第11話 真白の国/Mashiro

 ヒイロ村に帰る。

 その決定を聞いた三人の反応は、様々だった。


「えっ、でも……その……」


 困惑を顔いっぱいに浮かべながら、クリュセは私とニーナの様子を交互に伺う。


「……」


 ニーナは黙ったまま、私をずっと見つめていた。付き合いの長い彼女のことだ。

 私がそう言い出すことは、多分わかっていたのだろう。


 ――そして。


「なんで?」


 やはりリンだけは、真っ正直にそう尋ねてきた。


 彼女だって、私の意図はわかってはいるのだろう。この子はけして察しが悪いわけでもなければ、機微がわからないわけでもない。ただ、空気を読むということをしないのだ……おそらくは、意識して。


「アイさんに会いに行くのは、やめていいの?」

「良くは……ないけどね」


 私は苦笑しながら答える。


「今は、正直ヒイロ村の方が心配なんだ。あんな火竜が立ち寄ったら……ギルタじゃどうしようもない」


 まあ私でもどうしようもないかも知れないけれど。それでも昨日の火竜は私を見逃してくれた。それが、私が火竜であることを見抜いた上でのことであれば、私がヒイロ村にいさえすれば無事に済む可能性はある。少なくとも今まで千年以上は、平穏だったのだ。


「まあ、ヒイロ村に帰ったら火竜の襲撃も防げるような魔術を開発しよう。きっとイニスならなんとかしてくれるはずだ。そうしたら、改めて旅に出ればいい」

「それは、嘘だよね」


 リンはスパリと言い放つ。


「そんなの、いくらイニスだってそう簡単に出来るわけない。……それまで、アイさんが生きている保証はない」


 その通りだった。火竜に対抗できるような技術、百年や二百年で出来るかどうか。少なくとも、アイが生きている間には無理だろう。彼女が何度も転生を繰り返しているとしても、次の転生に成功するという保証もない。あるいは今回の旅路が、最後のチャンスかも知れないのだ。


「それで、いいの?」


 リンの問いかけに、私はすぐに答えることができなかった。

 ヒイロ村が襲われるかもしれないのも、もうアイにあうことができないかもしれないのも、どちらも不確定な話だから。


「だからさ」


 私が迷ってる間に、リンはまっすぐ私を見据え、言った。


「あたしが戻るよ」

「え……?」


 言うやいなや、私の目の前でリンの体が膨れ上がる。手足は太く大きく、首が長く伸び、髪は消えて代わりに角やトゲが長く伸びる。その全身は硬質な鱗に覆われ、翼と尻尾が飛び出して。


 数秒後、そこには立派な火竜の姿があった。


「……凄い」


 姿形を真似ただけではない。竜気をもしっかりと備えた、完全な火竜のがそこにいた。


「一体どうやったんだ?」

「これを使わせてもらったの」


 するするとリンの体が縮み元の姿に戻ると、彼女は懐から赤い鱗を取り出した。それはかつて連絡用に渡した、私の鱗だ。


 といっても、それは私が竜絶布で包んでいる鱗とは違って、もはや私の肉体からは離れた鱗。死んだ鱗に過ぎない。竜気を発するものではないはずだ。もし発しているなら、そんなものを持って他の竜の縄張りをウロウロしていたリンはとっくの昔に殺されてしまっていただろう。


「せんせーが鱗をつけて竜になれば竜気が出るんだから、あたしだって鱗をつけて竜になれば竜気が出るのは、当然のことじゃない?」


 リンは自信満々にそう言いきった。

 なるほど……前世の世界でも、そういう魔術はあった。

 厭魅厭勝。分類学的に言うと、類感呪術と呼ばれる類のものだ。

 猛獣の皮を被ってその力を身につけたり、肉を食べて己のものとしたりするような。


「これならあたしでせんせーの代わりが出来るでしょ? 少なくとも、帰ってくるまでくらいなら」

「……いいの?」


 ありがたい申し出だけど、それはどこか彼女らしくない提案だった。

 リンはいつだって、新しいもの、新しい場所を好む。勿論ヒイロ村に思い入れがないわけじゃないだろうけれど……旅をやめて一人で守りにつくというのは、リンの流儀ではない。

 私のためにそう言ってくれているのは、明らかだった。


「まあ正直あたしだってアイさんにあってみたい気持ちはあるんだけど……」


 そういって、リンはちらりと目配せをする。


「ま、それはニーナ先生とクリュに任せるよ」

「ん」

「お任せ下さい!」


 それを受けてニーナはこくりと頷き、クリュセがどんと己の胸を叩いて請け負った。


「うまく行けば連れて帰ってこれるし、リンも会えるよ」


 私の言葉にリンは何やら微妙な表情をして、クリュセがやれやれと息を吐いた。ニーナはもはや呆れすらしない。また私はなにか変な事を言ってしまったらしい。千年以上生きているのに、未だに女性の周りのこの辺の機微はよくわからないな……


「まあそういうわけだから」


 気を取り直すようにして、リンは頼もしげな笑みを浮かべ、言った。


「村のことはあたしに任せて、せんせーは好きなようにして」

「リン……」


 その表情が、突然困惑と焦りにとってかわる。


「えっなんで泣くの!?」


 気づけば、私の瞳からは涙が一筋流れ落ちていた。


「いや……大きくなったもんだなあと思って」

「お望みなら小さくもなれるけど?」


 そう言って、彼女は初めて出会ったときくらいの大きさ……八歳くらいの幼い姿に変化した。

 今まで二度、私はその姿から成長するのを見届けている。そのせいか、あるいは天衣無縫な性格のためか、もう六百年以上の付き合いだと言うのに幼い印象が抜けない。


 けれども彼女はすっかり、頼れる魔法使いに成長していたようだ。


「じゃあ、お願いね」

「ん。任されました!」


 リンと握手を交わし、しばし名残を惜しむ。


「ねえ」


 それを眺めながら、ふいにニーナが声を上げる。


「さっきリンが竜気出したから、そばにいる竜に居場所がバレたんじゃない?」


 私達はすぐさま、全力でその場を離れた。



 * * *



 リンと別れ、更に一月と半分が経った頃。


「わ、すごいですね……」

「確かにあれは凄いな」


 眼の前にそびえる高い壁に、私達は揃って目を丸くした。

 竜の姿になった私の背丈よりも高い壁がそびえている。灰色のレンガが積まれたその巨壁は地平の彼方まで続いていて、どれほど大きいのか窺い知ることさえできない。


 壁には一定間隔で尖塔が連なっていて、その上には巨大な弓が見えていた。


 マシロの国……その首都。マシロ市だ。


「止まれ」


 門を通るところで、私達は槍を構えた衛兵たちに止められた。


「通行証を出せ」


 出し抜けにそんなことを言われ、私たちは思わず顔を見合わせる。リンも、マシロ市からきた旅人も、そんなものの存在を口にしたことがなかったからだ。


「ええと……持っていないんですが」

「何? 貴様らどこの田舎から来た?」


 とはいえ、リンが最後にマシロ市を訪れたのは少なくとも二百年以上も前の話だし、旅人も確か最後に来た人でも百年近く前だったはずだ。それだけの時間があれば常識なんていくらでも変わるか。


「ヒイロ村からよ」


 ニーナが答えると、衛兵たちは訝しげな表情で私たちをじろじろと眺めた。念の為ニーナの耳とクリュセの角は帽子で隠しているから、傍目には人間の旅人三人に見えるはずなのだけど……


「まあいい。通行証を持っていないのであれば、通行料を払う決まりだ」

「ええと……これで足りますか?」


 リンの話によれば、ヒイロ村の外ではモンは使われていない。けれど金の価値は同じはずだ。私が財布代わりの革袋から金貨を取り出し、一枚差し出すと衛兵たちはぎょっとした顔を見せた。


「……足りんな」

「ああ。これが十枚はないと」


 かと思えば、ニヤニヤと笑いながらそんなことを言い出す。

 十枚くらいなら払っても全く問題はないけれど、これは……


「おとうさん、この人達、嘘をついてます!」


 どうしたものかと悩んでいると、クリュセが衛兵を指差し声高にそう叫んだ。いや、それはわかってるんだ!


「な、なんだと! 俺たちを嘘つき呼ばわりするのか!?」


 案の定、衛兵は眉を吊り上げそう叫んだ。


 これ、どうやって収めたものか。

 多分、衛兵たちは私が金貨を見せて、欲が出てしまったのだろう。相場も知らない田舎者ならいかようにも騙せると思ったのかもしれない。もう少し、安価な貨幣を出すべきだったんだろうけれど……


 でもヒイロ村で流通してる貨幣って、金貨か緋金貨しかないんだよな……緋金貨は多分、以前ヒイロ村にやってきた旅人のノキアの反応を見るに金よりも貴重そうだし。


「何をしてらっしゃるのですか?」


 私たちが揉めているその時、涼やかな声がかけられた。


「ア……アイシャ様……!」


 立派な角を持った大角鹿に跨がり、純白の鎧兜に身を包んだ騎士だった。声からすると、どうやら女性のようだが。


「いえ、その……こちらの旅人が通行料を払えないとのことで」


 騎士は身分が高い人のようだ。衛兵たちは途端にしどろもどろになってそう答える。


「エンで払えないというので……別なものを要求したところ、拒否したのです」


 なるほど。為替があるわけじゃないから、どのくらいのもので納得するかは衛兵の胸三寸だ。足元を見られてはいるが、不正というわけじゃない。


「そうですか……」


 アイシャと呼ばれた女性は背嚢から紙片を取り出すと、それに何事か書きつけ、衛兵に手渡した。


「では、これで構いませんね」

「はっ! ……通って良い」


 衛兵たちが折り目正しく敬礼で返し、その紙片を私に押し付ける。

 そこには、それを持つ者たちの通行を許可する旨と、彼女のサインが記されていた。


「ありがとうございます!」

「いいえ。良き旅を」


 アイシャさんは優しげな声でそう言うと、そのまま私たちとすれ違うようにして街を出ていく。その後姿に頭を下げて、私たちは街の中へと入っていった。


「つくなり嫌な人と親切な人にあって、この街をどう思って良いのかわからないわ」


 ニーナが憮然とした表情でそう呟く。


「あ、そういえば、金貨返してもらってないな」


 通行証があるのだから、通行料を払う道理はないはずなんだけど。……まあいいか。


「あっ!」


 そんな会話をしていると、突然クリュセが叫んだ。


「どうしたの?」

「お、お父さん、さっきの人……!」


 彼女が視線を向けるのは、街の城門。先程アイシャさんが立ち去った方向。


「――あの人が、アイさんです!」

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