を眺める三人を紹介する。


「青竜のリヨスティルヒミンズ、緑竜のトリエスクァルフティイハウストウィンドゥル、黒竜のフローアリスアイフィルボロイミュリです」


 ユウキの姓に特に反応することもなく、アイはそう三頭の竜の名前を教えてくれた。


「す、すみません、今なんていいました?」

「ごめん、ぼくもちゃんとは聞き取れなかった」

「長すぎ。絶対、覚えられない」


 こそこそとクリュセとユウキが囁きあい、リンは歯に衣着せず言い放つ。


「ですよね。普段はリヨ、トリエ、フローアと呼んでます」


 苦笑しながら答えるアイに、クリュセとユウキはホッとした表情を浮かべ、リンは「そこで切るんだ……」と呟いた。

 三頭の竜はどうやら皆幼い女の子のようだ。下手をすればユウキより若い。意外と、竜の性別や年齢なんていうのも外見からわかるものなんだな。


「食べ物とか大丈夫? 足りてる?」


 まっさきに気になったのは、その点だった。

 竜の縄張りの広さは基本的にその飛行速度に比例して、飛行速度は体格と比例する。例外は、あまり飛ぶのが得意ではない緑竜くらいのものだ。つまり白竜の縄張りは、火竜ほど広くはない。


 しかもその縄張りの大部分は巨大なマシロの国の人間たちの活動領域だ。アイ一人が食べていくには困らないだろうけれど、育ち盛りの子竜を三頭も抱えて食べていけるかどうか。


「今のところは大丈夫です。でも、追々考えないといけないでしょうね」


 アイは早くもこちらに興味をなくしたらしい子竜たちを尾にじゃれつかせながら、困ったように首を傾げた。


「牧場とか畑とか作れば?」

「竜の手で作れるかなあ」


 リンの提案に、私は唸った。

 本来ならその身一つで生きていける竜の肉体というのは、ものを作ったり加工したりするのには全く向いていない。人の器用な手先というのは存外、大きな武器なのだ。


「あのー」


 おずおずとユウキが手を上げて、会話に加わった。


「使うのが竜だけなら、作るのはもっと大雑把なものでいいんじゃないですか? 例えば……森とか」


 森か。確かに森を作ればそこに動物も集まってくるだろうし、出ていくということもないだろう。そうなれば竜にとっては牧場とそう代わりはない。数十年規模で時間はかかるだろうけど、子竜たちが育つまでそのくらいの猶予はあるはずだ。


「あとは防備かな。アイならそう簡単には負けないとは思うけど、人が攻めてきた時の準備は必要だよね」


 とりあえず食糧問題はそれでなんとかなるはずだ。私は次の懸念点に移る。


「何か案はある?」

「えっ、ぼ、ぼくですか?」


 視線を向けられて、ユウキは驚いたようにパチパチと目を瞬かせた。


「そういわれても……その、ぼくは、母さんみたいに強くはないですよ」


 謙遜するが、彼女が毎日石剣を振っていることは知っている。そりゃあ数百年鍛錬を続けて剣聖と讃えられたユウカには遠く及ばないだろうけれど、けして素人ではない。


「じゃあユウキが戦うとしたらどうする?」

「……そうですね」


 私がそう水を向けると、瞬時にしてユウキの雰囲気が変わった。

 やや緊張している少女から、戦士のそれへと。

 ……やはり彼女の本質は、剣を取るものなのだ。そんなことが、何となく嬉しかった。


「幼いとは言っても竜を三頭同時に相手にするのは難しいです。狙うなら一頭だけの時、竜の領域ではない場所で……つまり、食事の瞬間を狙いますね」


 なるほど。確かに、本来の住処で相手取る竜というのは格段に厄介な相手となる。

 けれど食事の際は基本的にそこを出て獲物を探さなければならない。竜の住処には、他の生き物が寄り付かないからだ。


『トリエなら、森に入ってきた相手はわかるだろ?』


 ――森に住む、緑竜を除いて。


『うん、わかるよぉ』


 間延びした口調でトリエは答えた。やっぱりそうか。たぶん、緑竜もまたエルフと似たような能力を持っているのだろう。だから緑竜は五色の竜の中でもっとも飛行を苦手としている。獲物を探すために長距離を飛ぶ必要が無いからだ。


「じゃあこう……アイさんの山をぐるっと囲むような形で森を作って……沼もあるといいよね」


 リンがノートを取り出して、相変わらずの筆さばきで外観の予想図を描き出す。


「これはアレだね。久々な感じ」

「そうだね。となると、教師役が少しばかり足りないな」


 笑みを見せるリンに、私はそう答える。


「何の話ですか?」


 話についていけていないのだろう、首を傾げて問うアイに、私は答えた。

 きっと、それは世界最古の──


「通信教育って奴だよ」

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