第10話 頂点捕食者/Predator

「ここも……誰もいませんね」


 荒れ果てた村の名残を見回して、クリュセが囁くように言った。


「魂もあんまり残っていないので、皆さん亡くなったわけではないのでしょうけど」


 ボロボロに穴が空き用をなしていない壁に、朽ちかけてボロボロの小屋。


 シロガネ村を出てから一ヶ月。今まで何度も目にしてきた光景だった。


「この辺りに住んでるのは白竜みたいね。これなら多少手を入れればなんとかなりそう」


 小屋を物色しながら、ニーナがやや嬉しそうに言う。

 五色の竜たちの中でも最も弱いとされているのが、氷竜とも呼ばれる白竜だ。

 火竜とは正反対に冷気のブレスを吹くため、物理的な被害が少なく家屋が原型を残していることが多い。


 これが酸を吐く黒竜や毒を吐く緑竜だとだいたい屋根が抜け落ちて悲惨な有様になっているし、青竜だと殆ど原型を留めないまでに破壊しつくされてしまう。赤竜が住んでいる地域はまだ通っていなかったけれど、多分その場合は周りの森ごと更地になるだろう。


「やっぱりさぁ」


 朽ちた建物の中から状態の良いものを選んでいると、不意にリンが口を開いた。


「ユウカ先生、あの村に残った意味ってあんまりなかったんじゃない?」


 身も蓋もないその意見に、私は苦笑する。

 ユウカはシロガネ村の人々が竜から逃げ隠れして暮らしていることに憤り、彼らを鍛え直す為に残った。

 けれどそこから更に東へ進んでいってみれば、どこも似たり寄ったりの生活をしていたのだ。


 百人程度の少数に分かれていくつも集落を作り、竜の襲撃があれば散り散りに逃げる。そうして他の集落と合流したり分離したりを繰り返しながら生きていくのが、ヒイロ村の外での生活であるらしい。


 だからこうして、人が打ち捨てた集落跡があちこちに散見される。


「なんだか……うちと違いすぎてびっくりしますね」


 ベッドシーツの埃をパタパタとはたきながら、クリュセ。確かにここまで過酷な環境で生きているとは、私も思ってはいなかった。


「前にあたしが旅してたときは、こんなじゃなかったんだけどなあ」

「っていうと……百五十年くらい前か」


 クリュセが今の身体になってからは、リンはずっとヒイロ村にいた。その間にあった大きな変化って言うと……


「魔物の影響かしら」


 まるで私の思考を言い当てるかのように、ニーナが言った。


「そうかもしれないね」


 魔物たちは、竜を害しうる。彼らは私の……火竜の鱗にさえ傷をつけることが出来るのだ。それに非常に好戦的だから、竜を襲っても不思議ではない。


 魔物は皆、人型をしている。竜にとっては人間と区別もつかないだろう。むしろこうして家屋を作って定住する分、魔物たちより標的にしやすいはずだ。


「むしろユウカには頑張ってもらって、竜に対抗する力のある人間がもっと増えたら暮らしやすくなるかも知れないね」

「何百年かかるのよ、それは」


 私の言葉に、ニーナが呆れたように言う。


「いや、何もユウカと同様にまで強くなってもらう必要はないよ。ヒイロ村に残っている剣部たちなら少なくとも、青竜までは対応できる。その程度の強さがあれば逃げ隠れしながら暮らさなくてもいいだろ」

「……せんせーはそれでいいの?」


 リンの問いかけに、私は首を傾げた。


「それで、って?」

「せんせーは竜でしょ? 竜より人間に味方していいの?」


 彼女本人にしてみれば何気ない素朴なものであったのだろうその疑問に、しかし私は虚を突かれた。

 私はこの身体に転生してから、自分を人だと思ったことはない。人間に変身できるようになっても、それは飽くまで「人の姿になれる竜」という認識だし、村の人達からもそう扱われてきた。


 けれど、竜に対して仲間意識を感じるかと言うと全くそんなことはない。自然と、人間の側に立った発想をしていた。


「……まあ、人が追い返せる程度の力をつけても、竜はそこまで困るわけじゃないだろうしね」


 それはなんだか酷く薄情な気がして、私は誤魔化すようにそういった。


「ヒイロ村に戻ったら、穏便に退場願えるような技術でも研究しよう」


 例えば村に近づくと強烈な竜の気配がして逃げたくなるような装置とかがあれば、少なくとも低位の竜は近づかないだろう。


 そう、例えば……


 ――こんな。


 真っ先に抱きついてきたのは、クリュセだった。私の胸元に顔を埋めるようにして、全力でぎゅっと私の背中に腕を回す。


 リンが私の左手を取って、自分の胸に押し付けるかのように抱きかかえた。その心臓がどくどくと脈打ち、荒い呼吸をなんとか押し止めようとする気配を感じる。


 ニーナが私の右手に立って、ゆっくり、ゆっくりと、クリュセを庇うように腕をあげた。


 私はといえば、クリュセとリンを抱き寄せながら、ただ目を見開くことしか出来なかった。


 汗が額を伝い、顎から垂れ落ちる。しかしそれを拭うことすら出来ない。

 そんな事をすれば――


 こちらを見つめる赤い竜に、その瞬間に、殺される。そんな気がしていた。


 大きい。山の上に悠然と座るその火竜とはかなりの距離があるはずなのに、間近にいるかのような錯覚を覚えるほどの大きさだ。明らかに、母上の倍以上はある。


 そしてその火竜は、間違いなくこちらに気づいていた。あれだけの巨体を持ちながら、私たちがあちらに気づくよりも早くこちらを見つけたのだ。


 逃げられない。私が竜になって全力で飛んでも、絶対に間に合わない。ましてや戦うことなど出来るはずがない。例えユウカがいても、全員為す術もなく殺されるだろう。


 何百年にも感じられる、長い長い数秒が過ぎた。

 不意に火竜は興味をなくしたように私たちから視線を反らすと、大きな翼を広げて飛び立つ。


「何だったの……」


 その姿が空の彼方に消えてようやく、私たちは息を吐いて身体を弛緩させた。


「さっきの竜、せんせーに、気づいてた……?」

「わからない」


 私は首を横に振った。リンの問いは勿論、私が火竜であることにという意味だろう。存在そのものになら、間違いなく気づかれていた。


 気づいた上で、見逃してもらったのだ。


「私が火竜だと気づいて、同族だから見逃してくれたのか……それとも単に、襲うほどの価値もないとみなしたのか……」


 いずれにせよ、私たちの命運はあの火竜の気まぐれに委ねられていた事は確かだった。


 今のがヒイロ村以外の人々が置かれている状況であり心境であるとするのなら。

 私は……いや、私たちは、それを全く理解していなかった。


「とりあえず……移動しない?」

「そうだね」


 疲れた様子で言うニーナに、私だけでなく、クリュセとリンも同意する。今からさっきの火竜がここに戻ってくる可能性は極めて低いだろう。

 それがわかっていても、ここでこのまま休む気にはなれなかった。


 クリュセの魔法でベッドに命を吹き込み、歩いて運んでもらう。野宿するにしたって、せめて寝床くらいは柔らかなベッドを使いたい。

 私達が選んだのは森の中だった。火竜に見つかれば森ごと焼き殺されてしまいそうとは思ったが、見つかってしまえば平原だろうと谷間だろうと同じこと、というニーナの言葉に私は納得した。


 それなら見つかりにくい森の中の方が多少なりともマシだろう。ニーナがいれば、他の猛獣や魔物に襲われるような心配もない。

 私たちは一人用のベッドを三つほどくっつけて並べて、寄り添うようにして横になった。


 とても眠れる気がしない……と思っていたが、極度の緊張で疲れたのだろうか。程なくして、寝息が二つ聞こえてくる。クリュセは寝息を立てないが、こっそり盗み見れば眠っているようだった。


 目をつぶれば、脳裏には今日見た火竜の姿が浮かぶ。


 やがて太陽がのぼり、朝が来て、私は三人に伝えた。


「…………ヒイロ村に、帰ろうと思う」

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