竜歴600年10月 リン97歳 衣替え/Clothing Change

「リン。本当に、行っちゃうのかい?」


 いつもの、人魚が水中の動きを阻害されないための肌もあらわな服を旅装束に着替えて、荷物をまとめるリンの背中に、私は言葉を投げかけた。


「うん。行くよ」


 返ってきた言葉は揺るぎも迷いも、それどころか気負いすらなく、まるでお菓子を食べるかと聞かれたかのような軽いものだった。


「それとも、行って欲しくない?」

「そうだね、正直言えばそうかな」


 くるりと振り返って悪戯っぽい笑みを浮かべるリンに、私はうなずく。


「そういうところ、正直だよねせんせーは」


 そこで初めてリンは表情を変えて、苦笑した。

 紫さんは、寿命の短い人との交流を厭って森に帰った。

 シグはリザードマンの族長となり、ルカも半人半狼の纏め役として故郷に戻った。

 そしてユウキはその天寿を全うし……今は安らかに眠っている。


 リンがいなくなれば、特別教室の全員がいなくなるということになる。

 寂しくない訳がない。


「じゃあ、行くのやめようか?」


 ガラス玉のような、何を考えているかわからない瞳でリンは私を見る。


「いや。君のやりたいことを止めるつもりはないよ」

「そっか」


 その時彼女が浮かべた表情は、何だっただろう。

 呆れか、寂しさか、それとも喜びか。あるいはその全てがないまぜになったものかも知れない。


「まあ止められても行くけどね」


 なんとなくそうだろうとは思った。


「帰っては来るんだろ?」

「……ん。多分ね」


 曖昧にうなずくリンに、私は何故かそれが嘘だと感じた。彼女はもう、ヒイロ村に戻ってくる気はない。そんな気がしたのだ。


 私は竜の姿に変じると、胸の辺りの鱗を一枚、ぶちりと千切って人の姿に戻る。


「持ってお行き」


 そして、リンの両手で包むようにして、それを手渡した。


「え、なんで?」


 目を丸くするリンに、私はくすりと笑みを漏らす。


「久々に聞いたな、それ」


 リンの『なんで?』だ。彼女が小さな頃は毎日のように聞いたものだけど、最近ではすっかり懐かしい。


「これから寒くなる。そんな格好じゃ風邪を引くよ。服の中に私の鱗を入れておけば、暖かいからね」


 火竜の鱗は、たとえ剥がした後でもじんわりと熱を放出し続ける。とてつもない熱量を秘めていると同時に、凄まじく熱が伝わりにくいのだ。


「……ん。ありがとう」


 リンは大切そうに、それを懐にしまい込む。


「ほんとだ。暖かいね」


 そしてそう言って、歯を見せて笑った。

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