第13話 誤認/Misdirection
――そんな私の考えは、間違っていた。
第一回戦での私の戦いを見ていたのだろう。
二回戦であたった戦士は、長い槍を構えて突進してきた。
私の杖に吹き飛ばされる前に一撃加えて勝負をつけようという腹なのだろう。
とは言え、私はそれに合わせて戦い方を工夫できるほど器用ではない。コートに防御魔法をかけて槍を受け止めた上で、吹き飛ばした。
三番目は、魔術も使う剣士だった。けして私に近づくことなく、何度も炎を打ち込んできた。
その炎を浴びながら、マシロは技術力はヒイロ村に劣らないほど優れているけれど、魔法に関してはそうでもないかも知れないなあ、と思う。
別に魔法や魔術の使用が禁じられているわけでもないのに、戦いに魔術を使う相手があまりに少ないからだ。私が戦った相手だけでなく、観戦した他の試合でも殆ど使われていなかった。
私に炎を浴びせかけてきている剣士にしても、随分と炎の温度が低い。多分、五、六百度くらいしかない。こんな温度では私に火傷を負わせるどころか、銅すら溶かすことが出来ない。その身にまとった鎧兜は、一体どうやって製鉄してるんだろうか?
結局その剣士は五分ほど逃げ回りながら炎を出したところで魔力が尽きたらしく、勝手にギブアップしてしまった。こちらとしては、傷つけずに済んだほうが気も楽だからありがたい。
さて、四回戦目はどんな戦い方をされるんだろうか。
そう考えていたところで、私の不戦勝が告げられた。
四回戦の、ではない。それ以降全てのだ。つまりは私以外の参加者が全員棄権を告げ、自動的に優勝になったらしい。
「一体何があったんだろう?」
私以外の参加者が全員棄権するなんて、明らかに異常事態だ。何か危険なことでもあったんだろうか? もしそうだとしたら、私も棄権した方が良いのかもしれない。
「何がも何もないわよ。槍で突いても炎で燃やしても傷一つ付かず、いかにもやる気なさそうな無造作な一撃で全部ふっ飛ばしていく相手と、誰が戦いたいっていうのよ。もうちょっと竜隠しなさいよ」
そう相談すると、ニーナは深くため息をついた。文句をつけながらも、なぜか彼女は嬉しそうにニヤニヤしている。
「やる気なさそうなって……」
杖の先端に生じる魔法の力場は、ただ目に見えなくて触れただけで弾き飛ばされるというだけで、別に魔法の弾丸みたいに回避不能というわけじゃない。ユウカなら余裕で力場の範囲を見切って、かわしながら一撃を入れてくる。
だからちゃんと相手に当てられるように、私なりに一生懸命振っていたつもりなんだけど、周りから見るとそうではなかったらしい。
「殿下がお呼びです」
ともかく、私はトーナメントで優勝を果たし、アイシャ殿下の元へと呼ばれることとなった。
「これより、殿下がいらっしゃる。お前は跪き、良いと言われるまでは頭を垂れていろ」
私は小さな謁見室に通されて、指示された通りに跪く。そういえば偉い人と会うのはこれが初めてだ。いや、ユウカとか剣部の皆も、ヒイロ村の中では間違いなく一番偉い人だったから全く初めてというわけではないのだが、彼らからは近所の子供という感覚がどうしても抜けない。
王族を相手にこんな着の身着のままの格好でいいんだろうか。戦いのために竜鱗のコートは着っぱなしで、この地を縄張りにしている竜には私の位置が思いっきりバレバレなんだが、大丈夫だろうか。
そんな益体もないことを考えていると、きいと扉の開く音がして、静かな足音が私の目の前で止まった。
「あなた達は、下がって下さい」
アイシャ殿下は周りにそう命じる。
「ですが……」
「仮に何かあったとして、わたしが……この竜殺しが、遅れを取るとお思いですか?」
そうねじ伏せて、彼女はお付きの者たちを下がらせた。
待ち望んでいた二人きりの機会だけれど、残念ながらニーナが言っていたアイの記憶を取り戻す方法というのを、私は知らない。
「やはり、いらっしゃいましたね」
その言葉に、跪き頭を垂れていた私は思わず顔を上げた。
アイシャ殿下は、鎧兜を身につけてはいなかった。剣を腰に下げてはいるが、それだけだ。身動きしやすそうなズボンにシャツ、その上から長い袖の
長く伸ばした黒い髪は腰辺りで一つに纏められていて、その厳しい鎧姿から想像していたよりはいくらかおさなげな顔立ち。年の頃は十六、七と言ったところだろうか。大きな黒い瞳が、じっと私を見つめている。
――面影は、ある……ような、気がする。
アイに全く似ていないということはなく、かといってまるきり同じでもない。なんとも、判断に悩む容貌だった。
「やはり、と申しますと……?」
「あなたがここにいらっしゃることは、門で出会ったときから薄々わかっておりました」
私は目を見開く。
「戦いぶりを見ていて、確信しました。あなたは……竜、なのでしょう?」
「私のことが、わかるのかい?」
思わず立ち上がって、半ば叫ぶようにして問うた。
一国の姫君を相手にあまりに不敬なその反応に、しかし怒ることもなくアイシャ殿下は……アイシャは、こくりと頷く。
「……覚えて、るんだね?」
「勿論です。いっときも忘れたことがありませんでした」
彼女は潤む瞳で私を見上げ。
「さあ、竜よ」
ゆっくりと両腕を広げると、言った。
「私の身体を喰らいなさい」
……え?
私は、彼女の身体を抱きしめようと腕を開きかけた体勢のまま固まる。
何度か頭の中で彼女の言った言葉を反芻し……
「ごめん、何の話?」
結局、アイシャが何を言っているのかわからず、間抜けな問いを返す。
「古の盟約を、忘れたとは言わせません! 五百年に一度、姫を捧げる……そのかわりに、我が国を守ると!」
「……確かに私は竜だけれど、そんな約束はしてない。というか、この国に来るのも今回が初めてなんだ」
今度はアイシャが呆けた表情をする番だった。
「馬鹿な! 竜を殺すための勇士を募った途端、あなたは現れ、勇士たちを蹴散らした。これが偶然だとでも言うのですか!?」
「……その、悪いけど……」
完全に偶然だよ。
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