竜歴1020年1月 ひとめぐり/Circulation

「お父さん、お母さん、リンねえ、ユウねえ。あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとう、クリュセ」


 新年の朝から元気よく挨拶するクリュセに、私も居住まいを正して挨拶を返す。


「今年も一年、よろしくおねがいしますね」


 ソファの上に正座をして深々とお辞儀するクリュセに、なんだかまた妙な文化の伝わり方をしているなあ、と私は思った。畳がないから仕方ないのかも知れないけど、だったら正座とかしなくてもいいのに……


「お父さん、今年はうちも御節を作ってみたんですよ」

「へえ、昨日色々作ってると思ったら、あれは御節だったのか」


 お正月に御節。なんとも懐かしい響きじゃないか。


 正直前世でも、私の時代にはほとんど廃れてしまっていた文化だ。幼い頃に何度か食べた事はあるけれど、子供にとってはあまり美味しいものでもない。大人になってからは作る機会などあるわけもなく、わざわざ買い求めるほどの情熱もなかったけれど……


 この遠い異世界で急に出てくるとなると、妙に恋しい気分になるから不思議なものだ。


「腕によりをかけて作ったので、どうぞご賞味ください。まあわたしの腕は着脱式なんですけどね!」

「だからその不死人ジョークはやめなさいって」


 今日も絶好調のクリュセをニーナが嗜めるが、久々にお母さんと呼んでもらえたせいかその口調は柔らかだった。


「ぼくとリンちゃんも手伝ったんだよ」

「まあ調理はだいたいクリュセだったけどね」


 ユウカが胸を張って言うが、リンの言う通り作ったのはほとんどクリュセなのだろう。ユウカはあまり料理が得意じゃないし、リンに至っては魔法の代償として料理そのものが出来なくなってしまっている。


「いやあ、楽しみだな。どれどれ……」


 期待に胸を高鳴らせ、テーブルの上にずらりと並ぶ料理を眺めて。

 ――私は、思わず絶句した。


「ええと……なにこれ?」


 重箱の中央に鎮座した、鎧熊のまるごとの頭が、異様な迫力を放っていたからだ。


「鎧熊の兜焼きです!」


 クリュセが胸を張ってそう宣言し。


「ぼくが狩ってきたんだよ!」


 その隣でユウカがそっくりな仕草を見せた。なるほど、手助けってそういうことか。しかしなんでまたこんなキワモノが御節に入るんだ……


「それでこっちがサワナの塩焼き、これが牙猪の丸焼きで、これが干した水林檎の砂糖漬け。こっちが兎の血焼き。麦粥にヒイロ芋の煮しめ、ベヘモスのカツレツ……」


 なんとなく予想はしていたけれど、他のメニューも御節らしさはほぼゼロだった。私の知る御節の要素は重箱に入っていることくらいしかない。というか、普通にカツが入っているのはなんなんだ。

 せめて和食っぽいもので統一して欲しかったような――


 いや。違う。


「ねえ、クリュセ」


 私は、あることに気づいて問うた。


「このメニューを考えたのは、誰なの?」


 御節というのは、縁起物の集合体だ。熊の首が鎮座したそれは、一見縁起の良さなんてマイナスに振り切れているようにすら思えるけれど……


「ニーナさんですよ」


 それが、ニーナなら。ずっと一緒にいてくれた彼女であるのなら、話は別だ。


「……何よ」


 怒ったような口調で言って、ニーナは視線をそらす。けれどそれが照れ隠しなのはすぐにわかった。


 ベヘモスのカツは、初めて発酵パンを作るのに成功した時のもの。

 麦とヒイロ芋は、最初に栽培するのに成功した植物。

 兎の血焼きはニーナの大好物で、水林檎は石器時代の唯一の甘味。

 牙猪の丸焼きは私がアイの家族に挨拶に行ったときに皆で食べたもの。

 サワナの塩焼きは、アイと三人の時代によく食べていたもので……


 そして、鎧熊の首は。

 私とニーナが初めて出会ったときに、私のブレスが吹き飛ばしたものだ。


 それ以外の料理も、どれもこれもが私達の思い出が詰まったもので。


「ありがとう。とっても美味しそうだ」


 私は今まで巡ってきた無数の季節を思い起こしながら、心の底から、そう言った。

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