竜歴654年11月 リン152歳 七五三/Festival for Children

「わぁ、可愛いっ!」


 リンのストレートな褒め言葉に、七歳になったばかりのユウカはもじもじしながらはにかんだ。


「えへへ……ほんと? リンちゃん」

「うん。すっごく可愛いよ、ユウカ」


 確かに、いつものボーイッシュな服装の代わりに綺麗なドレスを身につけた幼い少女は、まるで小さなプリンセスのように愛らしい。


「ほら、せんせーも」

「ん、ああ」


 リンの肘で突かれ、私は頷いて用意しておいたものを渡す。


「はいユウカ、千歳飴だよ」

「違うでしょ」

「わーい、ありがとうお兄ちゃん!」


 リンは呆れ顔で言ったが、当のユウカは大喜びでそれを受け取った。


「今のユウカにはまだ、甘い言葉より甘い飴の方が嬉しいみたいだね」

「むむむ……」


 悔しげな表情で眉根を寄せるリンに、私は千歳飴をもう一本取り出す。


「はい、リンもどうぞ」

「えっ、あたし、七五三を祝ってもらうには……ちょっとだけ、遅いんじゃないかな」


 百四十五年を『ちょっとだけ』というなら、確かにそうだ。


「折角だし、これを作れたのはリンのお陰でもあるからね」


 この千歳飴の原料は、彼女たちと一緒に作り上げたヒイロ麦だ。

 麦粥を更に煮詰めて作った麦芽糖を、棒状に練り上げたものである。


「じゃあ、せんせーも一緒に」


 リンはぽきりと飴を半分に折ってくれたので、ありがたく受け取って口に含む。

 麦から作られた飴は、砂糖や蜂蜜とはまた違ったほんのりとした上品な甘さだった。


「可愛いなあ」


 一生懸命に飴を舐めるユウカを優しい目で見つめ、リンはぽつりと呟く。


「ユウキとせんせーの間に子供がいたら、こんな感じだったのかな」

「リンこそ、いい人はいないの?」


 ウタイが五百歳で曾孫を持っていたことを思えば、とっくに適齢期は過ぎているはずだ。


「ん……そうだね」


 その時リンが一瞬見せた表情に、私はどきりとした。

 いつもマイペースな彼女が、酷く儚げで、今にも消えてしまいそうに見えたから。


「陸にいると人魚と全然会わないからなあ」

「四足種同士なら、別種でも子供はできるみたいだけどね」


 人魚も厳密に言えば、半人半魚とでも呼ぶべき四足種だ。


「竜とでも?」


 冗談めかして、リンは言う。


「竜とは、無理かな」


 竜は四足種じゃない。人のような二足種でも、蜥蜴人のような四腕種でもない。

 竜と同じ種類の生き物は、竜だけだ。


「なーんだ、つまんないの」


 どこまで本気でわからない口調でいい、リンは千歳飴を咥える。

 彼女の噛み砕いた飴が、ポキンと折れる音がした。

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