第12話 竜殺し/Dragon Slayer

 アイと、アイシャ。確かに名前は似ているけれど……

 顔立ちは兜でわからなかったけれど、声はどうだっただろうか。穏やかで優しげな声色は、似ていたようにも、似ていなかったようにも思える。


 そもそも転生しても外見的な特徴が同じとは限らない。私だって転生直後は似ても似つかない姿に変わり果てていたし、今の姿にしたって前世でもこんな真っ赤な髪をしていたわけじゃない。顔を見てもわからない可能性は、十分にあった。


「それは確かなの?」

「はい。街に入る前に確認したときは、確かに魂の光はこの街の中に伸びていたんです。けど今、それは街の外へと遠く伸びてます。今の間にすれ違った人としか思えません」


 ニーナの問いに、クリュセが真剣な表情で頷く。


「なるほど……聞いてみよう」


 私たちは踵を返して、門へと向かった。


「念の為聞くけど、あの二人のどちらかってことはないよね?」

「はい。魂の光はもっと遠くに伸びてます」


 クリュセの答えに、私はホッとする。流石にあの衛兵たちがアイの生まれ変わりと言われたら、どう受け止めて良いのかわからない。


「すみません、先程の方……アイシャさんとはどういう方なんでしょうか?」

「それを聞いてどうするつもりだ?」


 尋ねると、じろりと衛兵が私を睨んだ。


「助けていただいたのにお礼もしないのはどうかと思いまして」

「……なら教えてやろう。アイシャ様はな。竜殺しの英雄だ」


 竜殺し。そのあまりにも明白な意味を持った言葉に、私は思わず息を呑んだ。


「竜を、殺すってことですか……?」

「その通りだ。白銀の鎧を身に着けてらっしゃっただろう? あれは白竜の鱗を加工したものだ」


 驚く私のリアクションが気に入ったのか、少しばかり気を良くした様子で衛兵は語る。


「あの方がいらっしゃるからこそ、この街はこうして繁栄していられるんだ」


 確かに、この街はこれまで見てきた村とはまるで違う。少し入口付近を歩いただけでも、道は舗装され、レンガ造りの立派な建物が立ち並び、何より規模が桁違いだ。ヒイロ村に匹敵するのではないかと思えるほどの、巨大な都市だった。


「本来であればお前たちのようなものが声をかけられる相手ではない。アイシャ様はお優しい方だが、くれぐれも誤解するなよ」


 そう釘を刺されて。私たちはひとまず宿へと向かうことにした。


 道中狩り集めた獣の肉や毛皮、ヒイロ村から持ち込んだ品なんかをお金に変えて、街の入り口のほど近くで営業していた宿を取る。そのついでに、私たちはアイシャの情報を集めた。


 といっても、それはそれほど難しいことではなかった。街の人達は皆彼女のことは知っていたし、快く教えてくれたからだ。


「ああ。姫様のことね」

「姫様?」


 私が注文したパンを袋に詰めながら、パン屋のおかみさんは機嫌よく頷いた。


「そう。この国を治める王、ジュダ陛下のご息女にして竜殺しの戦乙女。マシロじゃ知らない奴なんていないよ」


 どうやらマシロは王政らしい。しかし、お姫様にして竜殺しの英雄とは、随分アグレッシブな人だ。

 ……と思ったが、よくよく考えてみれば我らがヒイロ村を治める人たちは、一族まるごと武門だった。多分大半が白竜くらいなら倒せる。


「ありがとうございます」


 お礼を言ってパンを受け取り、私は宿へと戻る。ニーナとクリュセも別で動いて情報を集めているはずだったが、私が部屋に戻ると二人は既に帰ってきていた。


「あれがアイだとして、少なくとも私たちの顔は覚えてないようね」


 ニーナが難しい表情をして、ニーナはそう切り出す。


「どうだろう。人目があったし、立場もあるから話しかけられなかっただけって可能性は?」

「そんなことがあるはずないでしょ」


 私の言葉に、ニーナはそうきっぱりと言い切った。特に根拠があるわけじゃないんだろうけど、こういうニーナの勘はよく当たるからなあ……


「えっと、お父さんとお母さんの顔を見ても、魂のゆらぎにあまり変化はありませんでした。ちょっとでも覚えてたら、流石に少しは動揺するんじゃないかと……」


 私の考えを裏付けるように、クリュセがそれを補足する。


「となると……どうしたらいいんだ?」

「何も考えなくここまで来たわけ?」


 呆れたようなニーナの言葉に、私はうっと言葉に詰まる。

 確かに、向こうから会いにこないのだから、アイが私たちのことを忘れてしまっていることは考慮しておくべきだった。……というか、よくよく考えてみればその可能性の方が圧倒的に高かったのだ。


 けれど、会えばなんとかなる。無意識に私はそんな風に思っていた。あまりにも考えが甘かったといえる。


「まあ、そんなことだろうと思ったわ。……私もそんなに方法を考えてあるわけじゃないけど……」


 ニーナの言葉に、私は驚いて目を見開いた。


「なにか方法があるの?」

「うまくいくかなんてわかんないけど、多少はね」


 流石は我が相棒だ、と私は感動した。それに対して、己の不甲斐なさが情けなくなってくる。


「……ただ、何にせよ人目につかないところで話をする必要があるわ」

「ああ。相手はお姫様だからなあ……」


 さっきも衛兵に、気安く声をかけるなと釘を刺されたばかりである。何の後ろ盾もない旅人が王族と二人きりになるなんて、まず出来ないだろう。


「あっ、それならいいものがありましたよ」


 パン、と手のひらを打ち合わせ、クリュセがニコニコと笑った。



 * * *



「……なあ、やっぱり、場違いじゃないか?」

「今更何いってんの。さあ、さっさといってらっしゃい」


 ニーナに背を押され、暗い通路から一歩踏み出す。

 そしてその目もくらむ光景に、私は顔をしかめた。


 それはただ暗い場所から明るい場所へと出たからじゃない。

 今まで見たこともないような数の人たちが、ぐるりと囲んで私を見下ろしていたからだ。


 眼の前には土がむき出しになった、円形の広場。それは高い壁にぐるりと囲まれていて、壁の上はすり鉢状に段になった席が並んでいる。


 壁には入り口が二つ。一つは私が今出てきた方で、もう一つは反対側の壁にあった。


 私はこの形の建造物の名前を知っている。

 アンフィテアトルム……一般にはコロッセウムと呼ばれる、円形闘技場だ。


「さあ、対して赤門より登場したのは遙か西方より訪れし旅人……センセイ!」


 私が紹介されるやいなや、会場は笑いに包まれた。嘲りの笑いだ。

 それもそうだろう。全身を金属鎧で武装し剣を手にした戦士の眼の前に、コートを一枚羽織り木の杖を手にしただけの、ひょろりとした男が現れたのだから。


「おい、優男! お前、本気でそんな格好で戦う気か?」


 ガンガンと盾を打ち鳴らし、私に相対した戦士が叫ぶ。


「うん。そのつもりなんだ、すまない」


 私は杖を構えて、謝罪を口にした。出来る限り声を張り上げたつもりだけど、相手は兜をかぶっている上に周りの歓声がうるさすぎて聞こえたかどうかはわからない。


 高々と鐘が打ち鳴らされるとともに、戦士がこちらに向かって突進してきた。剣は使わずに、私を体当たりで転ばせるつもりらしい。刃引きもしていない、本物の剣だ。そんなもので鎧も身に着けていない私を突けば、殺害は免れないだろう。


 別に殺してしまってもルール違反ではないが、配慮してくれたらしい。鉄の塊に押しつぶされて生きていられるかどうかはわからないが、きっと優しい人に違いない。


「心苦しいが……」


 私は杖を起動し、振りかぶる。そんな棒きれなど気にした様子もなく、戦士は私に向かって突っ込んできた。


「負けるわけには、いかないんでね!」


 私がぶんと杖を振ると、まるで野球のボールのように戦士は跳ね飛ばされた。彼は二度、三度とバウンドしながら地面を転がり、二、三十メートルばかり吹き飛んだところで動きを止める。


 かなり手加減はしたつもりだったけれど、やっぱりトロールとかに比べると、鎧を着てても人間はだいぶ軽い。思った以上に吹っ飛んでいってしまった。……ピクリともしないけど、生きてるよな……?


 気づけば周囲はしんと静まり返っていて、私は辺りを見回した。

 試合終了の声がない。どう見ても戦えそうにはないんだが、まだ戦わなきゃいけないんだろうか。そういえば、特にどうしたら勝ちなのか、ルールすらろくに聞いてない。


「あの、トドメを刺さなくては駄目ですか?」


 観客の声が消えた闘技場に、私の声が響き渡る。


「セ、センセイ、一撃でガウェウスを倒しましたー!」


 あ、よかった。私の勝ちみたいだ。

 途端に響き渡る観客達の歓声に適当に手を上げて答えながら、私はその中央に座る人物に視線を向けた。


 赤いマントを羽織った王の隣に座る、白銀の鎧の騎士。竜殺しの姫君、アイシャ。


 ――その竜討伐に随行するために、私はあと、このトーナメントで五回勝たなければならない。

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